きのこ会議

もちかたりお

きのこ会議

 初茸、松茸、椎茸、木くらげ、白茸、鴈茸、ぬめり茸、霜降り茸、獅子茸、鼠茸、皮剥ぎ茸、米松露、麦松露なぞいうきのこ連中がある夜集まって、談話会を始めました。まず第一声を発したのは、松茸でした。

「前回の談話会において、われわれきのこ族が次世代に子孫を残すためには、栽培されやすくならねばならない、という結論に至った。そこで本日の談話会ではすでに栽培化が進んでいる椎茸、木くらげといった者たちから栽培されやすくなるための方法なんぞを聞ければと思っている。むろんわれわれは人間どもに食われるのは本意ではない。しかし人間による世界の支配はとどまるところを知らず、拡大は今なお継続しており、森の奥深くに住まうわれわれにとっても人間は無視できない脅威のひとつとなっている。それゆえ人間にあるていど迎合する形になることはやむを得ず、したがって現状われわれにできることは人間をうまく利用していきながら子孫を確実に残す方法を探ることであり、その方法こそが人間に栽培されやすくなるという方法であったわけである。では前説はこれくらいにしておくから、今よりめいめい自由に情報を交換するがよい」

 きのこたちが会話を始め、その場ががやがやとざわめきだしました。

「まったく」と初茸が言いました。「椎茸くんはいい御身分ですなあ。人間どもにうまいこと気に入られて、椎茸一族はたいへん栄えていると聞きまして、ほんとう羨ましいかぎりですよ」

「なにを言いますか、初茸さん」椎茸が言いました。「あなただって、けっこう人間たちはうまいうまいといって食いますよ」

「それはそうですが、なにぶん初茸一族は椎茸くんほど繁栄はしておりませんで。ときおり人間どもに収穫されるだけなんです。椎茸さんは人間どもに寝床を用意してもらって、そこで栽培されているんでしょう。わたしたちもそんなふうに人工栽培してもらいたいものですよ。ねえ」

「初茸さんは可愛げがないのだよ」もうひとりの、もっと大柄の椎茸が言いました。「だから人間どもにそれほど好かれんのだ。そうは思わんかね」

 小柄なほうの椎茸は軽く苦笑いを浮かべました。「え、ええ。そうかもしれません」

「あっ」大柄なほうの椎茸をまじまじと見つめたかと思うと、初茸が小さな悲鳴のような声を出しました。「君はまさか。よく似ているから気づかなかったが、その妙に辛辣な物言いからすると、君は椎茸じゃないな」

 大柄なほうの椎茸は、ふふ、と不気味に笑いました。「ばれたなら仕方ない。そのとおりだよ。わたしは毒きのこのツキヨタケだ」

「いったい毒きのこがなにしに来た。ここは毒を持たないきのこたちだけの談話会の会場だぞ」

「ふん。君たちは甘ったれている。このことを指摘しに来たのだ。人間どもに迎合し、食べられるがままに食べられて満足している。きのことしての誇りを失い、食用として栽培され、人間の支配を受け入れてしまっている」

「それでなにが悪い。われわれには毒がない。だから絶滅しないためには、人間に気に入られるしかないのだ」

「毒がないなら滅亡してしまえばよい」

「なにをっ」

「そもそも毒を持つきのこのほうが圧倒的に多いのだ。君たち食用きのこは少数派だ。この事実だけからも、毒を持つほうが生存に有利ということは明々白々ではないか」

 毒きのこの闖入を知った松茸が、ここで会話を遮って言った。「出ていきたまえ、毒きのこよ。ここはお前のいるべき場所ではない」

「わたしはなにも君たちの邪魔をしに来たわけじゃない。実は有益な情報をもたらしに来たのだ」

「どういうことかね」

「実はとある毒きのこが、わざと人間に食べられたのだ。人間といってもただの一般人じゃない。一国のお偉いさんさ。そいつは毒きのこのせいで脳の機能が麻痺し、幻覚を見、妄想を肥大化させ、くだしてはならないはずの命令をくだしたのだ。核ミサイルの発射命令をしたというんだね。こういうわけで、いままさに、人類は核戦争を始めようとしているところなのだ」

「つまり、君たち毒きのこ連中は、核戦争を起こすために、わざと一国のお偉いさんに食べられたと、そう言うのかね」

「そのとおりだ」

「莫迦は休み休み言いたまえ。そんなものは毒きのこ連中お得意の虚言に決まっている。そんな狙いすましたように特定の人間に食べられることなど至難の業だろうし、ましてやそうやって脳機能を麻痺させた人間に核戦争を起こすよう仕向けるなんて九割がた不可能だろう」

「そうではない。確かに計画の練りかたが足りなかったり試行回数が少なかったりしたなら、そんなことはできやしまい。しかしわれわれ毒きのこは計画を十分に練り上げ、しかも何世代にも渡って試行錯誤を続けた。それで先日ようやっと計画の遂行が完了したというんだがね」

「そういうことなら、まあ信じてやってもよい。しかしなんだって、君たち毒きのこ連中は、そんなことをしたのだ」

「核戦争が起きれば、人類は死に絶える。世界の支配者は絶滅する。支配者がいなくなれば、きのこ族は自由を得、繁栄できる」

「道理がとおっていないぞ。核戦争が起これば、われわれきのこだって生き延びられやしないだろう」

「松茸よ。君は大いなるかんちがいをしている。きのこは人間とちがって、適応能力に優れているのだ。放射線濃度が高まったところでなんということはない」

「そんな言い訳がとおるものか。自信過剰は身を滅ぼすぞ」

「松茸よ。すべての食用きのこよ。最後まで話を聞くのだ。放射線は遺伝子構造に直接働きかけ、生物の突然変異を誘発するという。したがってこの理論が正しいならば、いままで毒を持たなかった君たちも毒を持てるようになるかもしれない。わたしたちは食用きのこたちにも毒を授けようという崇高な目的をも持っているわけだ」

「そんな屁理屈、むちゃくちゃだ」

「なんとでも言いたまえ。賽は投げられた」

 はたして、世界は毒きのこが計画したとおりに、原子力爆弾によって厚い雲に覆われ降灰し、核戦争で荒廃し、放射線の影響で種々の生物が異種の好配を得て交配しました。きのこたちも例外ではなく、絶滅した種ももちろんいましたが、大部分は変容し、進化したのでした。

 毒きのこの計画はほとんど完璧に思われました。しかし大きな誤算がありました。放射線によって強制的に進化したきのこの大部分は毒を得るどころか毒を失ってしまったのです。世界が一変したとき、生物種は毒を持つよりも生物どうしの連携を密にして互いに協力し、なんとか全体の生存率を高めようとするわけでしょう。

 さらにもうひとつの誤算は、人間どもは完全に死滅してはいなかったことです。かろうじて核の被害を逃れた人間どもは毒を失ったきのこを食料として生き延びました。きのこと人間の、毒をもって毒を制すような戦いは、人間側の勝利で幕を閉じました。

 なぜ人間は突然の核戦争にもかかわらず生き残ることができたのでしょうか。話はかんたんで、あの毒きのこを食べさせられた人間のほうも核戦争を起こしたいと思っていたからです。きのこが人間に支配されるのを嫌がったように、人間も資本主義に支配されるのは嫌なものなのです。

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