第六話 生命

「よかったのか? レア、だいぶ落ち込んでるぞ」


 山賊の襲撃を撃退した後、誘使たち一行はレアの屋敷に戻るため馬車に乗り街道を歩いていた。馬車を引く馬は襲撃時に逃げ出してしまったので今馬車を引いているのはブルーノである。鎧に革の紐を巻き付けており、乗り心地はお世辞にも良いとは言えない。誘使は本来なら馬の手綱を握る運転席で膝に頬杖をついて座っている。横には腕を絡ませてユミルがくっついている。相変わらず重みはない。妖精は誘使の頭に腰かけ足を揺らしている。レアはブルーノの解雇発言によりふさぎ込んでしまっているので、二人っきりは気まずいと思いこの場所へ逃げてきたのだ。レアは誘使の背中にある箱形の座席の中にいる。首を回せば窓から中が見えるが、目が合ってしまうと気まずいので今は無視することにしていた。


「よいのだ。お嬢様は聡明なお方だ。すぐ納得していただけるだろう」

「頭ではともかく、心はそう割り切れるものでもないと思うけどな。まぁ、俺のせいなんだが」


 誘使は腕輪のついた右腕を見つめる。いつの間にか腕輪の輝きは消え、今は薄汚れた腕輪にしか見えない。しかし、ブルーノはいまだに動いている。魔法の効力がどこまで続くのか誘使にはわからない。今この瞬間にもブルーノが消えてしまう可能性もある。あの時は無我夢中で魔法をどうやって発動したかもわからない。わからないことが多すぎる。と、鼻から現状を嘲る笑いが出た。


「わからない事と言えばだ」

「わわっ」


 誘使は頭に乗っかっていた妖精を掴む。全長十五センチ、プラリネと名乗り、羽をはやした少女の姿をした何か。まじまじと見ても、人形が動いているような違和感しかない。掴まれているプラリネはなぜか、両手を頬に当て首を振っている。


「おにーさん。そんなに見つめられるとプラリネ恥ずかしいですぅ」

「うるさい。なぁ、ブルーノ。ブルーノにはこいつ見えてるのか?」


 ブルーノにプラリネを突き出すがブルーノは背を向けたまま答える。


「ああ、見えているとも。横のお嬢さんもな」

「おおっ! ヨロイさんもプラリネが見えるですか?」


 興奮した様子でプラリネが誘使の手から離れブルーノの周りを旋回している。ブルーノはプラリネもユミルも見えているらしい。くっついているユミルはそんなことはお構いなしか想定済みなのか、特に反応は示さなかった。


「まぁ、そこの妖精はともかく、ユミルとブルーノは霊なんだし、見えても不思議じゃないか」

「妖精じゃないですぅ。私はプラリネですよぉ」


 間延びするしゃべり方をしながらプラリネは誘使の眼前に戻ってきた。ユミルといいレアといい自分の名前を主張するやつが多いと誘使は思った。

 自身の名前、三珠誘使。御霊を誘い使う。名は体を表すというが、概要はわからないが、自分が使った魔法は命を冒涜している気がした。

 ふと横を見ると、しがみついていたユミルがじっと見つめていることに気づく。碧眼の吸い込まれるような瞳が誘使を貫く。その表情は怒っているわけでもなく、心配をしているわけでもなく、喜んでいるわけでもない。どういった思いがあるのか誘使には読み取ることはできなかった。


「どうした?」

「大丈夫。ユージの魔法はいい魔法だから」

「よくわからんが、ありがとう。これから理解して向き合っていくことになるだろうさ。ユミルの目的を考えれば、俺はこの力のすべてを理解しないといけないだろうしな」


 その言葉を聞いてユミルは破顔したままさらに誘使にしがみついた。


「うん。待ってる」


 脳内に響く喜びに満ちたユミルの声を感じながら誘使は空を見上げる。日はまだ高い。


 ゆっくりと街道を進む誘使達。いくらブルーノが大男とはいえ、その歩幅は本来馬車を引いていたであろう馬には遠く及ばない。地面は舗装されているとはいえ、草が刈られ、大きな岩がない程度で、むき出しの地面の道のため馬車は結構な頻度で上下に揺れていた。出発して一時間は立っただろうか、依然、周りは草原と山しかない。硬い木の板の上に長時間座り、さらにはこの揺れで誘使は尻が痛くなってきていた。


「ブルーノ。あとどれくらいで街に着くんだ?」

「今は丁度、中間くらいだ。このペースでも夕暮れまでには到着できるだろう」


 その言葉にうへぇと嘆きが出た。日の高さから最低でも後二時間以上はこの乗り心地最悪の馬車に揺られなければならないようだ。ユミルはしがみついたまま寝息をたて眠っている。幽霊であれば座り心地も何もないだろうし、少しうらやましく思った。それにしても幽霊も寝るのか、ユミルが特別なだけだろうか。その問いの答えが見つかることはなかった。

 プラリネはブルーノと意気投合したのか、ブルーノの肩に乗り何をしゃべっているかは聞こえなかったが、ひっきりなしに話しかけているようだ。

 尻の痛さを緩和するためしきりに座りなおしているとコンコンと背後から音が鳴った。振り返ると、覗き用の窓から叩いているようだ。音に反応して振り返ってしまった誘使は音を鳴らしている人物、レアと視線が交差する。レアは手招きしてきた。誘使は自分の顔を指さすと、レアは頷いた。どうやら誘使を呼んでいるらしい。




「いい加減落ち着いたか?」


 箱形の座席に移動した誘使は中にいたレアと向かい合う位置に座った。背後の窓からはブルーノの背中が見える。腕にはユミルもくっついてきているが、重みもないので移動に支障もなく、ユミルが馬車に触れても突き抜けるだけでいまだに眠っている。今はこれは無視しようと思う。


「ええ。お見苦しい姿を見せましたわ」

「いや、俺は構わないんだが。俺に何か用があるのか? まぁ、見当はついてるが」


 その質問にレアは一度唇を強く嚙んだ後、誘使と目を合わせた。その瞳は揺らいでいる。頭で半ば理解している真実を知っていいのか自信がない。あり得ない可能性だとしても、奇跡が残っているならばそれに縋っていたい。覚悟を決め、レアはゆっくりとしゃべりだした。


「……ブルーノは助かりませんの?」

「そうだ。ブルーノが生き返ることはない」


 誘使は間髪入れずに答える。レアに動揺が見て取れたが取り乱すことはなかった。


「……ユウジの魔法でも無理なんですの?」

「俺は、生まれて初めて魔法を扱った。ブルーノが今動いているのは俺が魔法を使った結果なんだろう。俺自身、どんな魔法を放ったのか理解してないし、今も実感はないが、これから俺が今より魔法をうまく扱えるようになったとしても、これだけは言える――」


 酷であるかもしれないが、これは伝えなければならない。


「死者が蘇ることはない」


 幽霊を見ることのできる誘使には感覚的にではあるが、幽霊か生者かを見分けることができる。ユミルは幽霊だが触れ合っている時だけは、生きているのか、死んでいるのかよくわからない。感化が曖昧になっている。ユミルは本人の言う通り、体があれば生き返るのかもしれない。どういった経緯で生まれたかわからない不思議生物のプラリネは今は除外しよう。しかし、ブルーノは今まで見てきた幽霊と同じ感覚しかない。もし、肉体が生きていたならば生き返れた可能性はあったのかもしれないが、誘使が到着したときにはブルーノはもう死んでいた。生き返らすことはできない。


「レア。俺は魔法のことなんかまったくわからないが、この世界には人を、動物でもいい。生物を蘇らせる魔法は存在するのか?」

「……傷を癒すことはできますわ」

「傷を治すことと、死者が生き返るのは全く別の問題だ。わかるだろ?」

「……ありませんわ」

「それが答えだ。俺が人を蘇らせることのできる初めての人間でもない限りは、そんな魔法は存在しない。絶対とは言わないが、俺にはそんなことはできない」

「では、何故ブルーノは今、馬車を引いているんですの!」


 何とか冷静さを保っていたレアだったが、現実を突きつけられてか語気が荒げだしてきた。誘使は一度深呼吸をしてレアに話しかける。


「この世界だと、死んだ人間はどうなると言われてる?」

「……神の御心の元に還ると言われてますわ」

「そうか、俺の所とまぁ、同じだな。レア、俺の魔法はその御心に還ろうとした魂を引き留めているんだ。俺を助けさせる為に魂を縛り付ける浅ましい魔法。蘇生とは違う」

「……ブルーノはいつ消えてしまうんですの?」

「さあな、今この話している瞬間にも消えてしまうかもしれないし。ブルーノが願えば消えるのかもしれない。俺が死ぬまで消えないかもしれない」


 首をまわし窓からブルーノの姿を見る。確証はないが今すぐに消えてしまうということはなさそうではある。しかし、誘使は気付いた。ブルーノの姿が二重にぶれている。動いている鎧と霊体の姿が乱れ始めていた。


「もし、仮にユウジが死ぬまでブルーノが動き続けるのであれば、それは生きているのと同じではなくて?」

「……レア。今お前の目にはブルーノはどう映っている?」

「……馬車を引いてますわ」

「そうか。いま、この空間には俺とお前しかいないな?」

「何を言っているんですの? こんな狭い場所にほかの人がいたら気付きますわ」


 レアにはブルーノの異常もユミルもプラリネも見えていない。おそらく、ブルーノの霊体が鎧から離れた時、鎧は崩れブルーノではなくなってしまうだろう。幽霊を視認できないレアにはその時が、最後の別れになる。陰鬱な気分だ。自分で蒔いた種ではあるが、レアには伝えなければならない。


「レア。ブルーノが動いていられるのは、あと数日だ」


 その言葉にレアはまたもや絶句することになった。

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ただ普通の死霊使い 本山昴 @infinty-p

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