第3話 ファルカとヨーギ、飛鵬魚

 左右を緑の草木や色とりどりの花々に囲まれた見慣れた道をミッドは歩く。

 道は土が剥き出しになっているが、ちゃんと舗装されており足取りに問題はない。

 花の周りを青や白の蝶が踊るように飛び回り、ミッドはそれを見て心が軽くなるのを感じた。

「……うん」

 まだ6月ということもあり、これから初夏に掛けて更にこの草木の緑色が深くなるのだろうとミッドにはわかった。

 それが今までミッドが17年間見続けてきた景色だからだ。

「……ふぅ、いいな」

 ミッドは空を見上げて目を閉じながら歩く。

 あまりの天気の良さに、革の鎧は見る見ると乾いていった。

 背負った長剣の重みなど気にもならない。

「今日から始まるんだ……全てが」

 ミッドは思わず笑顔を浮かべた。

 ――この平和な景色も悪くない。でも、本当の人生は今日から始まるんだ。

「あ、飛鵬魚」

 ふと、目を開いたミッドが空を飛ぶ飛鵬魚の姿を見つける。

 飛鵬魚とは巨大な白い魚でどういう原理かわからないが空を泳いでいるのだ。

 天気の良い日になると群れで空を泳ぐ姿をよく見ることができる。

 いわく、精霊の使いだとか光が生み出した奇跡だとか言われているが空を飛べない人間たちには近くで確認する術はなかった。

 飛鵬魚たちは、騒がず慌てず、遠くの高い空を優雅に、ただ、泳ぐだけ。

 ただ、それを人間たちは見上げる。見上げればなぜか、心が穏やかになってくる。

 それが日常の風景なのだ。

「ミッド!」

 突然の呼び声にミッドが顔を下げる。

「お、ファルカ!おはよう!」

 ミッドはこちらに駆け寄ってくる少女に手を振って返した。

「ミッド!おはよう!」

 ミッドの目の前で止まったファルカが元気よく笑顔で返す。

 青空と同じ晴れやかな笑顔だ。

 ファルカ・ライカは、ショートカットの黒髪に茶色がかった瞳、ミッドと同い年で明るい雰囲気を持つ少女だ。

 ミッドと同じく革の鎧に身を包み、短剣一本とミッドが背負う長剣より一回り小さい長剣を腰に携えている。

「いよいよ今日だね、ミッド。私、昨日はワクワクしてあんまり眠れなかったよぉ」

 ファルカは言葉通り、ワクワクが隠しきれないといった感じで話す。

「ははは。俺は爆睡だったよ。ヨーギと夜中まで特訓してたからな」

 ミッドが歩き出し、ファルカも隣に付いて歩く。

「あ、お兄ちゃんから聞いたよ。お兄ちゃんから強引に誘われたんでしょ?」

 ヨーギはファルカの兄であり、ミッドの2歳上である。

 ミッドにとっては良き兄貴分であり、良き親友でもあった。

「強引ってわけじゃないよ。俺も眠れそうになかったし、お互いに気が高ぶってどうしようもなかったんだ」

「ふーん、そっかぁー。そうだよね、ふたりとも。うん」

 ファルカは納得したように笑顔で頷きながらミッドの隣を歩く。

「あ、お兄ちゃんだ」

 ファルカの声にミッドが道の先を見た。

 道沿いには一軒の石造りの家。

 家の前には、目を閉じ腕を組んで立つ、二本の長剣を背中と腰に携えた短髪の黒髪で少し浅黒い肌の青年がいた。

 ヨーギ・ライカは、ミッドとファルカの物よりも仕立ての良い革の鎧を着込んでいる。

 決してライカ家が裕福なわけではない。

 自身が汗水流して港の荷物運びで働き、やっと稼いだ金で買った代物だ。

「ヨーギ、待たせたか?」

 近くまで歩いてきたミッドが声を掛ける。

「いや、問題ないぜ」

 ヨーギは組んだ両腕の片方の手を上げて返事をした。

 少しキザな所があるが、ミッドはヨーギのそんな所も気に入っていた。

「んじゃ、都へ行くか」

 ヨーギは歩き出し、その後をミッドとファルカが付いていく。

 これがヨーギをリーダーとした戦士3人で構成したパーティーであった。

 この3人一組で東の都の港から出立するミール大陸行きの船に乗る登録を行ったのだ。

 都に続く道を歩いていると、前を行くヨーギが突然立ち止まる。

「……?」

 ミッドとファルカが何事かと思っていると、ヨーギがおもむろに右手の人差し指を空に向けた。

 ふたりが空を見上げると、ちょうど真上を3匹の飛鵬魚が飛んでいるところだった。

「わぁ……!」

「おおお」

 ファルカとミッドが感嘆の声を上げる。ヨーギもにやりと笑いながら空を見上げた。

 ミッドは、この飛鵬魚は、だいぶ低い距離を飛んでいるのではないかと思った。

 なぜなら、3匹の飛鵬魚の影がゆっくりと空を見上げる3人の上を流れていくからだ。

「なぁ、知ってるか?」

 空を見上げるヨーギが声を出す。

「飛鵬魚に向かって手を3回叩いた後に、心の中に浮かべた願い事を口に出して言うと叶うらしいぜ」

「え、なにそれ!」

 ヨーギの言葉にファルカが興味津々の声を出す。

「港で聞いたんだ、南の島に住むラバーク族の伝承らしい」

「……っ」

 ミッドはおもむろに手を出すとパンパンパンと3回叩いた。

「あ、ずるい!」

 ファルカも手を3回叩き、飛鵬魚を見上げる。

「やるのかよ、お前ら」

 ヨーギは呆れながら言う。

「ヨーギもやるんだよ、3人でやれば効果が上がるかもしれないだろ」

 ミッドは空を見上げながらヨーギに言う。

「それに飛鵬魚も丁度3匹いるんだし。早く、お兄ちゃん!」

「……ったく。教えなきゃ良かったぜ」

 ヨーギは面倒臭そうに3回手を叩くと、飛鵬魚を見上げた。

 3人が深く息を吸う。そして、心の中に強く浮かべた願い事を発した。

「絶対、救世主になれますように!」

「私を救世主にしてください!」

「俺は救世主になりたいんだ!」

 3人同時に力強い声が発せられると、まるでそれを合図にしたかのように3匹の飛鵬魚が空高く舞い上がった。

 周囲に強い風が吹き付け、草花がぶわっと揺れる。

「救世主、って……」

「私たちの願い事、お、同じ?」

「そりゃ、そうだろ」

 ミッド、ファルカ、ヨーギの3人は顔を見合わせる。

「ぷっ……!」

 思わずミッドが吹き出し。

「あはは」

 次いでファルカが笑いだし。

「ふっ」

 そしてヨーギも肩をすくめて笑った。

「あはははははははっ!」

 その後は、3人で天高く泳ぐ飛鵬魚に届くような大声で笑い合うのであった。

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