scene 7【last episode Ⅰ】
開いた画面にはmessageが届いていた。
あの人から。
「ホームで待っています」
微かに残るリリクテノールの記憶に乗って、短い言葉が頭と心にリフレインしている。
少し早くなる鼓動は、ときめきのためなのか、罪の意識なのか。
もう一度、短い言葉を辿った刹那、すべての迷いや戸惑いが消える。
と同時に、新しい不安がわき上がる。
こうなるまでは考えもしなかった。
誘いのmessageを見た時も、考えもしなかった。
私のことをわかるのだろうか?
あの人に逢ったのは、あの夜の一度だけ。
しかも二人きりではない。
他にも女性はいたし、彼女たちとも話していた。
あの人は私を見つけられるのだろうか?
ホームで待つあの人が、私を見つけてくれなかったら、すれ違う時さえも気づかなかったら、私はその場で泣かずにいられるのだろうか。
『黒い服を着ています』
返信をした。
車内アナウンスが、もうすぐ到着を告げる。
そして私を最上級の後悔が襲う。
今日は白い服を着ている。
なぜ嘘をついてしまったんだろう。
あの人を困らせるため?
最後の審判のつもり?
・・・違う。わかっている。
それはもっと前向きな何か。
背徳への一歩。
後悔は期待へと姿を変えていく。
私はすぐにわかった。
ホームに降りた瞬間に、スーツ姿のその人が。
彼以外のすべてがぼやけて見える。
降り立った場所から、少しづつ、その人へと歩を進めた。
高鳴る気持ちとは裏腹に、丁寧に一歩づつ。
まるで小さな決心を重ねていくように。
ゆっくりと大きな歩幅で、その人は近づいてきた。
「こんにちは」
その一言で、私の中のあらゆるガードが崩れ落ちた。
あれほどに恋い焦がれたリリックテノール。
「来たんですね」
『来ちゃいました・・』
「僕には黒に見えませんが」
すべてを見透かされた思いがして、
視線を彼の足元に落とした。
「バカですね」
彼が言う。
『バカですね』
私が言う。
顔をあげるのが怖い。
どんな表情をしているのだろう。
ちょっと困っていてもいいから、微笑んでいてください。
眼元だけでも、口元だけでもいいから、微笑んでいてください。
今宵の月も美しいのだろう。
Dianaはどんないたずらを仕掛けてくるのだろう。
その人がそっと、俯いたままの私の手をとる。
〈ひとつ目の fin 〉
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