scene 7【last episode Ⅱ】



もうどのくらい、ここに座っているのだろう。


ようやく頬にあたる風が、冷たいことに気づいた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



開いた画面には〈お知らせ〉が届いていた。

もう何年も会っていない学生時代の友人。


気持ちを落ち着かせようと、彼女のプロフをタップする。


そこには、昔、プロフに使っていた私の家族写真。

彼女が、いいねをしたらしい。


中学生になったばかりの息子が、私の隣で照れた笑顔で写っている。


あの時の笑い声が一瞬で甦る。

大学生になって家を離れ、ほとんど連絡もしてこないけれど、笑うと同じ笑顔になる。


車内アナウンスが、ひとつ前の駅名を告げた。

私は薄いコートをとった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



駅のベンチで、ようやく空をあおぐ。


深まった秋の空は、高く碧く、雲ひとつない。

と、碧の中に小さな白い円を見つけた。



月だ。



真昼の月は、本当はその姿を隠したいように、ひっそりと浮かんでいた。


ふと、あの人の声が聞こえた気がした。

スマホを開いて、messageを送る。


「ごめんなさい。乗れませんでした」


すぐに返信が届いた。


『了解です。またいつか』


画面を閉じることもできずに、真昼の月を見つめながら涙が止まらない。


不思議なことに、あの人の声がよみがえってくる。


『了解です。またいつか』


聞きたくはない言葉が、リリックテノールでリフレインされる。


私は声を出して泣いた。

こんな泣き方は、もう長い間、忘れていた。


そして、数少ない〈友達〉の中のその人を消した。



私には確信があった。

あの人の声をもう決して忘れないだろう。


真昼の月を見るたびに。


淋しさに包まれた時にも、


雑踏の中でも、


そしてきっと召されたあとにも。


想い続けるのだろう。



「月がきれいですね」



想い続けるのだろう。





〈もうひとつの fin〉








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