第五話 誓い

 山賊の頭、カシムは表情には出さなかったが、内心今起こっている状況に頭がつてきていなかった。


 明らかに自分より非力そうなガキに鉈を受け止められた事。

 殺したはずの護衛の騎士がいまだ目の前に立ちはだかっている事。

 魔法が通用しなかった事と、不可思議な状況が津波のように押し寄せてきている。


 自分の鉈を受け止めている飛び出してきたガキは押してもびくともしない。まるで巨大な岩を相手にしているのではないかと錯覚してしまいそうなほどだ。しかし、力負けしそうな雰囲気もない。そのチグハグな状況がさらに頭を混乱させていた。


 簡単な仕事のはずだった。貴族の嬢ちゃんが一人の護衛で街を離れる話を聞いてそれを襲い、金品を奪う。可能であれば、人質にして金をゆする。ただそれだけだったはずだ。首尾だけで言えば上々で事は運んだ。まず馬車の動きを止める。不可視の魔法は速度も精度もない。人の小走り程度の速度で真っすぐにしか飛ばすことはできない。だからこそ当たれば必殺ではあるのだが、戦闘向きではない。馬車に魔法を連続に打ち込み嬢ちゃんを確実に殺し、荷物だけを奪うつもりだったが、騎士は直感か何かで魔法をすべて正面から受け止め死んだ。流れが来ていたはずだった。だが、現状はどうだ。子分は委縮して役に立たない。目の前のガキは未知数で、魔法は通用しなかった。何かしらの防護魔法を使っているのだろう。武器での攻撃を当てればなんとでもなるだろうが、問題は騎士のほうだ。嬢ちゃんを救出したときの身のこなし、相当の重量があるであろうハルバードを軽々しく扱う膂力と技量。さらに、体を霧にして移動する魔法。今の不意打ちで傷を負わせられなかったのは相当にまずい状況だった。


「チッ、くそが!」


 悪態を口しながらカシムは誘使を突き飛ばすようにして距離を放す。後ろに飛び退ることはできたが、誘使の刀身は揺れることもなく立ち尽くしたままだった。その様子を見てカシムはもう一度舌打ちが出た。あの剣も魔法の力を帯びた武具の類である可能性が高い。ともなればいよいよ勝ち目がない。不意打ちをされないよう睨みをきかせ威嚇していたが、カシムの頬には汗が滴りちていた。


「すげぇな、この剣」


 羽のように軽く、攻撃を受け止めても力負けしない剣を誘使は軽く振りながら眺めた。見た目は実戦用というよりは、儀礼用といった感じである。そもそも刀身が細く、長すぎて普通に打ち合えばすぐに折れてしまうだろう。普通の剣ならば先ほどの鉈を受け止めた段階で折れている。幽霊からもらった武器なのだから、不思議な力が宿っているのかもしれないと考えていた所に誓いを終えたブルーノが誘使の横に並び立つ。


「ユウジ、ありがとう。君の行いは騎士の精神を貴ぶものだった。礼を言う」

「気にするな。ただかっこつけただけだ」

「はっはっは。それもよし。後は私に任せてくれ」


 鎧の金属音を鳴らしブルーノは一歩進み出る。


「ブルーノ! そんな野党なんぞ軽くひねってしまいなさい!」


 後方を見れば、木を盾にしてレアが声をあげていた。その横にはユミルもいる。ユミルの腕の中には妖精もいるようだ。誘使に対してのんきに手を振っているのが見えた。


「承りました。すぐに終わらせますゆえ、少々お待ちください」


 その言葉とともに、ブルーノはハルバードを構え踏み込む。

 雷鳴の如く早い突きの攻撃はカシムとの距離を瞬きをする間もなくゼロにした。甲高い金属音が響き渡る。カシムはブルーノの突きを鉈で払いあげるようにしてかわしていた。ハルバードが宙に舞うが、ブルーノはそのことなど織り込み済みのようで、ハルバードを手放しカシムに肩から体当たりし吹き飛ばした。数メートル吹き飛ばされたカシムだったが致命傷には至らなかったようですぐに起き上がる。ブルーノは手放したハルバードを拾い構えなおした。またもや二人の武器が音をあげ始めた。


 二人の戦闘を見て誘使は自分は参加しないでよかったと胸をなでおろしていた。攻撃を受け止めた時、もしかしたら役に立てるのではないかと思っていたのだが、次元が違う。ブルーノが押しているように見えるが、カシムもリーチの差があるにも関わらず、致命傷を抑え反撃も行っているのが見え防戦一方という状態ではない。とてもあの中に入って役に立てるとは思えなかった誘使はレア達と同じ場所まで下がり様子を見ることにした。


「たしか、ユウジでしたわね。貴方は参加しませんの?」

「馬鹿言え。あそこに入っても邪魔になるだけだ」

「情けないんですのね」

「お前、馬鹿に――」


 やけに煽ってくるレアに苛立ちを覚えた誘使だったが、よく見ればレアは俯き、誘使の服の裾を掴み、その全身は震えていた。


「……ブルーノは勝ちますわよね?」


 さらには声も震えている。俯いていて顔は見えなかったが瞳には涙もたまっているのかもしれない。誘使は服を掴んでいる手に手を重ね握る。横にいるユミルが何やら恨めしそうな表情で睨みあげてきていたが無視した。


「お前の騎士だろ。主人が信じてやらないでそうするんだ。言われただろ、胸を張れ。あいつは、今、お前のために戦ってるんだぞ」

「私は、お前じゃないですわ」

「そうか」

「私は、レア。ディオネの娘レアですわ! ユウジ」

「そうだレア。お前が信じなきゃあいつが浮かばれない」


 涙の飛沫を飛ばしながらレアは、再度胸を張り正面を向いた。握られた手に力が込められている。誘使も反対の手に持った剣を強く握りなおした。


 依然ブルーノたちの攻防は続いている。ぶつかり合う金属音が鳴り響き戦況は一進一退の状況が続いていた。ブルーノの全身鎧は所々陥没している。カシムも傷を負ってはいるが、どちらにも致命傷は与えられていない。時間にして数分の出来事ではあったが、少しずつ戦況が変わり始めていた。カシムの息が上がり始めている。ブルーノは全身鎧を身に纏い重量のあるハルバードを振り回しているが疲れを感じさせない。魔法で黄泉帰りし、霊体になったブルーノに疲れなど存在しないのかもしれないと誘使は思った。薙ぎ払う様に振り回されるハルバードをカシムは体捌きでかわし、鋭い突きは武器で受け流しながら戦っている。傍から見ても相当な技量であるのは間違いない。だが、ブルーノの連撃は止まらない。重量のあるハルバードを振り回しながらも体が振り回されることもなく、右へ左へと先端を揺らすように、そして単調にならないように一歩下がったかと思うと突きを繰り出す。踊るように戦うブルーノの姿に誘使が見惚れていた時、戦況が動く。連撃を繰り返していたブルーノがハルバードを大きく横に薙ぎ払ったが、その攻撃は回避されバランスを崩してしまう。カシムはその隙を見逃すわけもなく、鉈を両手で持ち首に向け全力で水平に薙ぎ払う。


「死にやがれこのクソ野郎!」

「ブルーノッ!」


 レアの叫びが横で聞こえたが、誘使にはなぜか危機感を覚えなかった。ブルーノが全身鎧を着ているから大丈夫であるとか、考えが追い付かなかったわけではなく、なぜだかわからないがブルーノが次にとる行動が理解できていた。


「大丈夫だ」

「え?」

「ブルーノは負けない」


 言葉をすべて言い終わる前に、今までより一層大きな金属音が鳴り響く。それは、ブルーノの鎧が砕かれた音ではなく、カシムの鉈が砕かれた音。ブルーノはバランスを崩したのではなく、横に振り払ったあと一回転し、カシムの鉈にハルバードをぶつけたのだ。遠心力のこもった一撃は鉈の上半分を砕きカシムの手から弾き飛ばした。カシムは今の衝撃で手を痛めたのか、腕を抑えている。その眼前には鋭くとがったハルバードの先が突き付けられている。決着がついたようだ。


「もう二度と私達にかかわるな。間違ってもお屋敷を襲うなんて考えるなよ……いけ」

「クソがっ!」

「か、頭ぁまってくださいよぉ」


 カシムたちが逃げていく。それを見て誘使達は急いでブルーノに駆け寄った。


「よかったのか? あいつらはお前自身の仇だろ?」

「よいのだ。私が復讐すればお嬢様に危険が及ぶ可能性が高い。それに私の仕事は人殺しではなく、お嬢様をお守りすることだ」

「ブルーノよかったですわ。さすがディオネ家の騎士ですわね」

「もったいないお言葉です。それではお嬢様、褒美というわけではないですがお願いがあるのです」

「なんですの? 褒美なら屋敷に帰ってからなんでも与えますわ」

「私を、解雇してほしいのです」


 ブルーノの願いにレアは衝撃を受けたようで口を開けたり閉じたりしながら次の言葉を紡ぐことができない。ブルーノはレアの前に跪き、頭を垂らした。


「これが、私の最後の仕事でございます。レア様。本来なら成しえなかったことをユウジが奇跡を起こしてくれただけに過ぎないのです。私の体はもう動くことはない。この鎧の中には私の亡骸しかないのです。もう、お嬢様とお呼びし、お守りすることはかなわないのです」


 レアは何も言葉を紡ぐことはできなかった。

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