第5話 またいつか

 ……負けた。僕は、一瞬のミスすらも犯していない。それどころか、今までの全てのマイファイのプレイを思い返してみても、完璧とも言えるプレイングだったはずだ。

 でも、麗子はその上を行った。僕は全力を出した上で負けたのだ。

 呆然とする僕の横に、いつの間にか麗子が立って僕を見下ろしていた。そして、子供のように無邪気に笑った。


「えへへ……初めて勝っちゃった」


 その顔は、竹内麗子の顔ではなく、僕のよく知っている城田麗子の顔だった。


「……はは」


 乾いた笑いがこぼれる。正直悔しい。でも、何でだろうな。凄く楽しかった。童心に返るとはこの事だ。負けたというのに、こんな清々しい気持ちになれるなんて。僕はそんな事を思いながら腰を上げた。


「もっかい勝負しろとは言わないの?」


「子供ら放っておいて遊び続けるわけにもいかんでしょ」


「大人になったねぇ」


 まあ仮にも三十路越えた、人の親だからな……。


「あれからもずっと練習続けてたのかい?」


「中学の頃は忙しくてやってなかったけどね。高校入ってからまたやり始めたの。新堂君に勝ち逃げされたのが悔しくて」


「いや、別に逃げたわけじゃ……」


「あはは! やあね、冗談よ冗談」


 麗子はそう言って僕の背中を叩いた。麗子はこうやって僕をおちょくるのが好きだった。根本的な部分は変わっていないんだな。もっとも、僕もそれで嫌な気持ちになる事はなかったのだが。


「せっかく身長は抜いたのにな。ゲームの腕を抜かれるとは思ってなかったよ」


「そうだね。私もビックリ」


「ていうか愛花ちゃん、お母さんがこんなに強いならお母さんから教われば良かったのにな」


「いや、愛花は私がゲームやってる事知らないわよ。愛花が学校に行ってたり寝てる間にこっそりやってるの」


「何で?」


「ゲームばかりやってないで勉強しなさいっていつも口うるさく言ってるのに、実はお母さんもやりまくってました、なんて言えないでしょ」


 まあ、そりゃ確かに……。僕なんかは全然気にしないで龍太郎と一緒になって遊びまくってるけど、妻はあまりいい顔をしていないからな。これも父と母の、男と女の意識の違いというやつなのだろうか。


「そういえば、あの子達はどうなったかしら?」


「観に行こうか」


 僕達が子供達のところへ戻ると、ちょうど試合が終わったところのようだ。恐らくあれが三試合目だろう。勝敗の結果は……二人の様子を見れば明らかだな。


「いえーい! またまた俺の勝ちい!」


「うぐぐぐぐ……!」


 やっぱりこうなるか。僕でさえ、龍太郎にはたまに負ける時がある。今の愛花では勝つのは無理だ。

 しかし、僕は画面を見て気付いた。負けはしたが、愛花が一ラウンド取っていて、ファイナルラウンドにもつれ込んでいるのだ。

 そのファイナルラウンドも、体力ゲージを見る限り、あと少しで勝てそうなところまでいったようだ。龍太郎は手加減するような性格じゃない。となると……。


「悔しい! 悔しい悔しい! ああ~~もう!! 何であそこでコマンドミスったんだ、私の大馬鹿!」


 しかし当の本人にとっては、負けという結果しか見えていないようだ。めちゃくちゃ悔しがっている。僕との特訓を経て実力をつけた分、それが通用しなかったのだから尚更だろうな。

 何だか愛花を裏切ってしまったようで申し訳なくなる。龍太郎に勝たせるために特訓していたのに、その龍太郎には日頃から相手してやっていたのだからな。変に落ち込んでなければいいけど……。


「新堂! 今日は素直に負けを認めるけど、次こそは絶対に負けないからね!」


 どうやら余計な心配だったようだ。愛花の闘争心は折れるどころか、ますます燃えたぎっているようだ。


「え、えぇ~? まだ諦めねえのかよ……」


 龍太郎は心底ウンザリした顔をしている。

 龍太郎よ、そうやってしつこく付きまとわれている内が華なんだぞ。それに、あんまりうかうかしていると、いつか足元を掬われるからな。

 まあ、もう少し成長しないと分からないんだろうな。僕がそうだったように。


「あっ、そろそろ会社に戻らないと」


「そっか、新堂君昼休み中だったんだっけね」


 僕が帰り支度を始めると、愛花が慌てて立ち上がって駆け寄ってきた。


「師匠、せっかく特訓してもらったのにすいませんでした」


「いやいや、気にしないでいいよ。龍太郎相手にあそこまで善戦できれば充分すぎるって」


「いつか必ず新堂……じゃなかった、龍太郎君を倒します。そしたら、今度は師匠が本気で私と戦って下さい!」


 愛花の気迫に、龍太郎も麗子も何も言えずに唖然としている。僕もしばらく返す言葉が見つからなかったが、そんなに難しく考える必要はない。ただ僕の素直な気持ちを伝えてあげればいい。


「分かった、楽しみに待ってるよ。それと龍太郎も愛花ちゃんとゲームしてる時は凄く楽しそうだから、またいつでも遊んでやってね」


「べ、別に楽しくねえよ!」


 龍太郎は顔を真っ赤にして叫んだ。それが可笑しくて、僕と麗子は思わず吹き出してしまった。


「龍太郎、遊ぶのもいいけど、ちゃんと宿題やれよ。また母ちゃんにゲーム隠されても、今度は庇ってやらないからな」


「ちぇっ、分かってるよ」


 龍太郎はそう言ってそっぽを向いた。まったく、昔の僕にとことん似ていて仕方のない奴だ。


「新堂君、お仕事頑張ってね」


「ああ。それと……またいつか、やろうな」


 愛花の手前、「ゲームを」とは言えなかったが、麗子にはちゃんと意味が伝わったようだ。笑顔でコクリと頷いた。

 店を出ると、待ってましたと言わんばかりに、ギラついた太陽が僕を迎えてくれる。さてと……サラリーマンはサラリーマンらしく、午後のお仕事を頑張りましょうかね。

 昼飯はまだかと騒ぐ胃を気合いで黙らせ、僕は自転車に跨がり、いつもと変わらぬ日常が待つ会社へと戻っていった。



END

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昼休みのサラリーマンと夏休みの少女 ゆまた @yumata

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