第三話 目覚め
「マジか、マジだな。あぁ、マジみたいだ畜生」
誘使が目を覚ました時、風景は様変わりしていた。
目に映る風景は借りていたアパートではなく、正面は何もない草原。首をまわしてあたりを見渡してみても建物一つなく、背後には鬱蒼とした山があるだけだ。
顔を抑え空を仰ぐと、そこには照り付ける見た所いつもと変わらない太陽が誘使を見下ろしていた。
「どれだけ寝てたんだ俺は」
ここに来るまでは、深夜三時ぐらいだったはずだ。太陽の照り付け方から今は昼ぐらいに感じる。
樹木に背を預け座り込んだまま誘使はもう一度あたりを見回す。
「ユミルはどこだ? ユミル、いるのか?」
誘使の問いかけに返事は帰ってこない。
誘使はユミルを探すべく立ち上がった。幸い体の痛む場所はない。腕にはめられた腕輪は輝きを失っていたが、刻まれた紋様が紅く光っていた。
ここがどこだかわからないが、光に包まれて移動してきたことだけは理解できた。
現在の誘使の装備はシャツ一枚とジーパン。靴どころか靴下もない素足。そして謎の腕輪。冬どころか、秋口も越せるか怪しい。こんなところに連れてきた張本人も見当たらない。誘使は頭をガリガリ掻きながら歩きだした。
少し歩くと道と呼べる程度の舗装はしてあるようで、車輪の跡がついた道を見つけることができた。
「荷車の跡か? とりあえず、これの後を追えば人のいるところには行けそうだが」
道の先を見てみるが見える範囲では建物はない。どれだけの距離を歩けばたどり着くのか想像もできない。裸足で踏破できる自信もなく、それに、ユミルのことも気になる。
どうしたものかと誘使が悩んでいると――
「誰か、誰かたすけて!」
と、女性の叫び声が聞こえてきた。
「……人はいるみたいだな」
誘使は声のする山の中へ足を踏み入れた。
茂みをかき分けながら進んでいると、少し開けた場所で三人の男が若い女性を取り囲んでいるのが見えた。男達が刃物を持っていることを確認した誘使は気付かれないように息をひそめる。奥には馬車が横転している。信じたくはないが、山賊というやつだろう。馬車の近くには全身鎧を身に着けた騎士だったものが倒れている。どうやったのかはわからないが、鎧は傷ついていないのに血だまりができていた。
――まずいな。逃げるか?
山賊達がなにをしゃべっているかわからなかったが、下卑た笑い声が聞こえてきた。このままだと、あの女性はよくて慰み者、最悪、殺されるだろう。とはいえ、誘使は素手、あっちは鉈のような刃物を持っている。倒れている騎士の実力はわからないが、全身鎧を着た騎士を殺すことができる力を持っていることは確かだ。
――よし、ここはにげっ!?
気配を悟られないように誘使が踵を返すと、顔に何かがぶつかった。
驚きはしたが山賊たちには気付かれなかったようだ。
何にぶつかったのかというと、目の前には金髪で胸と腰に布を巻いたおり、背中にはトンボの羽のようなものをはやしている掌ほどしかない少女が飛んでいた。
「はわわっ、ぶつかってしまいましたぁ。いつもならすり抜けるのに」
誘使は眉間に皺を寄せた。見るからに妖精といった少女が目の前で鼻を両手で押さえながら飛んでいる。いよいよ、ここが日本どころか地球ですら怪しくなった証拠が出てきてしまった。幽霊を幾度となく見てきたことのある誘使だったが、妖精や精霊の類は見たことはない。
「おにーさんすごいね! プラリネが見えるんだ。しかも触れる!」
放心している誘使をよそに妖精は口元に手を当てながらしゃべりかけてきた。
――プラリネという名前なのか? いや、今は逃げないと。
目の前の生物は気になったが、今はそれどころではない。一刻も早くこの場を離れなければ巻き込まれてしまう。
すぐにでもこの場を離れようとした誘使だったが、妖精の登場に思いのほか動揺していたからか、ガサリと茂みに足を突っ込んでしまい音をだしてしまう。
「誰だ! 誰かいやがんのか!」
「……まずったな」
「怖そうな人が来るよ! ねぇ、おにーさん。危ないよ!」
誰のせいだと心の中で悪態をつきながら、とりあえず身を潜める。山賊の三人のうち一人がこちらを探査にきていた。三人の中で一番細身の体躯だが、手にはナイフが握られている。
――不意打ちならやれるか?
そう考えるが、殴って昏倒させられるイメージがわかない。生まれてこの方、殴り合いの喧嘩をしてきたことのない誘使には、自分の攻撃力は未知数だった。かといって、漫画やゲームのように殴って気絶させることができると思うほど、体を鍛えていないのは誘使自身が百も承知していた。前蹴りでも使えば吹き飛ばせはしただろうが、周りは草木が生い茂り、蹴りが出せるような地形でもない。しかも、裸足で草むらに足を踏み入れたせいで、裂傷しているようだ。せめて、棒でもあればとあたりを見回してみるが、都合よく使えそうなものは落ちていなかった。
――万事休す。ってやつか、一か八か殴ってみるしかないか。
覚悟を決めるため、大きく息を吸い込み誘使は拳を強く握り茂みから飛び出した。
「オラァ!」
突然飛び出してきて驚いている山賊に誘使の拳は頬に突き刺さった。
――やったか?
しかし、山賊は数歩たたらを踏んだだけで、気絶どころかダメージを追わせられたようには見えない。
「なんだてテメェ!!」
「やばっ!?」
まずいと思った時には、誘使の体は浮遊感に襲われ、どちらが下か上かもわからない状態になったかと思うと、背中に衝撃が走った。どうやら投げ飛ばされたらしい。肺の中の酸素がすべて外へと逃げていく。
何とか呼吸を整え前を見くと、山賊に囲まれていた。体格はいいが鈍そうなの山賊は女性を取り押さえ、細身の男と屈強な男が誘使を値踏みするように見下ろしていた。
「かしらぁ、こいつ見たことない服ですぜ。貴族ですかね」
「さぁな、みすぼらしくはないが、豪奢って感じでもねぇな。まぁ、貴族のことは貴族に聞くことにしようか。なぁ、ねぇちゃんこれは貴族の服なのか?」
女性は男に両手を拘束されたまま、怯えた表情で誘使を確認する。
「し、知りませんわ。私もこのような衣服見たことがありません」
「ちっ、まぁ、火種ぐらいにはなるだろ。始末するか」
山賊の頭と呼ばれていた屈強な男が、誘使に向けて腕を突き出す。鉈の握られたその指には紋様の刻まれた指輪がついていた。ユミルに着けられた腕輪と同じような紋様のついた指輪は突如光を放ち、誘使と山賊の間に蜃気楼のようなものを生み出した。
「本当に、大魔導士様々だな。俺らみたいな資質がない人間が知識なしに魔法が打てるなんてよ」
目の前に広がっている蜃気楼はどうやら魔法らしい。触れてはいけないと本能的に理解できた。全身から汗があふれ出すが、誘使は現状の不可思議なことの連続や、打ち付けた背中の痛みもあり動くことができなかった。
「小僧この魔法はな、衣服を傷つけずに肉体だけを切り刻む魔法だ。俺達におあつらえ向きな魔法だろう? ちと、血まみれになっちまうのが欠点だが、この魔法の前じゃ、鎧も意味をなさない最強の魔法だ。これを手に入れたのは――」
優越感からか話を続ける山賊に命の危機を悟った誘使は後ずさりしていた。しかし、すぐに下がる場所がなくなってしまう。誘使の背中にはこと切れた全身鎧の騎士がいた。むせかえるほどの血の匂いから、胃液を吐き出しそうになる。そういえば、ここに連れてこられる前からしばらく食べ物を食べていなかったなと、誘使はどうでもいいことを考えていた。
「おっと、ここで逃げられてもつまんねぇ。じゃあな小僧、出てこなければ死ぬこともなかっただろうによ」
山賊が拳を強く握りこむのが見えた。それと同時に魔法の蜃気楼がゆっくり誘使のほうへ進んできている。山賊の下卑た笑みが見えた。
――死ぬな、これは死ぬだろうな。ちくしょう。
突然の理不尽さに怒りを覚えながらも両眼をつむった誘使だったが、一向に痛みも衝撃も襲ってくることはなかった。恐る恐る目を開けてみると――
「おにーちゃん、次は、無理かも。魔法の腕輪持ってるんだから、魔法使えるんでしょ? なら、はやくこんなの倒しちゃってよ!」
妖精の少女が誘使の前で蜃気楼を全身で受け止めていた。少しずつ霧散していく蜃気楼だったが、すべてが消えた時、妖精もゆっくり地に落ちていった。
「なに? ミスっちまったか? まぁ、鎧野郎殺すのに連発しちまったからな、指輪の力が弱まったか、それとも小僧も魔法が使えるのか?」
山賊達には妖精が見えていないらしい。妖精は地面にへたり込んであえいでいるのが見えた。どうやら命に別状はないみたいだ。
山賊からしたら誘使の目の前で魔法が消えたように見えただろう。
誘使は腕輪を見つめた。
紋様は淡く紅色に光っている。一か八かでも魔法が使えればいいが、使い方は全く持ってわからない。山賊はまた新たな魔法を使おうとしている。指輪が輝き、先ほどより一回り大きな蜃気楼が生み出されていた。
「くそっ、なんとかなれぇぇぇぇ!」
誘使は腕を振り上げながら叫ぶ。すると腕輪が紅く一緒光り輝いたが、すぐに消えてしまった。今まで光っていた紋様も今は輝きをなくし真っ黒になっている。
「やっぱり、小僧も魔法を使うのか? 余計なことをされる前に、死ね!」
山賊から蜃気楼の魔法が射出される。しかし、またもやその魔法は誘使に届くことはなかった。
「ユージ、違う。それだと魔法は打てない」
どこから現れたのか、誘使の前にはユミルがいた。無表情のまま立ち尽くしたユミルの正面で蜃気楼は霧散した。
「ユミル! お前どこにいたんだ!」
「ユージ、魔法は、願って打つの。あなたの思いが魔法になる」
ユミルは誘使の手を掴む。
「ねぇ、ユージの魔法を見せて」
重ねられた手は、初めて握ったときの温度のない無機質な手ではなく、柔らかく暖かかった。
「魔法消せるんなら、お前が俺を助けてくれればいいだろ」
「ダメ。今、力を使いすぎると、私が消えてしまうから」
「あぁ、もうわかったよ。俺が何とかするしかないんだな」
ユミルの手を放し、腕輪を包み込みこむように握る。この格好に意味はなかったが、なんとなく集中できる気がした。
思い、願い、そんなものは決まっていた。誘使は叫ぶ。
「俺を、助けろぉぉぉぉぉぉ!」
現状を魔法に縋る意味合いでの叫び。その叫びに呼応するように、腕輪は視界を失うほどに光を放った。
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