転生勇者は学びたい

叢星タツキ

プロローグ





「──これで…………終わりよっ!!」



若い女性の声が聞こえた直後、鈍い斬撃の音が辺りへと響き──ドサリ、と何かが倒れ込む音が聞こえた。



「…………やったか?」

「これで倒れてくれなきゃ、それこそ奴さんは不死身かって言いたくなるねぇ」

「こんな時でもその軽口はどうにかならんのか?」

「生憎と、この喋り方は生まれつきでね。 直そうとしても直らない………っと」



場の雰囲気に似つかわしくない会話を繰り広げる獣のような姿をした男と小柄な……しかしがっしりとした体格の男。 小柄な男が何かに気付き視線を向け……軈て納得したような顔になり、首を大きく上下に振った。



「今度こそ、倒したみたいだねぇ」

「どうやらそうらしいな」

「実感したら途端に体から力が抜けちまうねぇ……全く、体が言うことを聞かないなんて洒落にならない」

「阿呆。 お前さんまだそんな事を言う歳じゃないだろうに」

「そう言うあんたも、全然力が入ってないんじゃないの? 膝がガクガクしてるよ?」

「…………うるさいわい」



もう片方の男もその視線と言葉の意味を理解し、同じ方向を向いて頷く。 直後体から力が抜け、持っていた己の武器を床へ落としつつしゃがみこんでしまっていた。



「やっと………終わりましたのね」

「あぁ……神よ、感謝いたします。 我々に力を与えて下さり、本当にありがとうございます」

「貴女も本当、大した心がけよね。 こんな時にまで神様にそんな事を……」

「寧ろ、こんな時だからこそですよ。 私達の目的が達成された……これも神の思し召しがあってこその出来事なのですから」



男二人の声に同意を示すかの如く話す新たな声──男だけじゃない、二人の女性の声だ。


片や修道女のような姿をし、もう片方は褐色肌をして蝙蝠のような羽を生やした女性……膝をつきはしないが、今にも力が抜けてしまいそうな様子であった。



「──終わったか。存外しぶとかったな」

「はは……どうやらそうみたいですね。 でもこうして皆、誰一人欠けることなく終わってくれて良かったです。 一時はどうなることかと思いましたよ」

「ふん、そんな事を言って……まだ余力があるのではないか?」

「ご冗談を、僕にはもうそんな余力なんて残っていませんよ……はは」

「────そうか。 なら良いのだが……」



更にその声に続いて聞こえる会話。 龍のような大柄な男が一人。 ……そして、特出した特徴が見当たらない平凡な出で立ちをした青年。


二人は他の者とは違いまだ余力が残っていたらしく、膝から崩れることも倒れ込むこともなかった。



「……………っはぁぁぁぁぁ! 疲れた! もう無理これ以上戦いたくない!」



そして最後に残っていた女性──先程斬撃を繰り出していたその女性は、先程の剣幕がまるで嘘であるかの如き口調で叫び床へ寝転がってしまう。


その様子を見て他の者達は皆一同に溜め息を吐きたくなるが、どうにかその感情を抑えつつ彼女の回りへと歩いていった。



「全く……貴女はもう少しその性格をどうにか出来ないのかしら?」

「無理、絶対無理! これが私のスタイルなの! やる時はやって、やらないときは思いっきりだらける! 物事にはメリハリってのが大切なの!」

「「…………はあ」」



結局溜め息を堪えきれなかった皆。 この空間に自分達しかいないと分かっているからこそ溜め息だけで終わらせるが……もしこの事を知らない者がいたら全力で彼女の行動を止めていただろう。


それ程までに、目の前にいる彼女の存在は大きな物なのであった。



「──で、だ。 これからどうなるのだ?」

「どうなる、とは?」

「決まっておるじゃろ……目的は果たしたのだ。 これで儂らの役目は終わり……であれば、あ奴らが何か言ってくるはずじゃ」

「これ以上は働きたくないけどねぇ……まあでも、それ相応の対価があるんだろうから文句は言っちゃいけませんよ?」



小柄で髭を生やした男はそう呟き、いつの間にか取り出していた酒瓶を煽った。 辺りにはほんのりと──しかし一度嗅ぐと忘れられないような果実の芳醇な香りが漂っていた。



「そうですね。 こうしてかの魔王を倒したのですから……きっと神は私達の前に姿を現して下さるはずです」



修道着を着た女性がその言葉に反応し、天を仰いで祈りを捧げる。 側にいた褐色肌の女性は何も言わず、ただその様子をじっと見ているだけだった。



「あの信用ならん奴等の事だ、また次の目標やら目的やらと言って我々をこき使うつもりだろう」

「そんな事を言ってはいけませんよ。 あの方達だって色々と忙しいんでしょうし……だから僕達に頼むんじゃないんですか?」

「神であれば、態々我々に頼まなくても全て出来るのではないのか?」



龍の出で立ちをした者が目の前の男に言葉を投げ掛ける。 その内容にどう答えるべきかと考え、青年は顎に手を当てて視線を明後日の方向へ向けていた。






『──それについては、私から皆様にお話を致しましょう』






唐突に辺りに響き渡った声。 その場にいた誰とも違うその声に彼等は一瞬にして臨戦態勢となったが、ふとその声に引っ掛かりを覚えた青年と修道女が同時に構えを解いていた。



「この声、もしかして……」

「神様……もしや神様なのですか?」



青年と修道女の言葉に返事はせず、代わりに彼等の前に降り立つ人影が一つ──目の前に現れたのは、一人の女性であった。


天女と表現すべきその出で立ちや容姿、お世辞や冗談抜きにして美女と呼ぶに相応しいであろうその女性は、彼等の前に歩み寄り深々と頭を下げた。



『貴女達のお陰で、無事に魔王を倒すことが出来ました……本当にありがとうございます』

「いえ、僕達はお礼を言われるような事は……魔王を倒さないと、僕達の家族や国にも被害が及んでいたんですからね」

「そうやなぁ……ま、俺達以外にやれなかったんやからそこに関しては何も言うことは無い。 ……で、神様から見返りに何かくれるって事は無いんか?」



謙遜しながら神へと返事をする青年と、下心丸出しの獣人。 先程から対価という話をしていた為か、神は躊躇いや困った様な表情をすることなくにっこりと微笑んだ。



『ご安心を、しっかりと対価は支払わせて頂きます』

「ほう……それは、どうやってだ?」

『貴方達の願い。 それを一つだけ叶えて差し上げましょう』



神の放った一言に驚愕する青年達。 予想以上の報酬に、獣人の男は満面の笑みとなって手を叩いていた。



「はっ! これは良いねぇ……神様も太っ腹やな! なら俺は地位を──王様にしてもらうわ!」



「やはり」と言うか「知ってた」と言わんばかりに、回りの皆は一斉に頷く。


彼は以前から地位に関しての話は聞いていた為、特に驚くことはない。



「……儂は金じゃな。 酒を買うのに困らん程度の金があれば十分じゃ」



髭の男性はそれだけを呟き、手に持っていた酒瓶を揺らす。 彼にとって酒は命と同等の価値があると言っても過言ではない……と、少なくとも青年は知ってるので何も言わない。



「私は……貧しい人達へ、神様からお恵みを頂ければそれだけで十分です。 私は既に願いは叶っておりますので」



魔王を倒すと言う修道女の願い。 それは今まさに達成された訳であり──その後生まれる新たな問題「貧困」をどうにかしたいと言う彼女らしい願いであった。



「ふん……ならば我は力を。 力を手に入れる為の手段を貰おうか」



龍人である男……彼は己の力を高め、誰も到達したことの無いであろう高みへと至りたいが為にそのような願いを話す。



「私は保留ですわ。 現時点で願いたいような願いはありませんし……」

「あ、それじゃあ私も! わざわざ願うような物なんて……すぐに思い付かないや」



残っていた女性陣二人組。 彼女達は決して無欲な訳ではないが、神にまでわざわざ願う程の願いが思い付かずその様な曖昧な返事となってしまっていた。



『そうですか……では貴女達は一旦保留にしておきましょう。 では最後に──』



神はそこで言葉を区切り、最後に残っていた……一人の青年の方を向いて微笑んだ。



『貴方は…………何か願い事はありませんか?』



神の一言と同時に、青年に向けられる複数の視線。 それは他の者達の視線であり「青年か何を願うのか?」と言うことをとても気になっていたが為の行為であった。



「えっと、僕は──」



暫し悩むような素振りを見せつつ、軈て答えが纏まったらしい青年は視線を上げて神の目を真剣な表情で見つめる。 そして……





「──新たな生を、楽しみたいです」





──満面の笑みで、青年はそう神へと願ったのであった。

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