第2話 出立の日

 澄み切った青空が包み込む穏やかな朝。

 木漏れ日さす木々に止まった鳥たちが楽しそうにさえずり、巨大な白い魚、飛鵬魚が群れを成して優雅に空を泳ぐ。

 光の精霊たちに祝福された東の島。平和そのもの、ではあるが。

 にも関わらず、17歳のミッド・ネイズは苛立っていた。

 壁に掛けられた鏡を見ながら癖の強い金髪を手櫛で整え、濃い緑色の眼に目ヤニが付いていないことを確認する。

「く……おい、母ちゃん!今日ミールに行く日だって先月から言ってたよなぁ!」

 玄関で革の靴を慌ただしく履きながら、ミッドはキッチンに向かって叫んだ。

「うるさいよミッド!濡れてたって防御力は変わりゃしないっての!」

 キッチンからはミッドの母の怒声。お決まりの声だ。

「その差で生きるか死ぬかが決まんだよ!殺すぞババアッ!」

 悪態を吐いたミッドは、憎々しげに庭の物干し竿に吊るされている革の鎧を見た。

「なんでこんな大事な日の朝に洗濯すんだよ……馬鹿かよ、マジで」

 ミッドは言いながら、洗濯したばかりで大量の水を含んだ革の鎧を取り上げる。

「…………」

 通常時の3倍はあるずっしりと来る重さにミッドの心も沈んだ。

「あんまりにも臭かったんだからしょうがないじゃないのよ!出発の前に洗ってやったんだから感謝しな!」

 母の怒声にミッドは叫び返した。

「昨日ヨーギと戦闘訓練に明け暮れたんだからしょうがないだろうがッ!」

 ミッドは言いながら、重くなった革の鎧を着る。

 布の服に水が染み込み、その不快感に眉をひそめた。

「さっさと行ってきな!ヨーギくんもファルカちゃんも、みんな待ってんだろ!」

 ミッドの肥えた母が濡れた両手を前掛けで拭いながらドスドスと玄関にやってくる。

「……ったく。じゃあ、行ってくるよババア!」

 ミッドは粗野に言い放つと、革の鎧の上から長剣を背負い、短剣とポーチを挟んだベルトをキツく締め直して小さな木造建ての家に背を向けた。

「あいよ。行ってきな……っ」

 母は言うと、顔を歪めた。そして突然、素足のまま玄関から飛び出してミッドの背中に叫んだ。

「ミッド……っ!」

「…………」

 聞いたことのない母の声にミッドは静かに振り返る。

「必ず世界を救うんだよ!あんたは、ミッド・ネイズは、ネイズ家の誇りなんだからね!父ちゃんの誇りなんだからねっ!」

「……ああ。母ちゃん」

 ミッドは背負う長剣の柄に右手で触れた。ミッドの父の形見だ。

「いつも通り、朝飯うまかった」

 ミッドが微笑みながら言う。

「あいよ」

 母が言いながら満足げに頷いたのを見て、ミッドは歩き出した。

 ジェド記1001年6月1日。今日は、記念すべき日である。

 魔王ミスラに支配された暗黒のミール大陸を救う船が東西南北から出立する日なのだから。

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