ファースト・コンタクト~その四~

二人が目を開けるも、景色は変わっていなかった。      

「一体何が……」瞼に焼き付いた残像を消しつつ、奏志は前方に目を凝らす。土煙の中で「異形」がジタバタともがいているのが分かる。視界が開けると「異形」は二五式の装甲版に貫かれて体液を噴出させていた。   

「あっ……機体が……」明希が小さく声を上げた。その声に奏志がパネルを見やると、着ぶくれしたサンタクロースのような形だった機体が細く、それでいて各部のラインは力強い、まったく別の機体となっていた。機体コードにはAXー38の表示、狼狽える二人をよそに再びの警告が響く、彼は反射的にフットペダルを軽く踏み込む、瞬間──二人は凄まじい力でシートに押さえつけられた。二人の肺が残った空気を絞り出す。        

「なんだこれは……たまげたなぁ……」やっとのことで奏志は言葉を発し、再度武装を確認する。サイドアーマー内に高振動アサルトナイフが二本、背部バックパックに荷電粒子ブレードが二本、接近戦用の武装のみだが、やるしかない。「異形」の二百メートルほど後方に軽やかに降り立つと、体勢を整える。彼が中指を握りこむと、腰部サイドアーマー内からナイフが飛び出した。彼はそれを胸の前あたりで逆手に掴み、展開する。冷たい音が響き、刀身が閃く。奏志は飛んできた触手を走りながら切り裂いてゆく。飛沫を上げる体液の中、数百を超えようかという量の触手を右へ左へと躱し、遂に機体が懐に飛び込んだ。奏志は操縦桿を押し込み、二本のナイフを胴体に突き刺す。掌に伝わってくるブヨブヨとした感触、火花を散らして貫入してゆくナイフ。ばあばあと咆哮に似た声をあげる「異形」奏志の額には玉のような汗が浮かんでいた。一瞬の静寂の後、もう一度、今度は大きく呻くように鎌首をもたげる「異形」AXー38のカウンタースラスターが蒼炎を噴きあげ、急速に後退するが、ほんの僅かに間に合わない。唾液が放たれ、機体が半身を引いた瞬間、周囲を覆うように淡青色をした光のハニカムが広がり、酸は弾かれた。

 「エネルギー・フィールドか! 」奏志は驚嘆の声をあげる。これならいける、そう感じた奏志、意識が集中され、脳内がクリアに、視界が鮮明になった。そして、彼の思考に機体が同調する──

右足を大きく一歩踏み出し、満身の力を込めての跳躍、さらにスラスターを点火し、蒼い粒子とともに空へと舞い上がる。二人の身体が軋み、骨という骨がカタピシと音を立てる。制服のままで軍用機に乗るのは流石に無茶だったか……意識が遠ざかる中、奏志は歯を食いしばった。最高点でようやく一呼吸おき、彼はバックパックから荷電粒子ブレードを取り出した。伸長する光の刃、大気が灼けんばかりの輝きを放つ、なおもしつこくうねうねとしている「異形」を見下ろし、自由落下に身を任せる。

火星の赤い大地、夕焼けに照らされて一層その色を深めた地表に向かっての降下、眼下に見える街の灯がぐんぐんと近くなってゆく、彼らの下には触手を前面に広げ、機体の行く手を阻もうとする「異形」の姿があった。奏志は地表付近で急旋回し、機体の姿勢を立て直す。突っ込んできた触手の一群をスラスターの微噴射で躱し、「何か」を袈裟切りにした。機体の後方で血飛沫が吹き上がる。ズシリと鈍い音とともに、赤い大地をキャンバスにして、不快なアートが一つ出来上がった。

 安堵からか、極度の緊張感からか、奏志は急激な倦怠感に襲われ、シートにもたれかかった。

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星霜の彼方へ~改稿版~ 新藤康誠 @mega-megane

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