第4話 夕刻の剣士と治癒の姫君


 聖鈴高校――。

 それは僕の通う東山西高校からそう遠くはない場所にあった。

 僕と伸之は学校を早退して家で準備をしたのち、今、聖鈴高校の正門の傍に立っている。

 丁度、帰宅時間ということもあり、多くの学生が僕らの横を通り過ぎていた。


「めっちゃ、見られてんな。そして笑ってる奴が8割。なぜ?」


「主にお前に対しての嘲笑ちょうしょうだろ。……いや、違うか。僕も、だな」


 僕はリュックサックを意識して、気恥ずかしさを覚える。

 でもいい。他人の視線なんて今はどうでもいい。みんな感情のないモブキャラだと思えばいい。

 僕が意識するのは『まるちぃ』を不幸にしたDQNヤンキーだけなのだから―—。


「あっ、いっちゃん、あれじゃね? めっちゃ分かりやすっ。赤い3連星かよ」


 髪を赤く染めた3人の男子学生がこちらに向かってくる。

 そいつらは昨日、「敵は赤い髪の3人組」だという伸之から聞いた情報とぴったり合致していた。

 育ちの悪さを如実に表すような、その品のない歩き方は嫌悪感すら覚える。

 

 その3人のDQNヤンキーは珍妙な生き物を見るかのように僕に視線を向けると、すぐに興味を失ったのか横を通り過ぎていく。


「待て、お前達」


 言った。

 言ってしまった。

 もう引き返すことはできない。

 いや、これでいい。これでもうやるしかないのだから――。


「ああ? 何お前? 俺らに言ったの?」


 振り向く3人のDQNヤンキー

 僕はリュックサックから、を取り出す。

 それは中に段ボールを詰め込んで攻撃力を高めたポスターであり、対DQNヤンキー用の剣。


 そしてポスターを握る僕は――、

 


「黄瀬さんの……『まるちぃ』の笑顔を返せええええええッ!!」


 

 平和を脅かすモンスターに斬りかかった。


 

 ~~~~



 白濁とした視界に数種類の色が混じっている。

 何度か目をしばたたかせているうちにそれらは鮮明となった。


 周囲の白は天井。そして数種類の色は――。


「……『まるちぃ』?」


『まるちぃ』が僕を覗き込んでいた。

 ハッしたような顔を浮かべた『まるちぃ』は、目のふちの涙を拭うような仕草をすると、「良かった」と安堵したように微笑んだ。


「あ、あの、ここは――痛っ! ……ん? えっ!? 服っ、えぇ!?」


 痛みを一瞬忘れるほどに僕は焦った。

 だって上半身が裸になっていたのだから。


「ごめんないさい。勝手に体拭かせてもらいました。アザになっているところに湿布しっぷを張りたかったので。ちょっと待ってて下さい。今から湿布を探しますから」


 そういうことかと納得すると、『まるちぃ』は薬品の匂いが漂う部屋の中で戸棚を開け始めた。どうやらこの部屋は聖鈴高校の保健室らしい。


 ――そうだ。僕はDQNヤンキー共に挑んで返り討ちにあったんだ。

 そのときしこたま殴られた僕は、多分そのまま気絶したのだろう。

 そりゃそうだ。僕一人であんな凶悪そうな奴らに勝てるわけがなかったんだ。

 

 ……ん? 1人じゃないだろ。伸之がいたはずだ。あいつはどうしたんだ?

 

 心配になった僕は電話をしようと、そばにあったリュックサックのポケットからスマホを取り出す。

 殴られた衝撃で壊れていたらどうしようと思っていたけど、スマホは無事で、僕はホームボタンを押して液晶を見た。


 メールが一通あった。

 それは伸之からのもので、時間を見る限りDQNヤンキーと戦う直前にきたものだった。

 僕はメールを読む。


『無理。ドキュンマジこわ。あとはヨロ。いっちゃんのビームサーベルなら勝てる』


 あのピザデブ……。


「ありました、とっても大きいのがたくさん。打撲が治るわけじゃないですけど、痛みは緩和できます」


『まるちぃ』が、手際よく僕の体のアザの部分に湿布を張り付けていく。

 気恥ずかしくて、でも嬉しくて―—僕は視線を『まるちぃ』の外にやりながら無言でその行為が終わるのを待った。


 多分、『まるちぃ』との距離は40センチくらいだったと思う。

 それは『にくきゅーフレンズ』で給仕してくれるときの距離と同じくらいで、僕の心音はそのときと同じように高鳴っていたかもしれない。


「ありがとう、黄瀬さん。傷の手当もそうですけど、ここまで連れてきてくれたのもそうなんですよね。本当にありがとう」


 僕はお礼を述べる。

『まるちぃ』が水道で手を洗っているのか、カーテンの向こうからか細い水流の音が聞こえる。

 その水流の音より僅かに大きな声音で、『まるちぃ』が話す。

 

「……驚きました。あなたが正門のところで、ポスターを振り回してあいつらと争っている姿を見たときは」


「だよね、はは」


「オタクのくせに何かっこつけてるんですか……? あんなポスターで不良に本当に勝てると思ったんですか……? なんでそこまでするんですか……? ――意味が、分かりません」


 なんだ、そんなことかと僕は思った。


「『――。別にそれ以外の理由なんてないです。……でも負けちゃったからダメですね。笑えるわけないですし。『にくきゅーフレンズ』復帰してもらいたかったですけど、僕の力不足です。……本当に、情けない」


 腕力だけじゃない。

 うまく言えないけれど僕には『まるちぃ』の支えとなる力がない。

 それがこの数日で、分かったことだった。

 

 僕は、僕はもう――。


 そのとき、カーテンが勢いよく開け放たれた。

『まるちぃ』だった。

 下を向いている『まるちぃ』の瞳は、前髪の影で見えなくて――。


「……なことないです……」


「……え?」


「そんなことないです。だから……」


「だから……?」



「だからまた『にくきゅーフレンズ』に来てくださいっ。私、復帰しますからっ! ――あなたに……来てほしいです」


 

 でも彼女が顔を上げたとき、見えなかった瞳はぎこちない微笑みの中、最高の輝きを持って僕の前に現れた。


 

「うん。絶対に行きます――」 

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