メイドロボ制作秘話

OPQ

前編

私の会社では、生体メイドロボットというのを開発している。金属ではなく、生きた体組織を使ったアンドロイドだ。といっても、もちろん、脳や感情はない。体は電子頭脳とそのプログラムによって制御される。私は別の部署で働いていたし、あまり関係のない話だと思っていた。だから、ある日突然上司に呼び出され、その開発チームに加わるように言われたので、ひどく驚いた。

「え、でも、私はこういうのはよくわからないんですけど」

私はエンジニアじゃないし、何をやらせるつもりなんだろう。上司の隣にいる、メイドロボ開発の責任者っぽい人が言う。

「大丈夫。モーションキャプチャーのモデルをやってほしいだけなんだ」

動きのデータ?それなら誰でもいいんじゃないの?

「チームの方では駄目なんですか?」

「みんな嫌がるんだよ。普通とはやり方が違うからね。それに、君は家事がうまいって聞いたから」

「どう違うんですか?」

そのやり方とは、全身にナノマシンを注入し、全ての動きのデータを詳細に記録する、というもの。実際はモーションだけでなく、この動きから電子頭脳のプログラムも作るらしい。脳にも注入して、どこでどんな判断をするか、ということも記録するのだそうだ。

怖い。これは嫌だ。

「それはちょっと……。お断りします」

「大丈夫だよ。健康には一切問題ないんだ。これは証明済みなんだよ。なのにみんな……」

「終わったあと、どうやってナノマシンを取り出すんですか?」

「いや、体外には出せないよ。でもプログラムを終了させれば一切問題ないから。普通の状態と同じだよ。君のプライベートの動きがこっちに漏れる、といったことはないから安心してほしい。健康上の問題もないから」

2回言われても安心できない。脳に変なものを入れられるのには大分抵抗がある。

再度断ろうとすると、

「やってくれたら特別手当だすよ。ボーナスも悪いようにはしないから。出世もさあ、頼むよ~」

と上司に言われて、具体的な金額を聞いた後、ついうっかり引き受けてしまった。奨学金を一気に返済できる額だったからだ。

家に帰った後ネットで調べたら、健康に問題がない、というのは本当らしかった。まあ、なるようになるか。


あくる日、私は病院でナノマシンを体内に入れられた。麻酔から覚めた時にも、特に体に違和感はなかった。気分にも。

「ほら、ここに映っているのが君の行動だよ」

と、スタッフがタブレットを見せてきた。人間の体を模した3DCGモデルが映っている。私が首を傾けると、モデルも同じ動きをした。

「へー、すごい精度ですねえ」

もうちょっとカクカクするものかと思っていたが、タイムラグもほぼゼロで、ごく自然な動きで、私の体の動きを再現していた。スタッフ曰く、人間の関節や筋肉の構造も完璧に再現してあるし、メイドロボもそうなる予定だそうだ。体をいろいろに動かしながら画面を見ていると、別のスタッフが奥のパソコンを指さした。

「君の脳が出した指令と、その判断に至る過程も記録してあるんだよ。ほら」

スタッフがなにやら複雑そうな操作をすると、パソコンの画面に映った人型のCGモデルが、さっき私がやった動きをそっくり再現していた。

「メイドロボのアルゴリズムを作る参考にするんだよ。どこでどんな動きをすればいいのか、命令にどう受け答えするのかをね」

私の思考とかも読み取るんだろうか。うーん、やっぱり嫌な気分だな。と思ったが、聞いてみたところ、脳の電気信号を読み取ってはいるが、それをはっきりと映像化したり言語化したりすることはできないらしい。ちょっと安心した。口に出して聞くまで答えてもらえなかったところを見ても、嘘じゃないんだろう。


次の日、ちょっとお洒落な家に連れて行かれた。今日からしばらくの間、ここでメイドとしてのロールプレイを行うことになる。チームリーダーの別荘で、普段人は住んでいないが、ここでデータをとりながら家事とかをするんだそうだ。

「じゃあ、これに着替えて」

スタッフからメイド服を渡された。

「え?着替える必要あるんですか?」

「いろんな所作とか、スカート引っかかった時の動作とか……。いろいろあるんだよ」

ここまできたら仕方ないか。別室で着替えた。ロングのスカートで、いかにもメイド服って感じだ。

「おー、似合ってるじゃん」

スタッフたちの冷やかしで、顔が紅潮する。全員の視線が私に集中しているし、恥ずかしい。

「そんな恥ずかしがっていたら駄目だよ、ほら」

「うう……」

「それから、返事は”かしこまりました、ご主人様”で。口の動きもデータとるから」

恥ずかしいなあ……。みんなニヤニヤしながら見てくるし。

「……わかりました。ご主人様」

「まー、最初はそんなもんかなー」

くそ。


とりあえず掃除から始めることになった。この別荘は使っていなかったので、割と真面目に掃除しなければならなかった。夜になると、主人役のスタッフが「帰宅」するので、出迎えて夕飯を作る。夕飯の片づけやら風呂の準備やらの家事をこなす。私はしばらくここで寝泊まりしなければならない。

次の日からは早起きして、朝食を作り、主人役のスタッフを起こした。仕事に出かける主人を見送ったら、昼間は洗濯や掃除だ。そんなこんなで、メイドのロールプレイが続いた。2,3日ごとに休みの日はもらえたが、一日中働きづめなので、思っていたより重労働だ。まわりのスタッフたちの視線も絶えないし。

「周りのスタッフは一切気にしないで。無駄な動き入っちゃうから」

「そんなこと言われても……」

「受け答えもメイドっぽく」

「……かしこまりました、ご主人様」

「ほらほら、照れが入ってるー」

やだなあ。


2週間分のデータを取った後、家を変えて、狭い一般家庭を想定した家事とか、豪華なところで銅像の磨き方とかシャンデリアの掃除とか、いろいろなシチュエーションを想定してデータ採取を行った。1か月もするとスタッフたちの私へ向ける視線も、熱が冷めて事務的なものになってきたし、私自身慣れてきたのもあり、照れずにメイド風の受け答えしたり、スカートの裾つまんでお辞儀したりもできるようになってきた。約半年かけて、やっと全部のデータを採り終えた。

「お疲れ様でしたー」

「お疲れー」

「いいメイドロボができるといいですねー。頑張ってください」

事前説明通り、私の体内に入っていたナノマシンはプログラムを終了した。健康にも特に影響はない。私はまた元の部署にもどり、メイドロボ開発とは関係なくなった。


2,3か月たち、メイドロボの開発が行き詰っている、という噂が私の耳にも入ってきた。その理由は、翌日やってきたスタッフによると、

「試作機が作れないんですよ、DNA提供してくれる女性がいなくて」

しかし、このままでは他社に先を行かれてしまうし、金と時間を無駄に浪費することになるから、開発はなんとか続けたい。そこで、

「芽衣さんに、試作機の代役をやってほしいんです」

「ええ?どういうことですか?」

もしかして、私をメイドロボに改造するつもりか?

「いや、そんな怖いものじゃないですから。ナノマシンを再起動して、プログラムを転送するだけです」

メイドロボのAIがうまく動作するかを確認したい、ということだった。メイドロボのAIが私の体を動かすらしい。

「え、それって」

「いや大丈夫ですよ。メイドロボとは違いますから、芽衣さんの脳が体に指示を出せばそっちが優先されますよ。動作だけ確認したいんです」

私は拒否したが、スタッフたちの迫真の懇願に折れて、引き受けることになってしまった。


懐かしの別荘で、動作確認が始まった。夜になってしまったので、主人が帰宅するところから開始だ。

「じゃあ、いきますよー」

「はい」

AIが動作すると、なんだか奇妙な感覚が筋肉を支配した。少し全身が硬くなった……。つまり、別の意思が体の支配権に入り込んだ、というのが感覚でも伝わってくる。

「えー、ただいま」

スタッフが帰宅すると、

「おかえりなさいませ、ご主人様」

体が自動的にスカートの裾をつかんでお辞儀した。顔も勝手にほほ笑んだ。スタッフが脱いだ靴を揃えようとしたところで、

「ってうわぁ」

思わず反射的に動いてしまった。びっくりした……と思っていると、いつの間にか体が勝手に靴を揃えていた。

「わー、ちょっとストップ」

私は座り込んで動きを止めた。だが、筋肉が逆らおうとしているので、結構全身に力を込める必要があった。

「ちょっとなにやってるんですか」

「いや、体が勝手に動いたから、つい、びっくりして」

「最初にそう言ったじゃないですか。続けますよ」

力を抜くと、体が勝手に動き出し、家事をスタートした。自分以外の意思が体を動かしているこの感覚に、生理的な恐怖を感じる。私の体なのにそうじゃない感じ。ぼーっとしていても勝手に動き続けるので、なんだか映画を見ているような気にもなってきた。

「あーいいですよー。その調子。勝手に動かないでくださいね」

「はい」

つい返事をしてしまうと

「駄目ですってば」

はい。

だが、割とすぐに最初の不具合はみつかった。たまたま階段の前に機材が置いてあったのだが、AIはそこに向かって延々と歩き続けた。ゲームでよくやる引っかかりだ。周囲に音もなく落胆ムードが広がる中、私は何の気なしに、自分の意思で機材をよけた。それを見たスタッフたちは

「これだ!」

と叫ぶと、

「芽衣さん、このままデバッグをやってくれませんか?」

「かしこま……えっなんですか?」

つまり、基本的にはAIに体を任せるが、今みたいに不都合が生じた時に、私が自分の意思で体を動かし、適宜修正してほしい、という内容だった。

「動きのデータを記録するプログラムも再インストしましょう」

「かしこま……あ、はい。わかりました」

ここまできて、断ることもできないだろう。でも、何か「命令」をされると、AIが勝手に引き受けようとするのがうざいなあ。なし崩し的に、2回目のロールプレイが始まった。

翌日、目が覚めたらキッチンだった。あれ?……ああ、AIが体を動かしていたのか。変な感じ。まだ完全には覚めずにぼーっとしていても、体はきっちり家事をこなしていた。でも、テーブルが昨日とは違う位置にあり、空中に朝食を置こうとしたので、

「うわっ」

バランスを崩しかけたが、なんとか持ちこたえた。寝てたらそのまま落としていたな。

「あ、起きたみたいですよ」

「……おはようございます」

「見てても中が起きてるかどうかわからない、ってなんか面白いな」

「あ、こっち見てたらわかりますよ。脳波うつってます」

スタッフのみなさんはのんきですね。そんなこんなで、1週間ほど私の監修によるデバッグが続いた。


1週間後、AIを止めて、私は元通りになった。またAIの修正作業に入るそうだ。

「そういえば、試作機はまだできないんですか?」

「DNA提供してくれる人が……ベースになってくれる人がいないんだよ」

生体アンドロイドだから、生体組織が必要なのだが、そのモデルになってくれる人が見つからないらしい。まあ、自分と同じ顔のロボットがそこかしこで奴隷扱いされているのは気分よくないだろうな。


また2,3か月が過ぎると、メイドロボ開発チームは窮地に追い込まれていた。このままモデルが見つからないなら開発を凍結する、というお達しが上からきて、チームリーダーが思わず「すでにモデルは決まって、試作機を製作中です」と言い放ってしまったらしい。それで定時後、私を食事に誘ってきて、とんでもないことを言い出した。

「頼む。次のデモで試作機のふりをしてくれないか」

「はあ!?嫌ですよ。それはさすがに無理です」

「だよなぁ……。じゃあ、ロボに使う技術の試験台に……」

「それもちょっと……」

「……」

リーダーはうつむいたまま、私に完璧なメイドロボを作るのは人生の夢だったとかなんとか、このままでは首になる、家族がどうのこうのと語りだした。話は0時を過ぎるまで延々と続き、早く帰りたいのと、なんだか可哀そうになったのとで、健康に影響のないものなら、と部分的にではあるが、技術のテストを引き受けてしまった。


生体メイドロボで使う新開発技術は複数ある。生体組織表面の体毛や垢の生成、老化を止める特殊なコーティング。トイレに行かずに済むようになる、排泄物を完全分解するナノマシン。汚れも落ちやすく、皮膚と癒着して一体化する特殊繊維でできたメイド服(ラブドールとして使用されるのを防ぐためらしい)などだった。健康に影響なさそうなものがない。だがスタッフたちは大喜びだ。

「やっぱりやめていいですか?」

「え、なんで?」

「全部、日常生活に支障が出ますよね?これ。というか、人間にそのまま使って大丈夫なんですか?」

「生体組織の維持に使う技術だから。原理的には人間とメイドロボでそんなに違わないから平気だよ」

「元に戻せるんですか?」

「……戻せないけど」

やっぱり駄目だ。断って帰ろうとしたが、彼らは食い下がる。

「ここでやめたら、君の努力も全部無駄になっちゃいますよ。いいんですか!?」

確かに、それはちょっと、残念かも。でも、なあ。

渋っているところにチームリーダーがやってきた。

「期限きちゃったよ。どうしよう……」

今日、試作機を上に見せるという話になっていたらしい。リーダーは突然土下座して、

「ごまかすだけだから、ね?お願いします。俺のボーナス全部あげます。芽衣様」

「ちょっとちょっと、顔上げてください」

「今日だけです、お願いします!」

「えーと……」

結局、折れてしまった。まあ、でもこのチームのみんなが頑張っていたのはよく知っているし、モデルさえ決まればすぐに完成にこぎつけられるみたいだし。


特殊繊維のメイド服とやらに着替えることになった。脱げなくなるんじゃないかと心配したが、着せた後に癒着の加工をしない限り平気らしい。スタッフが自ら着用しながら説明してくれたので安心できた。あまり見たくない絵づらだったけど。

服はロングのスカートではなかった。ミニスカで、白のニーハイソックス、肘まで覆う白の手袋。今までのと違う。

「これでいいんですか?あと、恥ずかしいんですけど」

「あーほら、説得用だからさ、こういう方がいいかなって……」

これしかないそうなので、しょうがない。さらに、そのままじゃまずい、ということでごまかしメイクをして、ウィッグも装着することになった。スタッフが持ってきたのはピンクのツインテールのウィッグだった。

「これじゃなきゃ駄目ですか?」

「君の顔覚えられたら困るでしょ?ほら、顔以外でインパクトあった方がいいかな、と思ってさ」

覚悟を決めるしかないらしい。恥ずかしいけど。

コーディネートが完了すると、スタッフたちが歓声を上げた。

「おーすごい、どっからどうみてもメイドロボだよ!」

「嬉しくないです」

ボロを出さないように、ということでメイドロボのAIを再インストして、そっちに体を任せることになった。まあ、ぼーっとしている間に終われるから、私もそっちの方がいい。


会議室にはまだ誰もいなかった。動作開始したAIが、背筋をピンと伸ばし、スカートの前で手を重ねる基本姿勢を私にとらせる。私は何もしなくていいから楽ちんだ。昨日はリーダーの長話に付き合わされて、酔っぱらった彼を送り届けてから帰ったので、少々寝不足気味だ。会議室でぼーっと待っている間に、私は寝てしまった。


「ほー、よくできとるやんか」

「はい、でしょう!?」

よし。なんとかごまかせそうだ。とっとと切り上げよう。

「おい、こっちにお茶運んでくれ」

「かしこまりました、ご主人様」

中の子は寝てるみたいだし、大丈夫だろう。おっよし、ちゃんと運んだぞ。よしお茶入れた。AIは完璧だ。あとベースDNA提供してくれる人がいればなあー。

「パンツみせろよ、パンツ」

「申し訳ありません。そのような動作はプログラムされておりません」

ただ断るだけだとユーザーが気分を害するかもしれない。角が立たないよう、こういう言い回しにしてある。よしよし。

「申し上げましたように、そういう……」

とその時、役員の一人がスカートをめくり上げた。中の人は寝ているから、特に問題はおこら……。

「あれ、これ服脱がせるじゃ~ん。くっついてるんじゃなかったっけ?」

「え?あ、ああ、ちょっと待ってください」

やべえ。ニーソやパンツを引っ張って遊ぶ役員爺を引き離したあと、

「試作機なんで、癒着はさせていなんですよ」

「本当かぁ?実は服の開発がうまくいっていないんじゃあねえのぉ?汚れを弾くのが難しいって、木下こぼしてたの聞いたんだけどさあ」

木下~。余計なことを。

「大丈夫ですよ、問題点は全てクリアー済みです」

「おっそうだ、いい機会だし、実際に見せてくれよ」

「えっ!?」

メイド服を実際に癒着させてみせろ、という話になり……。かなり遅れているので強くでることができず、プロジェクト中止を阻止するため、やることになってしまった。でもやったら脱げなくなっちゃうし。中の人が怒るだろうなあ……。でも仕方ない、完成させるためだ、うん。あとで剥がす研究もやればいい。


えっと……どこだっけ。ああ、寝ちゃったんだ。もう終わったのかな?ソファで横になっているみたいだ。体は自由に動かせるし、終わったみたい。

「あ、起きましたよ……」

「どうするんですか……?」

「俺が説明するから……」

なんだろう。みんなやけによそよそしい。リーダーがゆっくりと近づいてきた。

「えーと、実はな……」

そこで、信じられないことを聞かされた。寝ている間に、勝手に服を癒着させた、ということを。

「えっ!?嘘ですよね!?」

手袋を脱ごうとしたが、脱げない。ズレもしない。ニーソも、服も、パンツも。

「ふざけないでください!今すぐ元に戻して!」

「ごめん、ごめん、本当にごめん!でも脱がすのは無理なんだ、その技術開発はやってなかったから」

「私これからどうやって生きてけばいいんですか!?こんな格好で!?」

「ごめん。ほんとほめん!」

信じられない。訴えてやる。善意で協力してやったのに。力にまかせてウィッグをとろうとした……が、とれない。これも!?。うそ……。

「ちくしょー、訴えてやる!」

「ストップ、待って、それだけは」

私は部屋からでて、周囲の視線が生み出す恥ずかしさに耐えながら、車で家に帰った。

だが、家でとんでもない事態がおきた。便意をもよおしたのだが、パンツが脱げないのだ。衣装の縞パンも、体と一体化している。屈辱だったが、帽子を被り、コートを羽織って会社に戻り、なんとかしろと訴えたのだが、あれを入れられることになんてしまった。排泄物を分解するナノマシン。とんでもない屈辱だったが、選択肢はなかった。

施術中は麻酔で寝ていたのだが、寝ている間に他のメイドロボ用の施術も勝手にやられてしまった。

「ふざけないでください!訴えますよ!」

「いや、でも脱げるようになるまで日常生活や健康に支障が出るだろうから、それをなんとかしようと……」

話にならない。本当に訴えてやる。昨日弁護士の目星もつけたし。出て行こうとすると、体がこわばって、進みにくくなった。

メイドロボAIを起動したらしい。まだ残ってたっけ。そもそも、こいつが悪いんだ。なお、AIに逆らって部屋の外に出た……が、徐々に体の反抗が強まってきた。なんだこれ?こんなに強かったっけ……。と思っていると、突然、体が動かなくなった。一瞬の後、私のいうことを一切きかなくなった。クルッとまわり、おしとやかに研究室へ戻っていく。なに?なに?何が起きたの?

体が勝手にお辞儀して、研究室に入っていく。止められない。

「止まって」

「はい」

勝手に声が出て、命令に従い、動けなくなってしまった。

「ふー、危なかったすねー」

何をしたの?どうして動けないの?

「これで訴えられずに済みますね」

冗談じゃない。監禁だ。犯罪だ。

スタッフたちの会話を聞く限りでは、体表面にやったコーティングにも体を制御する仕掛けがあって、私は内外から体を2重支配されているらしい。

「ソファに座って」

「はい」

「命令」には一切逆らえない。どうなるんだろう。まさかこのまま、なんてことないよね……。

ソファに座ると、リーダーが話かけてきた。

「本当にごめん。でも何とかするから。それまで俺の別荘で寝泊まりするってことで、ほら」

やめて。元に戻して。だが、口答えもできない。

「かしこまりました、ご主人様」


私は別荘に送られて、またそこでメイドとして働くことになった。今度は自分の意思じゃない。嫌でも、勝手にメイドとして行動させられてしまう。そこで聞いた話によると、この”事故”はスタッフ以外には漏らさないために、対外的には正式に開発チームに加わったという形で、私は異動したことになったらしい。

「じゃ、夕飯の支度して」

「かしこまりました、ご主人様」

体が勝手に動き、冷蔵庫の中を確認した。なにもない。ということは……。

「ない?じゃ買い物にいってきて」

「かしこまりました、ご主人様」

体がバッグと財布をもって、家の外へ……。ぎゃー、やめて、お願いだから。必死の抵抗もむなしく、メイド姿のまま外出して、町へ来てしまった。周囲の視線が突き刺さる。

「なにあれ?」

「コスプレ?」

「うわー、痛たた……」

やめてよ。見ないで。すぐに帰りたいけど、AIがそれを許してくれない。目をつむることもできない。耐えるしかないの?

(やりたくて、やってるんじゃ、ない、です……)

顔はもう真っ赤だ。食材を買って帰るまで、心の中でずっと言い訳しながら耐え忍んだ。

別荘に戻ると、今度はスタッフ全員分の食事を作らされた。みんなが美味しそうに食べている中、私は少し離れたところでじっと基本姿勢でマネキンのように立ちつくしていた。

「おかわり」

「はい」

体が自動的に動いて、ご飯をよそった。中にゴミでも入れられればいいのに。私はニッコリ笑って、茶碗をスタッフに渡した。そしてまた、脇でマネキンに戻った。これから元に戻るまでずっとこんな生活が続くの?ああ、全部夢だったらいいのに……。


1か月をメイドロボとして過ごすと、さらなる悪夢が訪れた。リーダーと一緒に、”私”が別荘にやってきた。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

顔とスタイルは私だ。服装も同じ、ミニスカのメイド服。ただ一つ違う点は、私はピンク髪のツインテールにされているが、彼女は金髪のツインテールだった。

「第1号できたぞー」

「おー、きましたね」

んん?と思っていると、リーダーが私に話しかけてきた。どうやら私のDNAをメイドロボのベースに使ったらしい。ひどい!勝手にそんなこと。

「まあ、ほら、いいじゃん?まだ服剥がすのは時間かかりそうだし」

「はい」

はいじゃない。私のクローンがそこかしこでこき使われるってことでしょ?たとえ元に戻っても、もう表を歩けないよ……。

文句を言いたいが、言えない。笑って受け入れることしかできない。その日から、1号機が別荘の家事に加わった。私と同じ顔のメイドロボが視界に入るたび、私も彼女の仲間で……人間じゃなくなってしまったかのような錯覚に襲われた。惨めだな。夜になって気づいたが、1号機はニーソとパンツの間の肌領域に、「001」という緑色に光る文字が刻まれていた。製造番号かな。私にはない。私はそれでなんとか自分を保つことにした。


1週間後、私と1号機は別荘から連れ出された。ついた先は大きな建物で、中にはいろいろな家電が並べられていた。このイベントで、メイドロボの発表会をやるらしい。

(なんで私が出ないといけないの……?1号機だけでいいじゃん)

と思ったが、文句を言うことも逃げ出すこともできない。言われるがままに、ステージに登壇させられた。私が姿を表すと、カメラのフラッシュが一斉にたかれた。

(やめて、撮らないでっ。私は違う、人間よ!ステージ中央にたつと、お辞儀した後、基本姿勢をとったままマネキンのように動けなくなった。全員が私たちを見ている。私はメイドロボじゃない。誰か気づいて。助けて。

メイドロボのプレゼンが行われていたようだが、まったく頭に入らなかった。いや、入れたくなかった。なんとかして動けないのかな……。全部ぶちまけて台無しにしてやりたい。全身に力を入れても、指1本も動かせなかった。やがて急に私はステージから降り始めた。

(あ、なに?なに?)

プレゼンはまったく聞いていなかったが、すぐに理由はわかった。記者たちが矢継ぎ早に私に「命令」を投げかけた。

「お辞儀して、お辞儀」

「かしこまりました、ご主人様」

「おおー!次お酌してみて、ほら」

スタッフが用意していた小道具を使って、お酌をはじめた。顔が近づいたとき、

(助けて、ください……)

と心の中で叫び、目でメッセージを伝えようとしたが、無駄だった。こんなに近くにいるのに、誰も気づいてくれない。

「人間みたいだなー、こりゃすごい」

(人間ですっ……。お願い、誰か助けて)

私の思いは誰にも届かなかった。私は記者たちの要望を忠実にこなし続けた。1号機はずっとステージ上でデモンストレーションを行っていたが、あっちの方がマシだったかも……。手がふれあい、言葉を交わしているのに、私は誰にも自分の意思を伝えられない。ひどく惨めになってくる。

「にっこり笑って……そう!」

私の体はカメラマンに言われるがまま、指定通りのポーズを勝手に決めていく。叫びたいのに、泣き出したいのに、笑うことしかできないなんて。すぐ近くにいるのに。5秒でも体が動けば……。ううう……。

イベント終了後は、別荘ではなく会社に戻されることに。今後は会社で雑用をするらしい。

「君はちゃんと元の部署に戻すから、安心して」

と車内で言われたが、本当だろうか。


会社では、本当に元の部署に配置された。

「お、すげー。本当に芽衣さんそっくりだ」

「見せて見せてー。おー、かわいいー」

やっぱり、私本人だとは知らされていないのか。

(田中さん、私です、本物です)

「じゃあさ、さっそく俺の机掃除してみてくれよ」

「かしこまりました」

(うう、そんな)

田中さんは同期でよく話していたのだが、まったく気が付いてくれない。それどころか、完全にロボット扱いで、次々に命令を出してきた。もうどうにもならないのかな。この時、フッと、なんだかいろんなことがどうでもよくなってしまった。私が心の中で何を考えていようが、一切関係ないのだし、もう何もきにせずにぼーっとしていた方が、精神的にいいかもしれない……。月日がたつごとに、だんだんメイドロボの立場に慣れてきてしまい、私はもう心の中でも抵抗しなくなっていった。


四月になると、新人が入社して、私の部署にもやってきた。

「お、本物だ。すげー。欲しいンすけど、高くて買えないンすよね」

(本物、ねえ)

「おいさぼるな。早く届けろ」

「うーっす」

田中さんがいなくなると、新人は私に書類を押し付けた。

「あーこれ俺の代わりにやっといて。んじゃ」

(はあ?自分で……)

「かしこまりました」

私は書類を受け取り、お辞儀した。久々に無力感と屈辱が私を襲った。

(私はずっと先輩なのに、なんでこんな新人の言うことを聞かないといけないの?)

こんなやつに……そう思っていると、新人は突然スカートをめくって

「あっれー?おかしいな」

と言って去っていった。なんだろう。


雑務を終えて部署に戻ると、理由がわかった。

「止まって」

「はい」

動かなくなった私のスカートをめくりあげると、

「ほら、製造番号ないっすよ、これ」

「あー。ホントだ」

「じゃあ、俺が書いとくから」

(製造番号?ああ、あの光るやつ……。書いとくってなに?)


数日後に私は他の機体と一緒に、メイドロボの製造工場に送られた。定期メンテらしい。

(私メイドロボじゃないって、開発チームは知っているはずなのにな……)

もしかしたら、やっと気づいてくれるかも、と淡い希望が芽生えてしまう。

「メンテ箇所は……あーはいはい、あとピンクのやつは製造番号抜けね」

担当は見たことのない人だった。開発メンバーじゃない。担当の後ろにあるPC画面にメールが写っている。”製造番号がぬけた不良品”……はあ!?

(違う、違うよ)

私は久しぶりに、自分の意思で動こうとしたが、無駄だった。他の機体とは別のラインに送られた。

「そこにあおむけに寝て。足を大きく開いて」

「はい」

(違います、違いますよぉ!)

天井を向いているので、どうなっているのかは見えないが、すごく熱いものが太ももに当てられた。

(熱い熱い熱い、なにこれ、焼印!?いや、なんか違う……)

ジューッという音がして、皮膚が刻まれているのが伝わってきた。

(痛い痛い、やめて、お願い!)

体感数分がたつと、

「へい終わり。立って」

「はい」

私の体は何事もなかったかのように立ち上がろうとした。スカートがめくれていたので、立ち上がる際に自分の太ももを見られた。緑色に光る"236"の文字が刻まれている。嘘……。私とメイドロボを区別する最後の差異だったのに。しかもこの中途半端な数字……。仮に私に番号が振られなければならないのだとしても、0か1じゃないだろうか。これじゃ本当に工場産のロボットみたいじゃない……。泣きたい。でも泣けない。にっこり笑って、お辞儀する。

「ありがとうございました」

(ありがたくないよ……)

メンテが終わった他の機体と合流し、私はまた会社に戻された。


しばらくたつと、開発時のスタッフが私の部署にやってきた。私と、他3体のメイドロボに研究室にくるように命令した。なんだろう……。私は、呼び出されたのは全部ピンク髪のメイドロボであることに気づいた。もしかして……。

「あれ?なんで4体も?」

「すんません、パッと見、わかんなかったんで」

「まあいいか。おほん、えー、ずいぶんお待たせしてしまいましたが、ついに癒着した服を剥がせるようになりました」

やっぱり。人間に戻れるんだ。訴えないから早く助けて。早く。

「んー……どれだ?」

「番号ないやつですよ」

(えっ?)

嫌な予感がする。スタッフが1体1体スカートをめくって確かめた。私も……。

(この前、番号つけられちゃったけど、聞いていないのかな?でも気づいてくれるよね?)

「すいません、これ全部違うみたいです」

(ええっ!?待って、私だよ!)

「おいおい、しっかりしてくれよ」

「すいません。あ、おい、戻っていいぞ」

「「失礼します」」

私たちは全員、研究室を出て、部署へ戻っていく。嫌だ……。私はここだよう。待って……。

「あー帰ってきた。おい、お茶」

「かしこまりました、ご主人様」

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