第2話 朝に消えむと消えざりと

 魔界には倫理がない。行き過ぎた実力主義が何とか秩序に見えるものを取り繕っているのだが、誰一人として秩序を求めてもいない。そういう世の中で××ありていにいえば強姦されてしまうとは。

 魔王の近衛兵、狼獣人の通称三番もそういう世の中で生きてきたし、力及ばず諦めたものは数知れず、屈辱という屈辱は大方味わってきた薄幸な身の上でありもする。しかしまさか中年も板に付いてきた頃に性的な辱めを受ける羽目になるとは思ってもみなかったのであった。己の守護霊は屈辱のロイヤルストレートフラッシュでも狙っているのだろうか。

 「クロスさあん」

 そして強姦魔が何事もなかったかのように話しかけてくるのも精神的に苦痛を感じる。強姦魔、金髪碧眼の悪魔クリネラ・クリムゾン・スプラウトは魔王の執務室の前で控えている三番狼の業務妨害、曰く世間話をしにやってきた。

 「短足くん、またサボりに来ましたねえ」

 「緋良ちゃんちーっす、元気?」

 「昨日会った時からずーっと元気でーす」

 後輩の女狼(八番)とも打ち解けて話している、そういう馴染み方は良くないのだが。

 周りの様子を見ても件の事件は漏れていないようではあるが、もしも仔細漏れるようなことがあれば即刻自害せざるを得ない。何だか考えているだけであちこちが痛い、損傷は回復魔法(強姦魔自ら掛けたもの)で塞がっているというのに。おそらく心の傷、という奴であろう。響きだけはいっぱしにセンチメンタルなのだった。

 「魔王陛下に用があるなら、通さないが」

 「通さないんかい」

 「わきまえろ、そして用も無いのに来るな」

 彼はこのところ毎日のように来ているのだ。玉座の間の番だった時もさすがに無理だろうと思っていたら、研究報告を合わせて来たのだから並大抵の男ではない。「『知恵の実』林檎の魔界への植樹が成功した旨報告に上がりました」冗談みたいな成果である。「これでモチベーションの上げ方がまともなら言う事はないのだが」と全て見透かした目で魔王は言った。

 「用事ね。クロスさんに会いに来たんだけど」

 「余計に駄目だろうが」

 シッシッ、と適当に手を振り追い払うジェスチャー。

 「だって近頃会ってくれないから」

 何のつもりか膨れ面。それはお前が俺を呼び出してレイプしたから、とは人目もある中では言えなかったが。

 「元々ひとりが好きなタチでな」

 「はえー、タチなの」

 「何の話だ」

 察しはつくが乗ってたまるか。

 この雰囲気がどうして醸し出されるものなのか、絶交して然るべき相手なのになぜかズルズルと会話が続く。しかし勤務中なのだから彼の相手をしなければしないでもよいはずで、それができない己の本心こそが分からない何かなのであった。

 「じゃあクロスさん、今晩一杯どうでしょうよ」

 「その、じゃあっていうのは何だ」

 「どうせ君、毎晩飲んでるんだろ」

 「そこまでアル中じゃあない」

 「でも今日は飲むだろうさ」

 失礼極まりないが、これは図星でこのところ酒量が増えている。ストレスのせいだろう。


 結局のところ、飲んでいた。

 「もうすぐ雪が降るってね」

 「だが此処の雪は積もりにくいだろ」

 「それでもあたしは動けなくなるんだよ、寒いのは厭だわあ」

 小料理屋「おろち」は半蛇の女将が切り盛りする居心地の好い店だ。カウンターで鈍色の煮魚を肴にちびちびとやっていたら、飛び込んできた、短足が。

 「よく分かったな」

 「総当たり戦だぜ」

 まったく褒められた話ではない。

 「何やってんの」

 グラスの中の無色透明の酒を指して、

 「日本酒かな」

 「おかみさん、同じの」

 言って当たり前のように隣に腰を下ろす。

 「お前が何を考えているのか分からない」

 「それはこっちの科白だよ」

 口調は暢気そうだが彼なりに真面目な調子である。

 何をこの男は憤慨しているのか、好きなだけ好きなようにしたお前が、なぜ前以上に己に執着しているのか。普通は合意なしに尻を掘られたら避けられるようになるのではないか。お前が並の悪魔ならば即刻喉笛を掻き斬ってやっていたところだ、分からないのか。そういうところが狼には測りかねた。

 「どうして君、そんな普通っぽい調子な訳なの」

 「なるほど」

 詰られている。なるほど、お互いのために水に流してやろうと思っていたのだが、それでか。

 悪魔の前に無色透明の酒で満たされたグラスが差し出される。作法がなっていなかった、(いやある意味正解なのだが)いきなり、ぐいと呷ったのである。

 「あ、馬鹿」

 思わず声を上げていた。珍しく驚いた顔をしていたに違いない。

 「日本酒じゃなくて魔界酒だ」

 「いっ」

 そして短足はそれを上回るほど驚いていたはずだ。驚いたでは済みそうにもない。日本酒のアルコール度数は凡そ15、6度だが、この魔界酒『勇者ごろし』は120度だ。普通は香りで分かるから、少しばかり冗談を言ってみたのだった。まさかグラス一杯を一気に呷るとは。(そして不運にもショットグラスではない)案の定、噎せた。

 「おい、死ぬなよ」

 「馬鹿はお前だろ……」

 曲がりなりにも悪魔、死にはしないだろうが、彼はさほど酒に強くない。15度だと思って120度だったら相当きつく感じることだろう、加えて独特の芳香が。

 「馬鹿みたいな酒飲みやがって……」

 「馬鹿みたいな飲み方するからじゃあねえか」

 それに酒に失礼だ。落ち着いてきたのか、突出しの和え物をボリボリ貪り食いだす。

 「無理」

 「なら、どうしてイッキなんかした」

 「マウンティング行為の一種かな」

 「よくお前が酒でやろうとしたな」

 ただ今回は狼が相当意地が悪かったのだ。店が店であるし、狼も普段から日本酒を好んでいて、悪魔もそれを承知で疑わなかったのだから。悪魔が無断で煮魚をつまむ。これは、自業自得の類い。

 「辛っ! かっら! 何これ、地味な見た目に反して舌を焼く辛さ」

 「酒に合うぞ」

 「君さ! 本質的にマゾでしょ! こんなの!」

 「いいや、お前さんが魔界を知らんからだろう」

 沸騰海産の魚など軒並みこんなものだ。

 もし次があるならば、女将おすすめのビール『スネークヴェノム』も黙って飲ませてみたいところである。アルコール度数67.5度。『おろち』は慎ましやかな日本料理店の皮を被った毒蛇の巣である、魔界なのだから。

 「ふふ」クリネラが涙目なのが可笑しくなってきた。グラスに残っていた『勇者ごろし』を一気に飲み干す。ショットよりは多いくらい、旨い。グラスを逆さにして見せるのは、

 「そら、マウンティング」

 「なんちゅう嬉しそうな顔をしくさって……」

 「お前の飲み残し、くれ」

 「残してない、俺で飲む」

 「そうか。潰れるなよ」

 だが既に耳が朱色に染まっている。

 「クロスさん、こんな強い酒で酔わなきゃやってられんのかね」

 「大半はお前のせいだよ」

 自分の顔も真っ赤だろうが。――恥辱で真っ赤になっているのがいいとか言っていた、本当に長虫のクソみたいな根性してやがる。厭なことを思い出した。単に、男に組み伏せられて性欲の捌け口にされたのも尋常ではないショックだったが、あまつさえ幼少期からのトラウマというか、傷跡を暴かれたのであって。腹が立つやら悲しいやら、だからクロスは調子に乗った悪魔に報復するよりも、只々放っておいてほしかった。

 困ったことには、狼も、気を抜くと安くない笑みを溢してしまうほどにはこの青年を好いていた。年齢も種族も多いに隔たっているというのに、気兼ねなく言葉を交わせる数少ない友人と言えた――それは自分をよく知らないという安心があってだったか。

 人間の転生者という来歴を持つクリネラ・クリムゾン・スプラウトはまだ5年しか悪魔としてのキャリアがない。この三番狼の過去に何があったかを正確に知る者など、おそらくは魔王とその古馴染みぐらいなのだが、「荒れ地」でも「森」でもなく「銀狼」だと分かれば大抵の魔族は彼を避けた。銀に喩えられる灰色の被毛はそういう理由で黒く染めているが、クリネラには「白髪染め」と言ってみたらすんなり信じてしまった。だからこそ気を許してあちこち飲みに行きもしたし、それが仇で今日も逃げ切れなかったのだが。

 狼は思考を辿るうちに己の心の裡をようやく探り取れた。認めた、というべきか。先日の性的暴行よりも(いや、それはそれで赦してはならないが)気の置けない友人を失う――ある意味もう失った――のが辛い。見ての通りクリネラはクロスを避けてなどいないが。『腰抜けが』卑下された、卑下させた。魔王が憎い。それ以上に自分の矮小なことよ、この惨めな負け犬。

 狼は黙って自分のチェイサーと悪魔の飲みかけ(あるいは飲み残し)を入れ替えていた。少し飲み過ぎていると思う。

 「クロス?」

 黙って俯いた彼に、悪魔が遠慮がちに声をかけた。

 「眠くなってきた。帰る」

 狼が立ち上がると「俺も」と後を追って、「あれっ」よろけた。

 「あれで酔いが回ったのか? 世話が焼けるな」

 仕方がないので腕を貸す。短足悪魔ははっと閃いたように、

 「クロスさん、送って!」

 「このくそったれ」

 脳裏に厭な予感がちらついている。「送らされ狼」笑えない冗談を思いついてしまった。


 「ねーえ」

 魔法の明かりが輝石のように煌めき炎のように燃える城下街から、夜の化身のような静けさと豊かな闇に眠る魔王城へ。

 魔王城西塔は城仕え悪魔たちの居所になっている。近衛狼たちの住まいはまた別に「アモン塔」の名を持つ南西の塔だ。城内で一つの街かというほどに広く複雑なのである。西塔への通り道、ふたりが通る4階廊下は人気がなく静かだった。初雪が降ろうかというこの寒空に、この吹きさらしの渡り廊下(しかも4階)を敢えて通る馬鹿はそうはいるまい。理由と言えば単純で4階にクリネラの居所があり、外が寒いのを失念していた馬鹿だったから。三番狼の肩に頭を預けて、短足悪魔は何度目かの「ねーえ」

 クリネラは碌に歩いていない。狼と歩幅が合わないのをいいことに、時々翼をはためかせて宙に浮いてはいたずらにそれをやめ、ほとんど負ぶらせてみて、狼に怒られる。

 外の空気は冷えて火照った顔に心地よく、歩くうちに酔いは幾分か高揚感を残して去ったように感じられた。足元も覚束ない様子だった悪魔の方も、今となっては都合良い言い訳だろう。

 「ねーえ、返事してよ」

 「勝手に喋ってりゃいい」

 そう、と言って、クリネラは勝手に話し始めた。勝手に喋るのは彼の十八番である。

 「君が何を考えているかは知らないけどね。俺が何を考えているかならしっかり教えてやったじゃないか、身体で。性的に好きだよ。それだけじゃないか。決まってるだろ。××青姦レイプしたのは申し訳ないけどね、そうじゃなきゃ絶対セックスなんてできなかったでしょうが。俺ね、どっかの誰かと違って側にいるだけで幸せとかそんな殊勝なことできないわけ、復讐したきゃ復讐するし、犯したきゃ犯すし。だからやりましたよ、それでその後だよ、どうしてそんなに悲しそうなツラしてんのさ。怒れよ。あんな大事件なかったことにすんなよ」

 「言ったろうが。お前が孤独がどうとか言うから、復讐は孤独を解決しない」

 身勝手だなと狼は思った。身勝手は魔族にとって美徳、成し遂げるべき道に他ならないから、転生してまで悪魔をやっているこの男が身勝手を突き通そうとしているのはまったく不愉快ではない。魔界には倫理がない。

 「お前そんなに俺と友達やめたいのか」

 「クロスさん、俺のこと友達だって思ってたの」

 「遺憾だが最早俺の携帯に掛けてくるのはお前くらいなんだよ」

 じいん、とクリネラは口で効果音を放った。いい話などではない、サイコパス気味の(魔族なんて大概サイコパスだが)ストーカー男しか構ってくれる奴がいないというだけの話である。ひとつの「人生終わってるな」の形であって、魔族の生は人生より長いので余計に余生が辛い。

 「もう我慢できないって思って、俺決めたの、狼さんの牙にかかって死んでも構わんって。死なないまでも拒絶してくれた方が助かるっていうか。一度ならずや二度までもっていうか……」

 「待て。お前、まだその気か」

 「性欲抑えるつもりがあったら悪魔なんかやってませえん!」

 悪魔でもなかなかやらない開き直り方である。ゾンビからその身を挺して守ってくれた友人が目の前でゾンビになった気分だった。魔族をやってる限りそんなシチュエーションは万が一ですら訪れないと思うが。なので、もう戻らない友人に対して言うように、

 「どうしてこんなことになってしまったんだ……」

 心底悲しみを込めて、運命を呪って言ってみたのであった。ちなみに、今性欲ゾンビが襲ってきても絶対に勝てる、腰には愛用刀「狂骨」、左胸のホルスターにはコルトガバメント、後ろ腰にS&WはM500。前回の反省から、まだ自分も最低限の矜持を持っているということに気付いたわけだ。とはいえS&Wはこんなことでは抜いてはいけない気がする。

 「側近殿に訊いてみたわけ。どうしてあんなおっさん竜に欲情できんのって。『綺麗だなって思ったら抜けることに気付いてしまった』って言うの」

 「はあ」

 側近は呼び名通り魔王の側近だが、魔王が好きすぎて側から離れないので城仕えたちは渾名として側近と読んでいるのである。閑話休題。

 「クロスさん綺麗だよ」

 「はあ?」

 「かわいい」

 言い換えられてますます困惑した。

 「想像したら……抜けることに気付いてしまった……」

 「何を想像し、いや、いい、答えるな、もういい」

 魔王と側近。狼は悟った。自分の秘密を教えた魔王と、いらぬことを吹き込んだ側近、諸悪の根源は彼らである。

 「分かったから、お前が思い詰めてるのは分かったから。憎んじゃない、赦しはしてないが、二度目がないならもういい。好いていてくれるのはありがたいから」

 「クロス……」


 ダン、と柱に強く叩きつけられた。気が付けば悪魔の両腕に囲われている、壁ドン、もとい柱ドンだ。


 「虫が良すぎるだろが!」


 もっともだが、譲歩したのだから素直に受け取っておけばよいものを。狼はそっとS&Wに手をかけた。

 「それで」

 「一度ならず二度までも。我慢はしない」

 悪魔は狼の顔に、右半分を覆う眼帯に手をかけた。

 「廊下なんだが」

 「そうだな。ひとが来るだろうさ、君が

 もういい。大口径リボルバーが抜かれ、悪魔の顎に突き付けられた。銃口をぐっと押しあてる。悪魔は顔色ひとつ変えなかった。目が据わっている、お互い様だろう。

 悪魔はそのまま狼の眼帯を取り去った。顔の右半分、大部分はケロイド状に引き攣れた火傷跡だ。悪魔は眉一つ動かさなかった。

 「呪いの火ね……」

 クリネラは閉じた瞼に触れた。

 「ここにキスしたいんだけど」

 引き金を引けば、顎が砕けてその天使紛いの顔が吹っ飛んでいくだろう。悪魔はその程度で死なないかもしれないが、もはや反撃不能だ。その後は死ぬまでじわじわいたぶり殺すも、放っておいて帰って寝るも自由。

 「ふ、くく」

 狼は口の端を歪ませて笑い、拳銃を握り込んだ右手を下ろした。ホルスターにのろのろと戻す。引けなかった。だって、あまりにも馬鹿馬鹿しいじゃないか。真剣になって。

 「好きにしろよ」

 投げやりに左目を閉じた。

 悪魔は右瞼にその紅い唇で口吻けた。そして左瞼、そして口へ。


 狼はてっきり、前のように手荒に欲望を打ち付けられるものかと思っていたために、穏やかな手つきに半ば驚き毒気を抜かれていた。反抗せぬのを見取って趣向を変えたのかもしれない。

 「それで君は綺麗だと言ってもきかないのか」

 「たとえ瑕がなかったにせよ、こんな老兵に言うかね。変態」

 「そりゃあ変態だからね……」

 燭台には藍色の火が灯され、冷たく不埒な二人を照らす。


 「ほらそんな顔して。好きだよ。かわいい。強情張って、男としての矜持かい? 馬鹿馬鹿しいね。もっとプライド持つべきところはあったでしょ、尻尾なんか振ってしまって。身体は陥落してるんだから素直に楽になっておしまいよ」


 「そんなにダメかなあ、俺にされるの」

 「は、いやだ、こんなの」

 言葉尻を捉えて、悪魔の瞳が爛と輝く。その手は止めず。「どんなのが好いの。オンナノコならいいっての、受け身なのが気に入らないの」

 「おまえ、に」

 荒い呼吸をやり過ごしながら。

「お前に、知られたくなかったのに、情けないところ……弱み。あっ……やめろよ……ちゃんと話すところだろうが」「イイエどうぞお構いなく」怒りの意思をぐるる、と喉を鳴らして訴えつつ、「今、どうしようもなく悲しいのに、身体が追い付かないのが、情けない」「はあー……」

 クリネラは一旦、快楽責めの手を止めてやった。いつもの勝手に全部喋る構えである。

 「悦べよ、俺は君の弱いところを見せてもらって益々好きになったぞ。無理矢理致されても報復できないくらい好意に飢えてるんじゃないのか。あんまり可哀想で寂しそうだから反省した、ちゃんと君に対しての好意を優しさで表した行為にしてみりゃいいかなって、思ったんだけど、君はどうも幸せを拒むタチだね。薄幸を志向する思考かよ。魔王が」

 クリネラは一応周囲を伺った。魔王と話した内容は口止めされているのだろう。(廊下で下半身を丸出しにしているのが魔王に知れたらどうなるのかは最早想像の範疇を超えた)

「魔王が、『あれは可哀想な子だから、自分で自分を不幸に追いやるのだ』って」

 (死の恐怖に克てないことを責められようか、あれの親兄弟は生きながら呪いの火で焼き殺され、今も魂は呻いておる。挙句、焼き殺しを命じた張本人に拾われて命を繋いでいるのだからどこを向いても苦しい男だな。だが私にとっては)

 「『良くも悪くも過去でしかない』と親心丸出しで申しておられました」

 クロスは気の抜けた顔でそれを聞いた。下半身丸出しで聞く話ではなかった。いや、そもそも親心なのだろうか。魔王、やはり虫が好かない。

 

 「お前は何故かそういうことを聞き、それでどういうことになれば俺を掘ろうと思うんだ?」

 「なんて可愛い人だろうと思い、下半身に抗えなくなった」

 「耐える気力をお前に分けてやりたい」

 「ああ、君も少々耐えるのをやめれば幸せになれそうだ。Win-Winだね」

 しかし本当に耐えるのが馬鹿らしくなってきた。

 「で、優しさで表した行為、それだけが目的っていうのか。今日は」

 「あ、うん、愛してやるぜ。今日は」

 馬鹿なのか。

 「君が俺を請うならね」彼も魔族の男として慈悲の施しなどあり得ない。

 「断る」あくまで不遜、「お前が俺を好いているんだろうが。さっさと咥えろ」悪魔は目を丸くした。「あら。君がお望みとあらば」

 言い終えるのを待たず、クロスはクリネラの髪を引き掴み、顎を開かせた。

 もう勝手にさせる気は無くした。蹂躙される負け犬気分はやはり楽しいものではない。そういう訳で、お返しで蹂躙してやることにしたのだった。

 

 「おい、死んだのか」

 顔を上向かせてみれば、あちこちの穴から色々の汁が流れ出ておりひどい有り様。げほっ、と咳き込んだのが答えである。しばらく後、クリネラは弱々しく声を放った。

 「さっき、ちょっと、イッた」

 狼は少しドン引きした。

 「すごく満たされた。鼻から出てるし」

 「お前が満たされてどうする」

 「君もなかなか楽しそうだったじゃない」

 それもそうだ。魔の性には抗えないのか、陵略する側は心地良い――少なくともされるよりは――しかし、

 「結局のところお前の思う壺か、癪だな」

 「は、は」悪魔はからからと笑って、「俺を好ましく思ったときから、俺で苦しむのは運命と思ってくれたまえよ」

 狼は身なりを取り繕い、悪魔に手を貸し立たせた。

 「ええ、まだまだでしょ」

 「馬鹿を言え、こんな場所で一夜を明かせっていうのか」

 魔界の夜が明けるのはまだ当分先の話であった。暗い空から雨混じりの雪が落ちる。

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悪魔(短足)×人狼 紫魚 @murasakisakanatsuki

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