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 スマートフォンのアラームがうるさくて僕が目を覚ますと、今度こそ僕の家のベッドだった。

 アラームを止めるとそこにはプリシスはいなくて、いつものスマートフォンの画面だった。あまりにも壮絶で、夢だったのかとさえ思う。

 だけど、こんなにもはっきりとした約束が夢物語で終わるなんて、そんなはずはとも思いたい。


 今日、行ってみよう。本当に待っているかもしれない流華の元に。


 部屋のカーテンを開けると、外からの柔らかな朝日が僕の室内をあたたかく照らしはじめる。

 朝日が、こんなにもあたたかいものだったなんて。つい昨日までの僕はそこまで意識すら行かなくて。

 もう、今までの戦いのお陰で、現実の怖さなんてちっぽけに感じるよ。


 プリシス。

 そして、流華――。


 僕があんなにも無気力だったのに、ただでさえやる気が出ないのに、追われるような、あんなドタバタな思いもした。だけどその結果生きられるようになったのは、間違いなく流華や、プリシスのおかげなんだ。

 プリシスの役目。流華は僕に助けられた、って言ってくれてたけど、僕からすれば彼女たちに助けられているんだ。


 僕はカバンを持つと気合を入れて、家を出る。そこには、朝の柔らかな日差しと、透き通った空気。どこまでも広がる青空と、白い雲。こんなにも、素晴らしい世界だったなんて。嘘みたいだ。


 昨日までの僕に、言わなきゃならないことがある。人生何もかも諦めて、こんなにも素敵なことからも目をそむけてしまっていてごめん。これからは希望があるよ、って――。


 朝日から景色は昼を迎え、そして日が落ちる夕方。僕は退社した後急いで白橋病院へ向かう。


 彼女が果たしているかどうかも分からない病院の雰囲気に、僕は場違いなのではないかと少し緊張しつつも、受付の看護婦に声を掛けた。


「すみません、こちらに桃井流華さんは、入院……されていますか?」


 流華の名前を言えば、夢か現実か、ケリがつく。そう思うや否や、ドキドキする間もなく、受付の看護婦さんはあっさりと、僕に答えを返してくれた。


「面会ですね。この通路の突き当りに入院されていますよ」


 その言葉を聞き終わらないうちに、気がつけば僕は早足でその場を離れていた。

 居るんだ、ここに――!

 病室の扉の前で、“桃井流華”と書かれた名札を見て、ドアノブを握りしめる。


 行け、僕。

 重たいドアを、少しばかり勢い良く開けてしまっていた。


「あ! 流都!」


 よかった、本当にいた。たった数時間、逢っていなかっただけなのに、こんなにも逢えたことが嬉しい。鼓動が高鳴るのが分かる。


「ね。私、流都にキスしたのに来てくれたってことはどういうことなの? ヒーローさん」


 僕へ、微笑んでくれている流華。

 命の恩人のきみにキスされて、待ってるって言われて、スルーできるはずがないって。


「ふふ、黙ったままじゃない、流都ったら。もう、なぁに?」

「……流華」

「はい」

「こういうこと、です」


 流華がなあにと微笑んで僕へ小首をかしげ、綺麗な瞳を輝かせている。


「……まずは流華へのお返し」


 僕が体験したヒーローは大変だったけど流華のためなら。

 流華に顔を近づけると、「流都……っ」と恥ずかしそうに声を漏らす。流華の唇へ、僕の唇で塞いだ。


 ありったけの、愛情と希望を込めて――。

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ただのダメリーマンだった僕がヒーローをやらされたらこうなった。 満月 愛ミ @nico700

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