第4話 東の都

 ヨーギの家から歩いて3時間。段々と土の道が石畳に変わっていき、2つの小さな街を抜けると、巨大な東の都の姿が見えてくる。

 まだ遠く離れてるというのに、心地良い6月の風に乗って都の喧騒が3人の耳にまで届いた。

「あ、花火上がってるよ!大広場の方角からじゃない?」

 自然に囲まれた小さな川に掛けられた橋を渡るファルカが都の上空に上がる花火を指差してふたりに言った。

 次いで、どーん、どーんという低い破裂音が3人の元に響いて届く。

「真っ昼間だってのに、豪勢なもんだな」

 ヨーギが言いながら、しかし興奮を隠せずに歩く。

「都かぁ……前に来たのはいつだったかなぁ」

 ミッドが花火を打ち上げ続ける都を見ながら言う。

「俺は毎週来てるぞ、港で働いてるからな」

 ヨーギが得意気に返した。

「こいつはその結果だ」

 ヨーギは自慢の革鎧をバシバシと右拳で叩いてみせる。

「うん、立派だよ、ヨーギ」

 ミッドは純粋にそう思った。装備を整えるために汗を流したヨーギのことを尊敬していたのだ。

「はいはい、お兄ちゃんは働き者ですね~」

 ファルカが茶化すようにヨーギに言う。

「……ッ」

 ムッとしたヨーギ。

「ファルカ!」

 ヨーギに変わってミッドが声を出す。

 ヨーギが必死に働いて装備を整えたのは、ミッドとファルカの為でもあるのだ。

 3人が協力してこその冒険者のパーティーなのだから。

「ははは、冗談冗談。お兄ちゃん、この日のために頑張ってきたんだもんね。知ってるよ、私。妹じゃん」

 ファルカはヨーギの前に移動ながら、兄の目を見てそう言った。

「……ふん」

 ヨーギはファルカに一瞥よこすと、都に向かって足早に歩き出した。

「あ、待ってよ。怒らないでよ~!謝るからぁ!ごめん、ごめんなさい、って~」

 ファルカは慌ててその後を追い、ミッドもそれに続く。

「怒ってない。長話して、出立の時間に間に合わなくなりそうなだけだ」

 ヨーギは言いながら更に足を早める。

「え……」

 ファルカが都を見る。

 いつの間にか花火は止んでいた。

 そして、大広場からの喧騒も静かになる。

 これは、都に集う人々が港の方へ移動したことの現れであった。

「急ごう!」

 ミッドはファルカに言うと、全力で走り出した。

 同じく走り出したヨーギと並んだミッドは、声を出した。

「ヨーギ、頼りにしてる!」

「ああ!」

 3人は駆け抜けるようにして、東の都の大門から中に入って行く。


 東の都は巨大で清潔で、美しかった。

 視界に拡がるのは堅牢な石を積まれて作られた建造物の数々、縦横無尽に走る綺麗に舗装された石畳。

 ヒュムス族の文化と文明を結集して作られた素晴らしい都である。

 多様性を持つヒュムス族は、島の中に和と洋の異なる文化を抱え持ち、この東の都では各区画ごとにそれぞれの特色を持った建設物が立ち並んでいた。

 ミッドたちが入った南の大門からは西洋風の石造建築物が並ぶが、東の大門から入れば和風の木造建築物が並んでいるのだ。

 和と洋の区画の中央に位置しているのが大広場であった。

「おい、あんたら冒険者だろう!何をもたもたしとるんだっ!」

 そんな東の都の大広場に入った途端、3人に向かって杖をついた老人が声を掛けてきた。

「はよ行かんと船が出ちまうぞ!急がんか!」

 老人は3人を急かすように空いた方の手を振った。

「あの、おじいさんは良いんですか?見に行かなくて」

 そんな老人にファルカが声を掛ける。大広場を見渡せば、この老人以外に人がいないのだ。

「わしも急いどるわい!」

 老人は両足を震わせて杖を突きながら何とか前進していた。

 しかし、その速度では時間内に港まで辿り着けそうにはない。

「ひぃー。見送りに行かねばー、ミール大陸の闇を払う救世主たちよー」

 老人は必死の形相で前に進む。

 その姿を黙ってみていたヨーギが声を出す。

「おい、ミッド」

 おもむろにヨーギは背中と腰の長剣を外すと、ミッドに2本とも差し出した。

「こいつを持ってろ」

「……ん」

 ミッドは2本の長剣を受け取る。父の形見であるミッドの長剣も重いが、この2本にはそれ以上の重みがある。

 ミッドの長剣よりも刀身の幅が広いのだ。

 ――ヨーギはこんなもの使って特訓してたのか。

 ミッドは2本の長剣を大事に抱え持った。

「…………」

 身軽になったヨーギは老人の前まで歩くと黙って立った。

「な、なんじゃ。急げと言ったろうに」

 老人の言葉を意に返さず、ヨーギは老人に背中を向けてしゃがみ込む。

「……なにを」

 呆然とする老人が言う。

「早くしてくれ。本当に間に合わなくなっちまう」

 ヨーギは老人の方を向かず、前を向いたまま、言葉を発した。

「す、すまん。ありがたい……!」

 老人は全てを察し、感謝の言葉を述べた。

「おじいさん、杖を私に」

 それを見ていたファルカが老人に駆け寄って杖を受け取ると、老人はヨーギの背中にしがみつく。

「こんなに優しい若者らがいたんじゃのう……わしは……わしは、本当に嬉しいぞ……」

 老人はヨーギの背中に抱きつき、涙を流す。

「走るぞ、ミッド」

「うん」

 老人を背負ったヨーギ、重い長剣を追加で2本抱えたミッド、杖を抱え持つファルカ。

 港がある大広場の北西からは、出立の時刻を知らせる船の汽笛が鳴り始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まおこん MAO-CON ~魔王から力を授かり、女冒険者限定でコントロール出来るようになった俺の村作り~ 馬骨 @umahone

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ