後編
私の会社では、生体メイドロボットというのを製造販売している。私はその開発に協力していたら、いつのまにかメイドロボに改造されてしまっていた。なんでこんなことになっっちゃったんだろう。
私は今、背筋を伸ばして足を閉じ、スカートの前で両手を重ねる「基本姿勢」をとったまま、マネキンのように固まっていた。ここは社内のメイドロボ待機室だ。用事のない時はここで待機することになってしまう。他のメイドロボと並んで突っ立っていることしかできない。私は人間なのに、自分の体なのに、言うことを聞いてくれない。着ているメイド服は体と一体化して脱げないものだった。元をたどれば、この服のせいで私はこんな目にあっているんだ。憎んでも憎み切れない。でも、ついに昨日、脱ぐ方法ができたことを知った。しかし、太ももに製造番号を打たれたせいで、本物のメイドロボだと思われて、私は元に戻れなかった。でも、部屋を去る際に、スタッフたちが私の行方を探す的な会話をしていたのを確かに聞いた。きっと、近いうちに元に戻れるはずだ。じっと固まっていながらそんなことを考えていると、部屋に誰かが入ってきた。音からすると4,5人くらいか。ここからだと見えない。目も動かせないのがもどかしく、悔しい。
「どれもらえるんでしたっけー?」
「事務のやつを1体だ」
「どれですかー?」
「どれでもいいって言ってたぞ」
声はだんだん近づいてきた。1体1体、何か調べてるみたいだ。ピッ、ピッと音がする。視界の端っこに男性2人が姿を見せた。私の太ももにある、製造番号に機械を当てている。何を調べてるのかは分からないけど、これで気がついてくれたりしないかな……。
「あ、これ事務の所属ですね。これにしましょう」
ああ、駄目か。でも、無駄だとわかっていても期待してしまう。
「おいナンバー236、ついてこい」
(え?)
「かしこまりました、ご主人様」
いつもの返事が勝手に紡がれる。ぞろぞろ出ていく集団の後をついて、私も部屋から出た。なんの仕事かしらないけど、今はあまりここを離れていたくない。私を探しているスタッフが、私だけ見落とす、なんてのは嫌だから。
社外に出て、駐車場につくと、トラックが止まっていた。
「よし、荷台に入れ」
「はい」
抵抗もできず、私の体はトラックの荷台に乗り込んだ。中には、私以外のメイドロボが数体、基本姿勢で立っていた。……違う!私はメイドロボじゃない!
なおも体は勝手に動き、奥のメイドロボの隣に並ぶと、周りのメイドロボとまったく同じように、基本姿勢をとり固まってしまった。しばらくすると、扉が閉じて、トラックが発進した。
(なんなんだろう。いつ本社に戻れるのかな)
連れて行かれた先は製造工場。その中の、メイドロボの点検や整備を行っている部署だった。
(あっ……)
私に製造番号を焼き付けた、いまいましい整備員の顔を見つけた。あいつのせいで、私は……。
「じゃあ、435と、236がピンクだ。236がミニだ」
「436、339が黒っすね。っしゃー」
何の話だろう。私は髪はピンクだけど。
その後、私と435号は、見たことない装置に入れられた。シャワー室みたいだ。あちこちから少し粘性のある透明な液体が吹きつけられた。私は全身に、久しく忘れていた感覚を取り戻した。メイド服が体から剥がれていく。
(もしかして、元に戻してくれるの?)
またそんな期待を持ってしまう。でも、他のメイドロボも同じ処置を受けているから、違うんだろうな……。
装置から出されると、
「服を脱げ」
「かしこまりました、ご主人様」
私の体が勝手にメイド服を脱ぎ始めた。
(あっちょっと待って、やだやだぁ!)
十数人はいる、見も知らぬおっさんたちに、裸を見られるなんて……。嫌だ。私は久しぶりに体の動きを止めようと力を込めた。しかし、抵抗は無意味だった。こうなるのは分かっていた。でも……。
(止まって。お願い)
私の願いは聞き届けられず、私は一糸まとわぬ姿になった。その上、体は基本姿勢で固まった。手が動かせない。胸も股間も隠すことができない。
(見ないで、見ないで。嫌だ)
だが、男たちは私の裸にまるで興味を示さなかった。裸なんか見慣れてるし、みたいな……。この時、私は始めて、重大な事実に気づいた。他のメイドロボは全員私のクローンだ。ということは、私の裸は製造に携わっている人のほとんど全員に常日頃見られているんだ。そのことに気づいた瞬間、これまでで最大の屈辱と絶望が心の中に渦巻いた。もう生きていけない。たとえ元に戻れたとしても、どんな顔をして外を歩けばいいのか。もう、やだ……。
「よし、着ろ」
気が付くと、私は何かを着始めていた。これは、ピンクのメイド服だ。ピンクのミニスカートに、白のエプロン。それに、白い手袋と、白のニーハイソックス。着替え終わると、さっきの装置に入り、今度は癒着された。また脱げなくなってしまった。装置から出ると、他のメイドロボたちも集まってきた。435号はピンクのロングスカート、後2体は黒だった。一体なんなんだろう……。私たちは再びトラックに載せられた。
トラックから降ろされた私たちが連れて行かれた先は、メイド喫茶だった。
(なっ何!?まさかここでメイドをやらされるの!?)
周囲の会話によると、どうやらこれはメイドロボ販促の一環らしい。私は店頭の見世物なのか。
(嫌だ。やめてよ。恥ずかしい。これよりは一般家庭でメイドやってた方がマシだよ)
だが、逃げることも不平を言うこともできないまま、じっと立っていることしかできない。
「よっし、それじゃインストしてくれ」
「はい。おい、全員足広げてスカートめくれ」
(え?)
「かしこまりました、ご主人様」
私の足は勝手に肩幅程度に開き、手はスカートを掴んでめくり上げた。
(ちょっと、やめて!)
男たちが私とメイドロボ達の太もも(製造番号のところだ)に機械をあてた。何をしているのか……。
「メイド喫茶用プログラム入れましたー」
(ええっ、何それ?そんなもの入れないでよ!消して!)
プログラムを入れたり消したり、私本当にロボットみたいだ……。
「おかえりなさいませ、ご主人様ぁ~」
私は体を傾けながら、甘ったるい声を出して、太った客を出迎えた。
客はニタニタ笑いながらこっちに視線を送ってくる。
(見るな、キモイ。なんでこんなやつに……)
それでも、私はニコニコ笑いながら接客し続けるほかない。
「ご注文はお決まりですかぁ~?」
「グフ……そ、それじゃあ、この、萌え萌えオムライスください……グフフ」
(うげ、キモっ。今日で一番キモイわ、こいつ)
「かしこまりましたぁ~、萌え萌えオムライス一つですねぇ~っ」
私の体はペコリとお辞儀して、ようやくその場を去った。逃げ出したい。今すぐこの店から。私は結構頭もよかったし、会社では割と大きな仕事もまかされていたのに、なんでこんな店で、こんな連中に媚び売らないといけないんだ。ずっと会社でこき使われている方がマシだった。
「お待たせしましたぁ~、萌え萌えオムライスでぇ~す」
なんで私がこんな頭の悪そうな喋り方をしないといけないんだ。ホントに嫌。もうやめて。
「はい、ご一緒にぃ~」
(ああやめて。これだけは無理。やめてぇ)
止められない。私の体なのに……。私の願いも空しく、私の手はケチャップを開けて、
「萌え萌えキュンキュン、美味しくなあ~れ」
(ああああ、やだぁ……。見るな、見ないでっ!)
ケチャップでオムライスにハートマークを描いた。
(っ!?)
しかも、客がニタニタ笑いながらスカートの中に手を突っ込んで触り始めた。
(こいつっ、死ね!)
全身にぞわぞわする嫌悪感が走っているが、私には打つ手がない。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
こんな奴にも、私はにっこり笑いかけることしかできない。でも、これでもう奥へ引っ込める。交代の時間だ。
私と交代してメイドロボがフロアへ出ていった。私がこの店が嫌いな理由は、単に”私”が屈辱的で恥ずかしいことだけじゃない。メイドロボたちは服装と髪には差異があるが、全員私と同じ顔をしている。”私たち”が男に媚びた甘ったるい声と仕草……バカ女のような振る舞いで接客しているのが目に入るたび、絶望的な屈辱に襲われるのだ。もう嫌だ。二度と表をあるけない。たとえ元に戻れたとしても、今さらどう生きていけばいいの?
私は待機室でマネキンのように硬直したまま、救いのない境遇に神様を恨んだ。
数日後、本社の人たちがやってきて、ようやく私は解放されることになった。ただ、メイドAIを前に、”今回の不祥事を外部にもらさない”という契約にサインさせられた。逆らうことはできなかった。そのあと、ようやくAiは動作停止して、メイド服も脱げるようになった。しかし、太ももの製造番号は申し訳ないが絶対に消すことはできない、ということだった。
1年ぶりくらいに自宅へ帰ることができたが、私の心は晴れなかった。太ももにある製造番号は緑色の光を放ち続け、夜になると嫌でも意識せざるをえない。それに、外へでると、待ちゆく人々がみんな私に視線をむけているような気がするのだ。メイドロボだと思われているんだろうか。何故かメイドロボが普通の服を着て歩いている、という好奇のまなざしを向けられているのではないか、そんな思いを振り切ることができない。どんなメイクをしても、この疑念は消えない。それに、この辺ではメイドロボが行きわたっていて、外へ出るたびに、終始笑顔を浮かべながら命令に従属して、奴隷のようにこき使われている「私」の姿を見ないわけにはいかない。私もほんの少し前まで、あの中の一体で、同じように、どんな命令も聞くロボットだったのかと思うと、自分は人間だという意識も危うくなってきてしまう。
私はメンタル治療のために、田舎へ旅にでることにした。メイドロボは高価で、まだ都会にしかあまり出回っていない。田舎へ行けば、妄想から解放される。そう思ったのだ。
私は始発の新幹線に乗った。自由席の窓側に座り、なるべく顔を見られないようにして。
しかし、なぜか社内はだんだん混んできて、自由席は一杯になった。そっと見渡すと、どうもメイドロボをつれている人がそこそこいるようだ。メイドロボが席を一人分占領してしまうため、謎の混雑が発生しているようだった。
やだなぁ……。メイドロボを視界に入れたくないから旅に出たのに。ぼーっと前をみていた、その時だった。
「すみません、そこ座れますか?」
「はい?」
40代くらいの女性が私?に話しかけてきた。どうみても空いていないだろう。
「いえ、そちらのメイドロボットをどかしていただけないかと」
この列にメイドロボは座っていないが。
「いえ、私のではありませんが……」
となりのおっさんが答えた。そっちに話しかけていたのか。
「あら、そうなんですの?では、窓際のメイドロボットさん、席を譲ってくださらない?」
あっ、私のことか。嫌な気分だ。
「いえ、私メイドロボじゃないです……」
「えっ?えー?あら……?」
一発で信じてもらえないのが悔しいし恥ずかしい。
「ママー、ロボットだよほらー」
「えっ?」
気が付くと、子供が足元にやってきていて、スカートをめくり上げていた。太ももの製造番号が丸見えだ。周囲の視線が一斉に自分に向けられたような気がした。すぐに子供の手を払ってスカートを戻した。
「あっいや、これは違います、これは……」
「あらー、なんだやっぱり。最近はそんな冗談も言えるのねえ。ご主人様は今どちらに?」
製造番号は強すぎる説得力を持っていた。もうみんなメイドロボだと思っている。
「いや、ですか……」
思わず立ち上がった瞬間、動けなくなってしまった。
(え?あ?何?)
「ママー。再起動したよー。多分これバグってたぁー」
太ももに冷たい感触が……。外出用の管理機器が製造番号に接続されている。いつの間に。
(やめて、待って?違う!)
「あらそうだったの。じゃあ、改めて、席を譲っていただけるかしら?」
「はい」
(よくない!)
体が勝手に動き、通路に出ると、突っ立ったまま動けなくなってしまった。周囲の視線が突き刺さる。
「やっぱメイドロボだったよー」「アレなんで(普通の)服きてんの?」「さあ?」
ぽつりぽつり、そんな会話が聞こえてきた。違う、私はそうじゃない、誤解……。
「ママー、こいつ所有者なしになってるよー。野良メイドだぁー」
「あらあら……。落し物かしら?」
このガキまだ接続してるのか。はやく停止しろ。
「あとで駅員さんに届けましょうね」
「はーい」
やめろ、こら。そうだ。網棚と席の足元にに私の荷物がある。それを見れば人間だってわかるはず。全身に力を込めたが、AIの支配に逆らえない。親子の降りる駅で、言われるがまま後をついて降りるほかなかった。
ピピピピ……。新幹線が発車してしまう。私の身分証と一緒に。
「じゃあー行きましょうか、野良メイドさん♪」
「はい」
(待って!お願い待って!)
振り返ることもできない。音と振動は急速に遠ざかり、私の身分証は手が届かないところへ行ってしまった。
私は数日間駅で保管された後、手近のメイドロボ工場に送られた。
「じゃーこいつ、修理しといてくれ」
「へーい」
(私はメイドロボじゃないよぉ……。なんでこんなことに……)
せっかく人間に戻れたのに。しかもここは都内から離れていて、本社の人間はいないみたいだ。誰も私が人間だと気が付かない。ほんのちょっとでも動けば……。視線だけでも……。だけど、それが無理なことは私が一番よく知っている。
私は再びメイド服を接着された。
「終わったか?並べとけよ」
「はい。おいお前、ついてこい」
「かしこまりました、ご主人様」
(どうなるの……?)
連れて行かれた先は、メイドロボの販売店だった。メイドロボたちが基本姿勢のまま微動だにせず、人形のように並べられている。
「あそこの間に入って待機」
「かしこまりました、ご主人様」
(ええ?わ、私売られるの?それだけは嫌!)
抵抗しようともがいたが、私の体はメイドロボの間にある、1体分の隙間に向かって歩き出した。
(いや……いや)
隙間に入ると振り返り、足を閉じ、じっと前を見つめ、スカートの前で手を合わせて、固まってしまった。
(嘘。こんなことって)
店に入った時にみた、あの商品群の一つになってしまったのかと思うと、以前にこき使われていた時とはまた違った恥辱に襲われた。私は売り物なのか。
しばらくすると店が開き、客が入ってくるようになった。
「うーん。もっと安いのありますか?」
「それでしたら、こちらのリファービッシュ品はいかがでしょう?」
店員は、客の一人をこっちに連れてきた。リファービッシュ……。私は中古なの?
「お、本当だ。こっちは安いですね」
(うっ、なんかむかつく)
「あ、じゃあ……」
全身に悪寒が走った。
(買わないで、買わないで)
「……この茶髪のやつ」
(……ひい)
私の2つ隣のメイドロボが選ばれた。ホッとする。しかし、客の後をついて歩き去っていく「私」の背中を見ると、また悪寒が走った。「私」はあちこちで、こんなふうに、物みたいに売買されているのか。私もいつかああなるの?……嫌だ。
1か月、まるで看守の足音に怯える死刑囚のような気持ちだった。助けはこなかったし、逃げることもできなかった。
「すみませんね、実は1体壊れてしまって、代用の安いやつをすぐに」
「それでしたら、こちらの……」
また客がこっちにやってきた。50代くらいの女性で、かなり裕福そうだ。私の目の前で止まった。心臓が鼓動を早める。
「この黒髪のでいいわ。急いで」
(……えっ)
今の私は黒髪だ。まさか……。
「はい、すぐに」
店員が私の太ももに機器をあてた。私だ。嫌だ。売られるなんて。私は人間だよ。売り物じゃない……。誰か気がついて。
しばらくすると、手続きを終えたおばさんが戻ってきた。
「いくわよ」
(いきたくない。止まって)
「かしこまりました、奥様」
私の体は台座を降りて、おばさんの後を追った。
(あああ。ここから離れたら、もう元に戻る望みがなくなっちゃう……)
人間に戻る望みはただ一つ、誰か本社の関係者が気がついてくれること……。でも、売られてしまったらもう終わりだ。両足の歩みが止まらない。私の体なのに、コントロールできない。歩みを遅らせることもできない。お願いだから止まって。
店の外に出た。非常な現実が胸にのしかかってくる。言われるがまま、車の後部座席に乗ってしまう。本当に詰んでしまう。お店に戻して……。
すぐに時はきた。車が発車し、店が視界から消えていった。
おばさんの家は大きな豪邸だった。
「「おかえりなさいませ、奥様」」
中にはいると、3体のメイドロボが出迎え、荷物を受け取った。
「買ってきたからこれにデータ移しといて」
「はい。おい、こっちだ」
私は使用人っぽい人に促され、メイドロボの待機室らしい部屋に連れて行かれた。
また太ももに機器をあてられた。データを移すってなんだろう。
「よし、終わり。じゃあいつも通りな」
「かしこまりました」
(いつも?私ここ初めてなんだけど)
体が一人でに動き出すと、なんの迷いもなく、キッチンへたどり着き、他のメイドロボと混じって夕食の支度を始めた。
(ああ……。前のメイドロボのデータを移したってこと?私に?)
目の前で勝手に作られ……作っていく料理をぼーっと眺めながら、
(ははは。ほんとにロボットだな、私……)
やるせない思いにとらわれた。
夕食の間は、テーブルの近くで待機していた。当然、動くことはできなかった。
「あれが今日買ってきたやつよ」
「おう。そうか」
この家の主人はちょっと視線を私に向けただけで、すぐに視線を戻した。心底興味がなさそうだ。
でも、よくよく考えてみたら、私はこいつのために働いているわけで……。それはちょっとひどいんじゃないの。
「コーヒー」
「はい」
体が動きだし、迷いなくスムーズにコーヒーを用意した。この家のどこになにがあるか、私の体は全部知っているようだった。
「変わらんな」
(え?私のこと?)
「そうりゃそうよ。工場産のロボットですもの。うちもそろそろ特注のやつにしませんこと?」
「いらん」
「でもー、加藤さんも横尾さんも……」
……私は人間だ。工場の大量生産品じゃない。顔が私の支配下にあれば、涙が止まらなかったろう。でも、傍からみていればわからないんだろうな。一生このままなのだろうか。
翌日は朝食の用意から始まり、主人と息子の身支度を手伝い、昼は掃除や洗濯を行った。買い物にもいかされた。夜は昨日と同じだ。私の一挙手一投足はすっかり慣れた手つきだった。もうここに何年も勤めているような。これがまた、自分がプログラムで動くロボットであることを嫌と言うほど実感させてくる。家の全員が寝たころ、1体を残してメイドロボは待機室で固まることになっているらしい。石像のように微動だにせず佇みながら、今後のことを思うと心の涙がとまらない。この家の人が私が人間だと気づいてくれることは、きっとない。本社の人は……私が再びメイドロボに身を落としてしまったことすら知らないだろう。助けがくるはずもない。じゃあ……ずっとこの家で、メイドロボとして生きなければならないのか。「ずっと」っていつまで?死ぬまで?私はいつ死ぬんだろう?そういえば、メイドロボの生体部分は変な処置で年をとらないようになっていたはず。私も確か、同じ処置を受けていたような……。じゃあ、永遠に?ひどい人生だ。かといって、メイドロボのまま死ぬのがよいのか?と言われれば、これもいやだ。どっちも嫌だ。誰か助けてよ。ここからだして……。
助けはこないまま2年が過ぎた。毎日毎日、命じられるがままに、家事をこなす日々だった。自分の意思で体を動かせた時間は1秒もなかった。私の体なのに、私の意思は一切反映されず、まるで映画を見ているかのように時間が過ぎていった。もう希望を捨てて、今の生活を受け入れつつあったある日のことだった。
「ねえあなた。そろそろ新型に買い替えましょうよ。ほらこれ」
「うーん……」
不穏な会話が耳に届いた。いつのまにか新型のメイドロボが発売されていて、しかも旧型との乗り換えキャンペーンをやっているのだそうだ。
「そうだな。だいぶくたびれてきたし、買い替えるか」
(え?私どうなるの?)
もっと会話を聞きたかったが、体は次の家事のために離れていった。
数日後、4体の新型が家にやってきた。私と違う顔をしている。別の人がモデルになったんだ……。その人はどうしているんだろう?どういてこんなもののモデルに?そんなことを考えている間に、気づくと私たちは外へ出て、トラックの荷台に乗り込んでいた。
(え?え?どうなるの?)
「では、こちらで全部引き取らせていただきますね。データは全て移行しました。こちらに残っているものも消去しました」
(私、捨てられるの?どうなるの?)
会話から私の未来を聞き取ることはできなかった。この家とはもうおさらばだということしかわからない。荷台の扉が閉まると、私には何も聞こえてこなくなった。
おそらく、古くなったメイドロボの倉庫だと思われる場所に入れられると、またマネキン生活が始まった。全員、私と同じ顔だ。「旧型」なんだ……。誰かが入ってきた。話し声が聞こえる。
「今日は20体です」
「ご苦労様。廃棄するのとよりわけといてくれ」
(廃棄?それって、壊す……死んじゃうってことだよね?)
そんな。このまま死ぬなんて絶対嫌だ。従業員の男が近づいてきて、一体一体にシールを貼っている。2種類あるようだ。
(助けて。神様。やっぱり死にたくない。こんな死に方はいや)
ペタ。私の額にシールが貼られた。シールの表面は見えない。男は隣へ移った。
(どうなったの?どうなったの?)
何も喋らずに、男は倉庫から出ていってしまった。私は助かったのか、それとも……。
死刑囚のような1か月……。店で売られた時を思い出す。あのときよりも状況はひどくなっている。最悪中の最悪。
男が入ってきて、私を含む数体に外へ出るよう促した。視界に入った限りでは、全員同じ色のシールだ。ということは、私も……。
(死んじゃうの?いやだ。殺さないで。神様……)
神への祈りが通じたのか、廃棄処分は免れていたことがわかった。といっても、冷静に考えれば先延ばしになっただけなんだろうけど。私はさらなる田舎の、町工場みたいな建物へ連れていかれた。
「こんちはー。今日入るのこいつ?」
20代前半くらいの、若い作業着の男が出迎えた。視界に看板が入った。メイドロボの整備修理……レンタル!?
「お前、中の工場で待ってろ」
「かしこまりました」
私は中に入って、油臭い工場で歩みを止めた。
(私、レンタル品になるんだ……。いや、それともここで使われるのかな?)
しばらくすると男が戻ってきて、もう少し年のいった男性と話をしているようだった。
「もうお前も一人前だ。こいつはお前が一人で整備しな」
「あ、はい!」
大丈夫かな。結構若そうだけど。
「おい、こっちだ」
「はい」
シャワー室みたいな装置に入れられ、そこでメイド服を剥がされた。
「よし、脱げ」
「はい」
(ひぃっ!?)
顔が赤くなる錯覚を覚えた。私の意思が反映されるならそうなっていただろう。
(あ、ちょ……まって……)
私の体は次々と服を脱ぎたたみ、あっという間に全裸になった。思わず胸と股間を隠そうと神経に指示を出したが、例によって無視された。気をつけの体勢で静止した。整備士の男はじっと見つめてくる。見ないで。目も逸らせない。恥ずかしくて死にそうだ……。
男はジロジロ全身に視線を走らせてきた。いつまで見てるんだ。もうやめて。
「結構くたびれてるな。おい、こっちだ」
「はい」
全裸のまま連れていかれたのは風呂場だった。
「おい、手ぇひろげろ」
「はい」
私の体は、両腕をピンと水平に広げた。男の前でこんな格好させられるなんて。男はシャワーの温度調節をすると、私に浴びせた。心地いい温度だった。そういえばシャワー浴びるのっていつぶりだろう。
「動くな」
そういうと、柔らかいスポンジで私の肌を洗い始めた。顔から足のつま先まで、それはもう丁寧に。胸と股間も遠慮なくゴシゴシ洗われた。全裸でこんなポーズして見知らぬ男に体を洗われるなんて……。恥ずかしい。逃げたい。こいつの顔面にキックを叩き込んでやりたい。しかし、洗浄が終わるまで、私は同じ姿勢で硬直したままだった。
その後は体内のナノマシンやの状況をチェックされた。全裸のまま口から変なチューブを入れられて。単純に吐きたい程苦しいのと、恥ずかしいのと惨めなので、心は崩壊ギリギリだった。さらに、次は床に四つん這いにさせられ、尻からもホースを入れられた。追加で新規のナノマシンを注入された後、新しいメイド服を接着されて、整備は終わった。
「親方ー。終わりましたー」
「おっ、大分綺麗になったじゃねえか。合格だ」
……ここまでやっても、私が人間だとは気がつかないのか。
翌日から店頭に並べられ、私は「レンタルメイドロボ」になった。
「ちわーっす。あれ、今きらしてんじゃなかったっけ?」
「新しいの入ったんすよ」
「へー。おー、かわいいねー」
「どれも同じっすよ」
同じ同じ言われると、なんだか腹が立つ。新型でも買ってろ。
「ちょうどいいや、今日いいかい?」
「まいどー」
(うぇ……)
私を借りた男の家は、ゴミ屋敷一歩手前の惨状だった。
「助かるわマジでー。明日親父くるっつーからさぁー」
この男は大学生らしい。
「んじゃ、掃除よろしく」
(自分でやれよ)
と言いたかったが、
「かしこまりました、ご主人様」
私はそう言ってペコリと頭を下げた。なんでこんな馬鹿大学生の自堕落生活の尻拭いをしなきゃならんのだ。でも、体はこいつの命令をなんでも聞いてしまう。
「俺映画行ってくるから帰るまでによろー」
「かしこまりました、ご主人様」
馬鹿を見送った後、私はほのかに腐臭の漂う部屋と格闘しなければならなかった。せっかく(私は)綺麗になったのに。もっとも、私は見ているだけでいいから楽なはずなんだけど、匂いや体の疲れはAIではなく私に返ってくる。まったく理不尽だ。
「じゃあ、皆さんにお茶配って」
「かしこまりました、ご主人様」
今日は町内会の手伝いだった。
「お茶をお持ちしました」
「どもー」
「ええなー、ぷりぷりやのぉー」
気持ち悪いが、笑顔しか返せない。
「うちも買おうかのー」
脂ぎった中年オヤジどもにへりくだるのは不快だが、とくに重労働もなく、楽な仕事だった。
またある日は町内イベントの設営を手伝い、ある日は留守番と子守だったり、家事の仕事はあまりなかった。相手の顔も場所も毎回変わるのが、私の心に軽い解放感をもたらした。豪邸でこき使われていた時は日々同じルーチンで、精神が大分削られていたなあ。いや、相手が変わるってだけで喜んじゃうのは大分洗脳されてるというか麻痺してるような気もするけど。それに待機場所である工場の二人は軽い性格をしていて、毎日視界の中で楽しそうに仕事をしているので、見ていてあまり退屈しなかった。ここでなら、ずっと暮らしていてもいいかなぁ……。数か月もすると、そんなことも考えるようになった。でも、きっといつかは廃棄されて死んじゃうんだよね。という恐怖も心の中からは消えずに残り続けた。いつまでこうしていられるんだろう。……人間には戻れないのかな。工場の二人やこの町の人たちと会話がしてみたいな。死ぬまでに、一度くらい。
俺は修介。ある田舎の町工場で働いている。部品の下請けや家電とメイドロボの修理をやっている。メイドロボのレンタルもやっているのだが、今日で全部新型に入れ替わることになる。一体ずつ買い替えていたのだが、今日入るので最後だ。俺は倉庫にある最後のメイドロボを見に行った。今では珍しい初期型の、しかも初期のロットだ。スカートの中を除くと、製造番号236が見えるが、もう光も弱まっている。本当なら緑色に光るんだが。こいつには個人的にも思い入れがある。初めて一人で整備を任された個体だ。でも、もう今日でお別れだ。俺は倉庫から出て、別室に移った。メイドロボは今はここから一括管理している。236号をマットに寝かせて、全機能を停止させた。ちなみに廃棄はしない。プレミアがつくまでしまっておくつもりだ。
倉庫に戻ると、236号が寝て……いない。なぜか立っていた。そして、こっちに顔を向けると、全速力で突進してきた。
「あ?え?え」
混乱して硬直してしまった。思いっきりタックルをくらうとその場に押し倒されてしまった。さっき機能停止したのに。というか人間を襲うとかありえないはず……。
「あああの!話!話!」
覆いかぶさってきた236号はすごい形相でまくしたててきた。メイドロボのこんな顔は初めて見た。
「人間です!人間なんです!捨てないで!」
「え?あ?人間?」
「あの、は、話!聞いて!」
「わわかりました、落ち着いてください、捨てません!捨てません!」
ってなんで俺はメイドロボに敬語を使っているんだ。あまりの迫力と必死さに押されて思わず敬語になってしまった。とにかくこいつを鎮めないと……。
「聞きます聞きます!話!俺でよければ……」
「やっぱ芽衣ちゃん、作業着似合うじゃねーか!がっはっは!」
「はあ……どうも」
6,7年ぶりに私は人間に戻れた。といっても、まだ完全には信じてもらえていないような気もするけど。
「じゃあ、今日もよろしく」
「かしこまりました、ご主……じゃないよ、もう」
私は行くあてもないので、この工場に住み込みで働かせてもらうことになった。でも、仕事は私が自分の意思でやるより、ラインで使われているメイドロボのデータを使った方がいいということで、メイドAIの支配率を50%で再起動することになった。私がなにもしなければAIが体を動かすが、私が自分の意思で動こうとすればそっちが優先される、といった具合だ。
「芽衣さーん、こっちきて」
「はい」
「3回まわってワン」
「かしこま……って何させんの!」
体を止めるまでに、1.5回転してしまった。修介くんは毎日悪戯してくるのが困りものだ。
「ごめんごめん。つい」
「遊んでないで働け」
「はーい」
でも、この町にこれてよかった。ここには旧型、つまり私の顔のメイドロボはあまり出回らないうちに時代が新型に移行したので、気楽に外出することができる。それにのんびりしていていい町だ。思い返せば辛い時間だったが、今は割と幸せだ。ここでなら、きっと楽しい日々を送れるような気がする。
メイドロボ制作秘話 OPQ @opqmoru
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