第4話 大人なんだから

「へへ、あれからちょっとは腕を上げたのかよ?」


「当たり前じゃん。この前みたいにはいかないんだからね」


 僕と麗子は、龍太郎と愛花の後ろを付いて歩いた。二人ともやる気満々だ。

 そして、二人が並んでいるのを後ろから見て、僕は初めて気付いた。龍太郎はかつての僕と同様、身長が低い方だ。愛花との身長差は、僕と麗子の身長差とほとんど同じ、約十五センチ。遺伝子のイタズラか、もしくは神様のイタズラとしか思えない。

 麗子はそんな二人を微笑ましそうに眺めながら口を開いた。


「最近愛花の様子が変わったからさ。あっ、いい意味でね。それで何気なく聞いてみたの。そしたら、名前も知らないおじさんにゲーム教わってるなんて言うもんだから、ビックリしちゃって。愛花は、師匠は怪しい人じゃないっていうけど、それだけじゃとても信じられないから、今日は付き添いできたの」


 やっぱりそういう事だったのか……。そりゃ心配にもなるよな。今更ながらに反省した。


「愛花ちゃん、キミに似てるよな。顔もそうだけど、負けず嫌いなところとかそっくり。ゲームを教えてくれって言われた時、昔のキミを思い出して、つい引き受けちゃったんだよ」


「ごめんね、迷惑かけちゃって。それと、ありがとう」


「いや、いいよ……」


 僕は何となく照れくさくなり、顔を背けた。


「龍太郎君も、昔の新堂君によく似てる。ゲームもやっぱり新堂君みたいに上手いの?」


「ああ、かなり上手いよ。毎日のように僕と家でゲームしてるからな。並みの相手なら今の愛花ちゃんなら勝てるだろうけど、龍太郎に勝つとなると、はっきり言ってまだハードルが高いと思うよ」


 二人がマイファイの筐体の前に座った。僕と麗子は、愛花の後ろに立って観戦を始めた。


『リンリン! バーサス、ゼロォス!』


 龍太郎の得意キャラも、僕と同じリンリンだ。まさか使用キャラまで二十年前の僕らと被るとはな。まるであの頃の再現を見ているようだ。


『ラウンドワン、 ファイッ!』


 いよいよ始まった。愛花は僕の教えを忠実に守り、リンリンの苦手とする間合いをキープするように立ち回った。そして、ヒットアンドアウェイを繰り返し、徐々に龍太郎操るリンリンの体力を削っていく。本当に上手くなった。

 しかし、それでもやはり相手が悪い。リンリンの攻撃で宙に舞ったゼロスを、空中コンボで一気に削り、ゼロスを叩き伏せた。


『ウィナー、リンリン!』


「くっ……」


 愛花が悔しそうに拳を握った。頑張れ。一ラウンドは取られたが、立ち上がりは上々だぞ。


『ラウンドツー、 ファイッ!』


 一進一退の攻防。一ラウンド目よりも善戦している。しかし龍太郎は早くも愛花の癖を見切り、次々とコンボを成功させていく。我が息子ながら、小学生離れしたテクニックだ。


『ウィナー、リンリン!』


 愛花のストレート負けだ。一矢報いる事も出来なかったか。


「新堂! もう一回!」


 決着がついて間髪入れず、愛花が向かい側にいる龍太郎に叫んだ。


「お前も懲りねえなあ。いいぜ、何度でも相手してやらあ!」


 ……本当に、あの頃の再現だな。横目で麗子を見ると、麗子も昔を思い出しているのか、可笑しそうに口元を緩ませている。

 ふと、麗子と目が合ってしまい、僕の心がドキリと揺れた。


「ねえ、新堂君。私達も久しぶりに対戦しない? 子供達、しばらく夢中になってそうだし」


「え? あ、ああ……いいけど」


 麗子はニコリと笑って、少し離れた場所に置かれているマイファイの筐体の前に腰掛けた。子供達同様、親同士もこれで対戦しようというのか。


「言っとくけど、もう大人なんだからな。負けてもムキになるなよ」


「分かってるわよ。いいから早くやりましょ」


 麗子は上機嫌そうに促した。まあ、久々に昔の友達と会って多少舞い上がっているのは、僕も同じ事だ。僕は麗子の向かい側の筐体に座り、百円玉を入れた。


『リンリン! バーサス、ゼロォス!』


 もはや予定調和だ。絶対にゼロスを使ってくると思っていた。まあ、どんなキャラを使おうが僕が負けるわけがない。麗子はどうか知らないが、僕は中学生、高校生、大学生、社会人となっても、ずっとマイファイシリーズを続けてきたのだから。


『ラウンドワン、ファイッ!』


「……!」


 一瞬でゼロスが間合いを詰めたと思ったら、次の瞬間にはリンリンの後ろに回り込んでいた。振り返る間もなく無防備な背中に連続攻撃を叩き込まれる。

 まずい。ガードも出来なければ、コンボを抜ける余裕もない。僕のリンリンはまるでサンドバッグのように転がされ、あっと言う間にやられてしまった。


『ウィナー、ゼロォス! パーフェクッ!』


 パ、パーフェクト負け……。地方大会で優勝経験もあるこの僕が。なんてことだ、信じられない。筐体の横から麗子が顔を出し、ニヤニヤしながらこっちを見ている。

 ……今のは油断しただけだ。もう一切手加減しないからな。僕は姿勢良く座り直し、スティックとボタンに触れる指先に全神経を集中させた。

 二ラウンド目はさっきのようにいかず、接戦の末僕のリンリンが勝利を収めた。しかし残りの体力ゲージは僅か五ミリ程……危ないところだった。


『ファイナルラウン、ファイッ!』


 負けられない。絶対に負けられない。僕は大会決勝の時以上に精神を研ぎ澄ませた。

 視界にはマイファイの画面しか映らない。ゼロスの一挙手一投足を、フレーム単位で見極める。そして耳にはマイファイの音しか入らない。ゲームに限らず、未だかつてここまでの集中力を出した記憶はない。

 画面の中を、所狭しと高速移動し続けるリンリンとゼロス。リンリンがゼロスをダウンさせれば、お返しとばかりにゼロスがリンリンをダウンさせる。殴り殴られ、蹴り蹴られ、投げ投げられの大激闘。


 そして……。



『ウィナー、ゼロォス!』

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