第5話 その15センチは僕だけのもの


 3人組のDQNヤンキーはもう、メイドに手を出すことはない。

 

 それは後日、逃げたことを反省しきりの伸之の口から聞いたことだった。

 どうやらあのDQNヤンキー達は、『あやめ』と『まるちぃ』のほかにもあと一人、同じ高校のメイドを乱暴していたのだけど、そのメイドの彼氏がとんでもない人物だったらしい。


 大学で柔道を習うその彼氏は、同じ柔道仲間を数人引き連れて聖鈴高校へ乱入。

 怒りのままに3人のDQNヤンキーをとっつかまえると、丸刈りにしたあげく制服を奪って、下着姿で校内を四つん這いで歩かせたらしい。

 やることのスケール破格すぎる。

 正直、3人のDQNヤンキーに同情してしまったほどだった。

 

 ――『まるちぃ』の心の傷が簡単に癒えるとは思えない。

 でも彼女が前を向いているのなら、僕はそれを精一杯応援するだけだ。

[ボク]としても、そして[ご主人様]としても――。


「お帰りなさいませ、ご主人様っ。ニッキュ、ニッキュ♪」


 5日ぶりに『にくきゅーフレンズ』に来た僕を、変わらぬ歓迎の態度で迎えてくれる猫耳メイド。

 

 新しく入った子なのか、僕の知らない猫耳メイドが席へと案内をする。

 彼女は「ご注文が決まったらお呼び下さいのラ、ご主人様っ。ニッキュ、ニッキュ♪」と述べると、水を置いたのち去っていく。


 注文するメニューならいつも通りだけど、ごめん、君には頼まないんだ。


 僕は『まるちぃ』を探す。

 この時間ならいるとあらかじめ聞いていたのだけど、どこに――。


「にくきゅー萌えにゃんセットでよろしいのラ? ご主人様」


 背後から聞こえる声。

 振り返ればそこに、“ニッキュ、ニッキュ♪”と顔の両脇で手を動かす『まるちぃ』がいた。

 

「うん。それでお願いします」


「はい、少々お待ち下さいなのラ、ご主人様。ニッキュ、ニッキュ♪」


 僕は5日前と同じ笑顔があることに安堵する。

 と、同時に肩の荷がスッと降りた。

 まるで[ボク]の役目が無事終わったかのような、そんな充足感とほんのちょっとの寂しさに浸りつつ、僕は『まるちぃ』を待つ。


 ――あとは[ご主人様]として応援し続ければいいんだ。


 僕は自分に、そう言い聞かせる。

 そう、これでいい。

 望んじゃいけないのだ。

 今が幸せなのに、[ボク]としてそのさきを求めるのは。

 一度失ってその辛さを知っているからこそ、この現状に満足するべきなのだ。


 この現状に――。


 

 ~~~~



「お待たせなのラ、ご主人様」


『まるちぃ』が来て、にくきゅー萌えにゃんセットをテーブルに並べる。そしていつもの流れ通り、まずはストロベリージュースに魔法を掛けてくれる。

 でもなんだろう、ちょっとぎこちない。

 何か周囲を意識しているような、そんな感じだった。


 そのとき、『まるちぃ』と目が合う。

『まるちぃ』は数回まばたきを繰り返した後、頬を紅色に染めて口にする。


「……となり座ってケチャップ萌え描きしてもいいのラ?」


「えっ? いや、うん。もちろんいいけど……」


 ボクは置いてあったリュックサックを慌ててどかすと、『まるちぃ』のために席を空けた。


 座る『まるちぃ』がそして、僕に顔を寄せる。

 距離は約15センチ。パーソナルスペースだったら、ごく親しい人間にしか許されない距離だ。

 

 こんなことは一度もなかった。

 いつだって『まるちぃ』は40センチの距離は取っていたし、そもそもイスに座ることなどなかった。

『まるちぃ』の吐息、そして鼓動すら聞こえてきそうで、緊張から僕の体が急激に熱くなる。


「目を……つむって下さい」


 語尾に[ラ]を付ずに、『まるちぃ』は云う。

 それは猫耳メイドではない『黄瀬さん』のようだった。


 言われるがままに僕は目を瞑る。

 始まる『まるちぃ』のケチャップ萌え描き。

 それがいつも通りだったのか、それともまたぎこちなかったのか、そんなことを気にしている余裕もなくて――やがてそのときは終わる。


 イスを引く音が聞こえて、すぐに「開けていいのラ」という『まるちぃ』の声が聞こえた。


 ゆっくりと僕は目を開ける。

 視界に入ってきたのは、ケチャップのかかったオムライス。

 でもそこにシオパンマンの絵はなくて、別のものが書かれていた。


 僕は息を飲んで、咄嗟とっさに横を見る。


「ご、ごゆっくりどうぞなのラ」


 その瞬間、『まるちぃ』はそそくさと席を離れていった。


 最後の[サラダまぜまぜ]を忘れている。

 だけどそんなことはどうでもいいほどに、僕は[ボク]として先を求めてもいいことに歓喜した。

 だって、大きなハートマークの中にはこう書かれていたのだから――。


 

 





 ――まどかのドキドキをささげるにゃん――




 ~Fin~

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僕はリュックサックからポスターを出したりはしない(短編Ver.) 真賀田デニム @yotuharu

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