第四話 騎士

 光が収まると、何も変わっていなかった。炎が現れたわけでもなく、風が巻き起こるわけでもなく、大地が割れたわけでもない。誘使は慌てて腕輪を凝視した。腕輪は輝きを取り戻し淡く光っている。魔法は発動したのかもしれないが、効力はわからないまま。現状を打破できなさそうな状態に誘使は絶望した。


「なんだぁ? 目くらましか? なら逃げなかったのは失敗だったな。死にな」

「ちょっと待った! 待てよオイ! ユミルどうなってんだ!!」


 山賊は新たな魔法をすでに放っていた。誘使は顔を両腕でかばう。


「これがユージの魔法。すごいね」


 蜃気楼が誘使を襲おうとした瞬間、ユミルの感嘆の声とともに、金属音を鳴らしながら謎の人物が蜃気楼を遮った。


「君が、私を呼び覚ましたのか?」


 誘使の前には、全身鎧で身を包んだ騎士が身の丈以上の武器を構え誘使を見下ろしている。兜により顔はわからなかったが、体躯は二メートル近くありそうだ。誘使より頭一つ以上高い。腰には剣も携えていた。


 誘使は慌てて後ろに振り返る。そこにあったはずの騎士の死体はない。死体があった名残として、血だまりが大地に吸われてはいたがまだ確認できた。


「俺は、死体を復活させた……のか?」


「少年、それは違う。私はもう死んでしまったのだ。それは変わらない。しかし、君の思いが、願いが、私の魂を震わせ、鎧を動かしているのだ。私は、旦那様から与えられたお嬢様を守る使命と君を助けるため、死兵となりこの刃を振るおう」


 騎士が手にしている武器は槍の穂先に斧の刃がついており、その反対には突起がついている。誘使は現実には見たことはないが、ゲームや漫画で見たことがある武器であった。


「我が名はブルーノ。悪漢ども、お前たちのような下賤なものが、お嬢様に触れるなど恐れ多いことと知れ!」


 騎士ブルーノはその武器――槍斧ハルバードを大きく振るうと、大気が震えた。


「すげぇ」


 あまりの迫力に誘使は感嘆の声が漏れた。



「まずは状況を変えねばな」


 ブルーノはハルバードを構え山賊達に突進する。

 その動きは鎧の重さを感じさせず、疾風迅雷の勢いだ。正面に立っていた山賊二人の横をすり抜け、女性を拘束していた男の眼前にハルバードを突きつける。


「お嬢様を放せ。でなければ、鼻の穴がもう一つ増えることになるぞ」

「ひ、ひぃ、か、勘弁してくれぇ」


 あまりの威圧感に山賊は女性の拘束を解いてしまう。その瞬間、ハルバードをくるりと回転させ、柄の部分で女性を掬い上げ投げ飛ばした。


「少年!」

「お前! お嬢様とか呼んでた割に扱い雑すぎ!」

「状況判断だ!!」


 熟練のなせる技か女性は真っすぐ誘使の正面に飛んできた。落下点に入り女性を受け止める。なかなか勢いがあったが女性の体重はそれほどでもなかったので押しつぶされることはなかった。女性は豪奢というほどの服装ではなかったが、フリルがついた白いシャツに淡い緑色のショールをまとっている。手触りから上質な衣服であることは感じられた。女性は誘使の胸の中で呻きをあげながらも、気品を感じさせる栗色の髪や長いまつ毛、整った顔立ちで、年齢は誘使と同い年ぐらいだろうか、女性らしい柔らかさに不覚にもドキリとした。


「大丈夫か?」

「うぅ、ブルーノのやつ、許しませんわ」

「恨み言が吐けるなら、問題ないな」


 誘使は女性を抱きとめたままブルーノへと視線を戻すと、ブルーノの体が霧にように薄れ、瞬きした瞬間には誘使の横に立っていた。


「ふむ、便利な体になったものだ。疲れも、鎧の重みも感じない」


 鋼鉄の籠手を握ったり開いたりしながらブルーノは兜により表情はわからなかったが、不可思議そうにしているのがわかった。


「あんた、ブルーノでいいのか?」

「いかにも、ディオネ卿の騎士、ブルーノだ。少年は?」

「三珠誘使。好きに呼べばいい。あと、俺は十八だ。少年じゃない」

「はっはっは、それではユウジ。悪漢狩りをしようではないか」


 ブルーノはハルバードをグルリと頭上で回し山賊達にその切っ先を突きつけた。凄まじい威圧感に山賊達は恐れを抱いているようであったが、頭と呼ばれていた大男だけは怯むことなくブルーノを見据えていた。


「ちっ、死にぞこないが、何度でも殺してやるよ」

「かしらぁ、やばいですぜ、あいつら普通じゃない」

「…………」


 子分二人は戦意を喪失している。舌打ちしながらも山賊の頭はブルーノに飛び掛かってきた。


「なにビビってやがる! 一回殺したんなら何度でも殺せばいい」


 魔法ではなく、手に持った鉈を振り下ろしブルーノはそれをハルバードで受ける。甲高い金属音を鳴らし、ブルーノはハルバードを横に大きく薙ぎ、山賊を追い払う。互いに距離が空き睨み合いの状態に戻ったが、ブルーノは何かを感じ取った様子だ。


「ふむ。不意打ちとはいえ私を殺しただけあって腕は確かなようだ。ユウジこれを使いたまえ」


 ブルーノは腰に差していた剣を誘使に差し出す。意匠の凝った剣はブルーノに合わせているからだろうか、刃渡りだけで誘使の腰から下ほどの長さがあった。

 剣を受け取った誘使はその重みに眉をしかめた。

 羽のように軽い。

 柄を握った感触は鉄そのものだが、まるでおもちゃを持っているようだ。


「俺にこれで戦えっていうのか? こんな軽くて大丈夫なのかよ? すぐ折れちまいそうだが」

「その剣は『私』の剣だ。ならばユウジになら扱うことができるだろう。折れることはない。それが折れるときは、私の魂が折れた時だけだ」


 ハルバードで山賊を牽制しながらもブルーノは続ける。


「この者は強者だ。お嬢様とユウジを守りながら戦うには少し厳しいだろう。ユウジにはお嬢様を守ってほしい。お嬢様、己が足でお立ちください。そんなご様子では旦那様に笑われてしまいますよ」

「……ブルーノ。わかりましたわ。ディオネの娘、レアとして毅然としています」


 レアは誘使から体を放し、腰に手を当て、胸を張りブルーノへと毅然な態度を示した。


「それでこそ、お嬢様です。死してもなお誓いは失われておりません。誓いは魂のもとに行われたもの。私の魂がある限り、騎士として私はレア様に今一度忠誠を誓いましょう」


 ブルーノは体ごとレアに向き直り手を取り跪いた。その瞬間、山賊がブルーノに向け鉈を振り下ろそうとしていることに気づいた誘使は間に割り込み鉈を剣で受け止めた。


「無粋なことすんなよ。騎士の誓いだ」

「知ったことか。隙を見せるほうが悪いんだ」


 身長は互いに同じくらいだが、体格は山賊のほうが誘使より一回りは大きい。しかし誘使は難なく鉈を受け止めることができていた。受け止めた衝撃で手が痺れてはいたが、力負けはしていないことに内心驚いてはいたが好都合であるこの状況で理由はどうでもよかった。




 少し離れたところでユミルは戦闘の様子を見ていた。この場にいる人間には自分は知覚されていない。あの騎士とユミルの腕の中であえいでいる妖精には視えているだろうけど、二人は敵ではないから問題ない。


「ユージ。ユージなら。私を、私達を助けてくれる?」


 ユミルのつぶやきは誰にも届くことはなく虚空へと消えた。

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