【6月刊試し読み】天狼の花嫁

角川ルビー文庫

第1話 


     †


 闇の中で白い裸身がくねっていた。

 深い闇の中から無数の手が伸びている。根元はひとつの黒い固まりなのに、途中でぐにゃりと細長く何本もに分かれ、まるで蛇か触手のように絡みついていた。

「……やめろ……放せ……っ、く……うぅ」

 影の餌食となった清良は、息をきらしながら、必死に細い両腕を振り回した。

 けれども、つかみ取るのは空ばかりで、絡みつく影は追い払えない。

 これは夢だ。

 目覚めてしまえば、闇から逃げられる。

 そうわかっていても、気味の悪い感触が永遠とも思えるほどに続いている。

「あ、あぁ……あぁぁ……」

 胸や腹を圧迫され、あまりの苦しさに、薄い唇から切れ切れの呻きが漏れる。

 絡みつく影から逃げようと足掻いても、楽になるどころか締め付けがますます強くなっていく。影から伸びた触手は、いまや大きな口を開けて、清良を丸ごとのみこもうとしていた。

 いやだ……喰われる……っ!

 影に喰われてしまう……!

 いや、だ……っ!

 清良は声にならない叫びを上げた。

 と、その時、不思議なことに、絡みついていた影が何かを恐れるようにぶるりと震えた。

 あ、あぁぁ……。

 な、なんだ、これは……?

 影が恐れた何かは、清良の身体の奥深い場所で生まれていた。

 影の力を圧するような熱塊だ。まるで火山の噴火口から溢れる溶岩のように、熱された何かが身体の芯で膨れ上がったいた。

 この熱を御することができれば、影を追い払える!

 逃げ場のない暗闇の中に射したひと筋の光に、清良は懸命にしがみついた。

 これはただの悪夢。だから、夢には夢で対抗すればいい。やり方はよく知っている。

 清良は懸命に己の内に潜む力を制した。

 もう少し……もう少しで悪夢から脱することができる。

 だが、これで助かると思ったのは早計だった。体内で生まれた熱塊が、留まることを知らずに膨れ上がってきたのだ。

 絡みついていた影さえも恐れ戦かせるほどの勢いで、熱塊が暴れ出す。

 熱の固まりは圧倒的な勢いで、すべてを変えていった。膨れ上がるたびに、清良の白い裸身はびくんびくんとのたうった。

 全身が焼け尽くされたようで、特にひどいのは頭部だった。額の上、左右二箇所が焼けついている。頭の中から鬼の角のように固いものが盛り上がってきた。

 清良は全身を震わせた。自分がまったく別の生き物になっていくようで、空恐ろしかった。

 これは何? 角?

 いやだ! 誰か、……止めて……っ!

 お、鬼に……っ、鬼になってしまう!

 いやだ!

 だ、誰かっ、た、助けて……っ!

 必死に叫んだ時だった。

 熱に犯され変形しかけた身体を、ふわりと抱きしめられた。

「あ……」

「大丈夫だ……」

 耳元で優しく囁かれ、清良は懸命に声の主に縋りついた。

「……うぅ……いや……だ。鬼になってしまう」

 童のように泣きながら訴えると、宥めるようにやわらかく背中を叩かれる。

「怖がることはない……おまえは鬼になどならない」

「で、でも……か、身体がおかしい……。どこか変化してしまった……」

「大丈夫だ。おまえは鬼になどならない」

 声の主はしっかりと清良を抱きしめながらくり返した。

「鬼にならない? ……本当に?」

「ああ、本当だ。おまえはどこもおかしくない」

「よかった……」

 清良はようやく安堵の吐息を漏らした。

 けれども、男に抱かれている身体はまだ燃え盛っているかのように熱い。鬼になってしまうとの恐怖は薄らいだのに、不安が残っていた。

「どうした? 身体がまだ熱いのか?」

 くすりと笑いを含んだような声で訊ねられ、清良はびくりと震えた。

「熱い……。熱くて熱くて、どうにかなってしまいそうだ……」

「それなら、俺が治してやろう。簡単なことだ」

「どうやって……?」

「おまえを抱く」

「えっ?」

「それで身体の中に溜まった熱を一気に放出すればいい」

 思いもかけないことを言われ、清良は息をのんだ。

 自分を抱いているのは逞しい男だ。でも、暗闇の中では姿がはっきりしない。

 男のほうは自分を知っているらしいが、清良にはまったく覚えがなかった。

「何を躊躇している? おまえは俺の番。運命でそう定められている。だから迷うことはない」

「い、いったいなんの話を? それに、番とはどういう意味? まるで獣のような言い方……」

「番は番だ。俺もおまえもただの人間ではない。わかっているだろう?」

 平然と言われ、清良はぎくりとなった。

 ただの人間ではない。

 その言葉が頭の中で何度も木霊する。

 やはり、自分はそうだったのか? 人間の皮を被っているだけで、本性は鬼だったのか?

 いや、そんなはずはない。

「わ、私は人間だ!」

 思わず強く言い募ると、男は声を立てて笑い出す。

「今さらだろう。俺の本当の姿が見たいなら、今すぐ変化してやろう。本性のままで抱き合うのが一番だからな」

「えっ?」

 驚きの声を上げたせつな、清良を抱いていた腕が、ふいに形を変え始めた。

 固い筋肉の感触がなくなって、ひどく曖昧なものに変わったかと思うと、次にはそれがふわふわの毛の固まりになったのだ。

「さあ、契りを交わすぞ」

 そう言った男の声は変わりない。

 だが、清良の身体を押し倒してきたのは、人間ではなく大きな漆黒の獣だった。

 前肢で肩のあたりを押されると、簡単に仰向けになってしまう。上から覆い被さってきたものに、清良は声すら上げられなかった。

 鋭い鉤爪は隠しているが、のしかかられただけで脅威だ。

「おまえは、想像していたとおり、いい匂いがする。おまえをこの手で抱ける日を、長い間待っていた」

 獣に化した男は、清良の肌に鼻先を押しつけ、匂いを嗅いでいる。

「やっ、な、何を……するっ?」

 動転した清良は獣から逃れようと、必死に身をよじった。

 けれども太い前肢でがっちり両肩を押さえられ、身体をずらすことさえできなかった。

「おまえは我が運命の番……最高の悦楽を与えよう」

 獣となった男は不遜に言い放つ。

「ま、待て! な、何をする気だ? ま、まさか……獣のままで私を犯そうとでもいうの……ひ、っ!」

 あとは声にならなかった。

「怖がることはない。これが本来の姿だ。おまえだって、知っているはずだぞ」

「し、知らない……」

 清良は必死に首を振った。

 暗闇の中でも徐々に目が慣れてくる。

 のしかかっている獣は狼に似ていた。闇と同化したような漆黒の狼だ。毛先だけが銀色に光っている。

 こんな大きな狼が存在するとは、今まで聞いたこともない。人の言葉を話す獣というだけで、普通ではない。これはきっと闇が生んだ妖だろう。

「知らないと言い張るなら、思い出させてやるまでだ」

 皮肉っぽく言う狼に、清良は言葉もなかった。

 黒い獣は頭を下げ、ぺろりと清良の頬をひと舐めする。

「……っ」

 思わず横を向くと、今度は長い舌が首筋を這った。

 顔をそむけるだけが精一杯で、身体はよじることもできない。

 次に狙われたのは小さく形のいい耳だった。髪の生え際をねっとり舐められ、そのあと耳朶を咥えられた。

 鋭い牙が肌の上を滑ると小刻みに身体が震える。

「んっ……ぅぅ」

 清良がくぐもった呻きを漏らすと、黒い獣はさらに顔中を舐めまわしてくる。唇から鼻へと長い舌を滑らされた時は、鳥肌が立った。

「どこを舐めても甘い……極上の甘さだ」

 呟いた獣は、まるで甘い飴でもしゃぶるかのように清良を味わっている。

 そのうえ獣は舌先を尖らせ、口の中まで犯し始めた。

「んぅ……く、ふぅ」

 必死に逃れようと思っても、果たせなかった。

 無理やり舌を巻き付かされて、吸い上げられる。

「……ぅう……んぅ」

 獣はまるで人間同士の口接のように清良の唇を貪り、そのあと項に鼻先をつける。そうして最後には喉から胸へと舌を這わせてきた。

 長い舌先小さな痼りの上に到達すると、ざわりと全身に震えが走った。

「くっ……うぅ」

 悲鳴を上げたくなるのを懸命に噛み殺す。

 獣は盛んに胸の尖りを刺激した。そのうえ固く凝った場所に、鋭い牙先まで滑らされる。

「いやだ……っ、や、ああっ」

 清良はとうとう高い声を放った。

 舐められている胸からおかしな疼きが生まれ、身体中に伝わっていく。

 胸に気を取られていると、狼の舌がさらに下降して、あろうことか花芯を咥えられてしまう。

 最初から一糸もまとっていない状態で、避ける手立てはなかった。

「ひ……っ」

 裂けた口に花芯が全部のみ込まれ、息が止まる。

 敏感な先端に牙が当たると、背筋を這い上がってきた恐怖でぶるりと腰が震えた。

 花芯を咥えた獣は、器用に舌を巻き付かせ、さらに刺激を与えてくる。ざらつく舌で花芯を根元からぞろりと舐め上げられる。

「あ、……ふっ、く……んんっ……ぅ」

 どくりと血が集中していくのは、もう止めようがなかった。形を変えると、獣はさらに清良を駆り立てにかかる。

 いやらしい動きはいやでも快感を運んでくる。花芯は最大まで張りつめ、先端にもじわりと蜜が溜まり始めた。

「あっ、……あっ……ああっ」

 舌は蜜をこぼす先端に留まった。すべてを舐め取ってもまだ満足しないように、小さな窪みの中まで舌の先端を潜り込まされ、押し広げられる。

「いやっ、ああっ……っ」

 清良は悲鳴のような声を上げながら仰け反った。

 いっぺんに欲望を噴き上げてしまいそうなほどに追いつめられる。

 獣に犯されて達してしまう。

 それだけは、いやだ。そんなことをされたら、生きてはいけない!

 そう思ったせつなだった。

 清良にのしかかっていた獣が、ふいにまた変化を始めた。

 まるで清良の心の叫びが聞こえたかのように、獣の姿が薄れていく。

 そうしてさほど間を置かずに、再び逞しい人間の男が出現していた。

「おまえは、まだ思い出さないのか。仕方ないな」

 男はそんなことを呟いて嘆息する。

 清良はほっと緊張をゆるめた。

 だが、次の瞬間、男は再び驚くべきことを言い出す。

「本来の姿でおまえと番うのは、またの機会としよう」

「な、何を言って……」

 清良は思わず男の胸を押し返した。

 けれども男はあっさり清良の手を手繰り寄せ、力強く抱き込んでしまう。

 あっと思った時には、また唇を塞がれた。

 獣の舌でも散々嬲られた。しかし、男の熱い舌の動きはその比ではなかった。

 いやらしく絡められた舌をしっとりと吸われ、清良はすぐに夢見心地にさせられる。

「んぅ……ふ、く……ぅ」

 甘い口接に気が遠くなってしまう。

 何故か身体中が痺れたように熱くなって、胸が苦しい。なのに、男に口づけられていることが、気持ちいいと思ってしまう。

「ん、あ……んぅ」

 男は清良の身体中に舌を這わせてきた。胸の尖りを口に含まれ、何度も舌で擦られる。

 そのうえ男は腹から臍、さらに下方まで口を滑らせ、最後にはまた清良の花芯を咥えてきた。

「や、あっ……あ、んぅ」

 一度静まっていたのに、清良は前よりさらに高揚させられる。

 肌の上を滑る男の舌と指に、全神経が反応した。

 男は唇を離したあとも、巧みに清良を駆り立ててくる。

「ああぁ……あ、あっ、うぅ」

 今にも達しそうになって腰を揺らすと、男はさらに恥ずかしい場所にまで指先を伸ばしてきた。

「ここも熱くなっているな」

「や、んんっ」

 指を潜り込まされたのは、ひっそりと息づく蕾だった。

 身体中を蕩かされていた清良は、抵抗もなく男の指を受け入れてしまう。

 その後も男は清良の身体を余すところなく愛撫して、これ以上ない高みまで清良を導いていった。

 熱く蕩けた蕾に、男の滾った剛直が擦りつけられても、清良はもう抵抗ひとつできない有様と成り果てていた。

「おまえだけが俺の番だ……受け入れろ、最後まで」

「ああっ……あ、く……っぅう」

 背後から腰をかかえられ、逞しいもので最奥を犯された。狭い場所に無理やり巨大なものがめり込んでくる。

「あ、あぁ……あ、……ぁぁ……」

 清良は喘ぐように細い声を漏らすだけだった。

 闇の中で、どこの誰ともわからぬ男に最奥まで犯されている。

 しかし、何故か恐怖は感じなかった。

 最奥を埋め尽くす熱さに、身体中が震えるだけだった。

「…………早く思い出せ。おまえは俺の番……、早く思い出せ……」

 背後から清良を犯す男が、耳元で熱く囁く。

 あなたは、誰だ?

 どうして、私を……?

 脳裏に浮かんだ疑問は、圧倒的な悦楽のもとに霧散してしまう。

 そうして清良は、目覚めの時がくるまで、男に犯され続けたのだ。


     †


 


    

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