紅葉と銀杏
ネムのろ
それはある日の秋の話…
「ねぇ、私といると帰れなくなるよ」
彼女の切なそうな声が耳に響いた。
それでも俺は歩を止めるつもりはなかった。
彼女と出会ったのは霧が濃く渦巻く森の中。
高校生二年の俺、紅葉(こうよう)光音(あきと)は家族と旅行中に皆で森の中のキャンプ場に泊まっていた。
涼しい風、鳥の鳴く声。夜には鈴虫たちのコンサート。
一番キレイだと思ったのは星空だった。
そんな中、夜風に当たってくると、家族の下を離れ、そこらへんを月夜の明かりを頼りにブラブラしていると…
風に揺られていくつかの紅葉(もみじ)が舞った。
ふと見上げると、いつの間にかそこには紅葉並木が続いていた。
「こんな所に…こんな並木あったか…? 朝来たときには無かったような…」
不思議がりながらもふっと誘われるように入っていった。
しばらく歩いていくといつの間にか紅葉並木が銀杏(いちょう)へと変わっていて、そこら地面一帯黄色い綺麗な銀杏の絨緞(じゅうたん)でも敷いてあるかのような、月の光に当てられてキラキラ輝いているような、不思議な感覚がした。
「なんだあの洞窟…?」
そこには、いかにもな洞窟が口を開けていた。
行くか? 戻ったほうが安全だ。だが…何かが引っかかる。なんだ?
頭の中に何かの映像が流れてきた。
女の子がずっと泣いている…
なぜか、いてもたってもいられなくなって、洞窟の中へと足を踏み入れた。
暗く、コケの生えた洞窟をひたすら歩いていくと、やっとのことで出口に着いた。
そこは一面輝くほどの黄色が地面にちりばめられ、ひらひらと空気中をも埋め尽くしていた。
「銀杏の葉っぱだらけだ…」
そう呟いた瞬間、風が吹きすさび、周りの銀杏をどこかへ吹き飛ばした。気づけばそこには誰かが立っていて、驚いたような顔をしていた。
「…まさか…また会えるなんて…」
「…え?」
「でも…やっぱり覚えてないよね…」
頭が急に痛くなって、それでもやせ我慢しながら声のしたほうを見てみると、そこには同い年くらいの女の子が立っていた。
「覚えてないって…?」
「気にしないで。この道が閉ざされるといつも人に忘れられるの。そういう仕組みなの」
「…え?」
そう聞き返すと彼女は悲しそうな笑顔をした
「小さい頃にここに閉じ込められちゃってね。多分もう出られないと思う…」
「…俺と君は会ったこと…あるんだよね…?」
「…うん。」
「君は俺が何者か知っていて、話したこともあるんだね?」
「……うん。」
「じゃあ、それだけでいい」
「…え?」
俺はおもむろに彼女を背中にのせ、歩を進めた。彼女の足は、鎖で巻きつけられていて動かせないといっていたから。
「君を助ける理由はそれだけでいい。」
そう俺が言うと彼女は微笑した。
鎖なんてどこにあるんだろうと見てみたが、どうも見当たらない。そんな俺を差し置いて彼女は悲しそうに笑うだけだった。
「変わらないね。好きだよ。あなたのそういう所。」
「?!」
…一瞬何を言われているのかわからなかった。でも…今サラリと…聞きなれない言葉が出てきたような…
「…どうも…ありがとう…」
彼女を背中におぶっててよかった。じゃなきゃ今の格好つかない俺の真っ赤な情けない顔をしゃくすことになっていた。
…どれくらい歩いただろうか。
「ねぇ。もういいよ」
「…」
洞窟の中を永遠と歩いている感じがする。
「ここまででいいよ。私はこれ以上は先に進めない」
ジャラジャラと、鎖の音がした。
「…」
「道はもうすぐで閉じてしまうから、君は私を置いていって」
彼女がそういうと、急に重たくなってくる。まるで…重たい何かを背負っているようだ。でも、彼女は痩せててビックリするくらいとても軽い。
なのに…何故こんなにも…重たくなった?
「…」
「…私といると帰れなくなるよ。」
その言葉が合図だったのかもしれない。俺は息が苦しくなるのを感じた。空気が薄くなったかのような、息苦しさ…。そしてだんだんと急に温度が急降下していく。
どんどん冷えていく…
彼女の瞳と目を合わせた。そして、見えなかったハズの足に巻きついている鎖を見つめた。
「その鎖、君の心を現しているかのようだね」
「…え?」
「俺は何が君に起こったのか、君のこと何一つ覚えていない。だから何も知らない。けどこれだけはわかる」
少しだけ息が切れてきたけれど、そんなのおかまいなしに彼女に告げる。
「君は君の事を諦めすぎている。」
そういうと彼女は目を見開き驚いた。そして息を飲み込んだ。
これ以上はもう何もいうまいと、俺は歩を進めた。
そんな中、彼女は震える声で少しずつ喋りはじめた。
「私のこと思い出せないでいるくせに」
「…」
それにかんしては…本当、ごめん。
「何一つわかってないくせに」
「…」
たしかに俺は何もわかってない。ここがどこで、君が誰なのかも。
「どうしていつもいつも、あなたは的を射た発言ばかりするの…」
「…」
「どうしていつも…自分も危なくなるのに私を助けようとするの…」
「それは、単純に君をほっとけないだけだよ」
「…お人よしなのは本当に変わってないのね…」
彼女と話しているとほっとする。永遠に続くかのようなまっくらな闇の中、寒さが勝る中、背中から伝わる彼女のぬくもりが俺をはげましていた。
あんな寒いところにいたのに、君はとっても暖かい。
「…ねぇ、どうして君は諦めているんだ?」
「だって、こんな私なんか誰もいらないから」
その言葉を聴いて心臓が冷えた感覚がした。
「だから私はあそこに置き去りにされたの。もういらなかったから父さんも母さんも私をあそこに…最初は何がなんだかわからなくて、泣いて、泣いて、すがって頼んだ。置いてかないでって。一緒にいさせてって。でも…」
願いは叶わなかったの。
「ただ、一緒にいさせてほしかった。でも…愛されてなかったからすぐ気がついた。無駄なんだって。だから…諦めた」
俺は、その言葉を聴いていてもたってもいられなくなった。
彼女を地面に降ろして、そしてもちろん突然の行動に彼女も戸惑う。
唐突に何を思うわけもなく俺は彼女の腕を引いて、気がついたら彼女を思いっきり抱きしめていた。
「諦めちゃ駄目じゃないか」
「…」
「俺じゃ駄目?」
「…え?」
「君を愛する役目は俺じゃ務まらない?」
「?!」
そっと放してから表情を伺う。あ、…耳が真っ赤だ……
「だ、だって…でもっ…!」
彼女の足が震えている。目線がキョロキョロ彷徨っている。
「あなたにとっては初対面なはずなのに…そ、そんなこと…だ、駄目だよ…軽い気持ちでそんなこと言ったらダメ…ほ、本気にしちゃうから…」
「…俺は本気だよ」
「…ひ、ひゃ…」
また彼女を抱き寄せた。暖かい。こんなに暖かい君なのに…あんな寒そうな場所でずっと独りでいて、いつも忘れられていただなんて…
「そろそろ、いいんじゃないかな」
またそっと彼女と距離をとる
「そろそろ自分を許してあげなよ。そして今度は俺と一緒に歩こう。歩いていこうよ。多分、俺がここに戻ってこれたのは君を迎えに来るためだったんだよ。」
「!」
彼女の手をとった。そして歩いていく。
「…あの時の約束、覚えていないはずなのに…」
「どうせ『いつか絶対戻る。その時は君をココから連れ出す』とでも約束したんだろう?」
「…」
「ははっじゃあ、俺ってばその時からそんな無茶な約束してたんだ?」
彼女の頬は赤い。そして、歩いていくうちに、彼女の足の鎖が少しずつ壊れ、消えていった。
きっと…彼女の気持ちに変化がおきたからだろう。俺はそっと彼女の頭を撫でた。
気づくといつのまにかトンネルから出ていた。横には、もちろん彼女がいた。驚いているような、感動しているような顔で泣いていた。
そして俺のほうを振り向いて満面の笑顔で
「私を解放してくれてありがとう光音(あきと)。大好き」
唐突な告白に、少し頭がフリーズしかけたけれど、俺も笑いかけた。
「俺もだよ保歌(ほのか)。愛してる」
「?!」
あ、顔がもっと真っ赤になった。
「…わ、わたっ私の…名前…」
「うん。思い出した。」
そう。俺は昔ここにきて、迷った。そのうちに彼女とであった。
彼女の名前は銀杏(ぎんなん)保歌(ほのか)。彼女は泣いていた。
話をした。笑ったりした。でも別れのときがやって来て俺は約束をした。
彼女は待っているとも言わなかった。きっとすでに諦めていたんだと思う。
「ね。これからはさ、諦めることを諦めるのをおすすめするよ」
「へ?」
「…せっかく解けた鎖、また自分でつけないようにね?」
「…うん…努力するわ…」
さて、問題はどうやって家族にこのことを説明するか…
まぁ、どうにかなるだろう。というか、してみせる。
だって、俺は
「好きだよ。保歌」
「わ、私も…好きよ光音(あきと)」
君の笑顔をもっと見たい。君が幸せでいられるように、今までの寂しさから君を守りたい。だから、隣で一緒に歩いていこう。
どんなことがあったとしても、起ころうとしても
俺には君が。君には俺がいるから。
「大丈夫。君はもう独りじゃない。」
銀杏と紅葉が交わり踊り散るその場所で、俺達は誓い合った。
俺達に似合うこの場所で。今を大切に生きていこうと。
それが未来へと繋がると信じて。
おしまい。
紅葉と銀杏 ネムのろ @nemunoro
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