5話
久賀君のパティシエになりたいという夢を応援した時のことは思い出した。
けれどここでハッと我に返る。話していたのは、どうして私なんかを好きかと言う事だったはず。
「まさかとは思うけど、それだけの理由で?」
「だけ、じゃないかな。きっかけはそれだったけど、それから長谷さんの事が気になって話すようになって」
ああ、そう言えば久賀君が話しかけてくるようになったのって、それからだったっけ。
「勉強もあるのに、俺が声をかけると必ず答えてくれたし」
「そりゃあ、話しかけられたんだから。無視なんてできないよ」
「あと、話してると楽しかった」
「私と話しても楽しいことなんて無いと思うけど」
「そんなこと無いって。でも、ちょっとムカつく事もあるよ。悪口言われてるのに平気な顔して、俺は腹が立ってるのに慣れてるからって片付けようとして」
「……ゴメン」
シュンと肩を落とす。たしかに心配してくれたのに、そんな態度では失礼だったかも。すると久賀君は慌てて言った。
「ああ、でもそんな所も含めて、やっぱり長谷さんの事が好きで。力になりたいって思ってるんだけど、ダメかな?」
「それは…ダメと言うか…」
混乱する頭をフル回転させて考える。勉強はできるくせに、こういう時期の聞いた事の一つも言えない自分が憎らしい。
「でもそれじゃあ、久賀君の負担が一方的に増えるんじゃ」
「いいんだよ。俺が好きでやる事なんだから。いや、少しは見返りが欲しいかもしれないけど」
「見返り?」
「うん。長谷さんと付き合いたいって言う見返り」
「付きっ、合う——ッ!」
ボンっと顔が熱くなり、またも頭の中がグチャグチャになる。付き合いたいって、買い物に付き合うとかじゃなく、彼氏彼女になりたいってことだよね。
「もちろん嫌なら無理にとは言わないけど」
久賀君が不安そうな目を向ける。どうしよう、こんな時どう答えたらいいかなんて、教科書にはのっていなかった。
けど、このままじゃいけない。ちゃんと答えるんだ、自分のありのままの気持ちで。
私は大きく息を吸い込むと、意を決して言った。
「私、勉強以外何もできないし、付き合うとかよく分からないけど久賀君が、そんな私でも良いって言うなら……」
「うん!」
「友達からお願いします!」
「——ッ⁉」
とたんに久賀君が胸を押さえた。あれ?何だかショックを受けているみたい。
「もしかして俺、今まで長谷さんに友達認定されてなかった?」
「えっ……違う!ちゃんと今までだって友達だって思ってたよ!」
必死になって説明すると分かってくれたのか、久賀君はホッと息をついた。
「うう、ごめん」
「いや、良いって。そういうところも含めて、俺は長谷さんが好きなんだから」
そう言ってポンと私の頭に手を置いた。
何だろう。小さな子供でもないのに、こうして頭を撫でられると、何故かとても心地良い。
のちに分かったことだけど、どうやらこれは『頭ポン』と呼ばれる、女の子憧れのシチュエーションらしい。まあそれはともかく。
ひとしきり頭を撫でた後、久賀君は手を放してニッと笑う。
「俺は長谷さんの事情とか、全く知らない。けど、そういう事教えてほしいって思ってるし、嫌がらせを受けているのなら力になりたい。友達って、そういうものだろ」
「それは…久賀君がそうしてほしいのなら…」
「だから俺がどうかじゃなくて、長谷さんはどうしたいの?俺に身の上話をしたり、悩みを相談するのは嫌?」
「別に嫌と言うわけじゃ……」
「あと三秒で答えて。三…二…一……」
「い、嫌じゃない!沢山お話させてください!」
何故か最後は敬語になってしまい、心臓がバクバクなっている。一方久賀君はとても満足そう。嬉しそうなニコニコ顔だ。
「とりあえず、ここは寒いから。話すならスタバにでも入る?えっと、長谷さんって、寄り道とか大丈夫?」
「したことは無いけど、平気。別に禁止されてるわけじゃないから」
「それじゃあ、来てくれるかな。お姫様」
そう言って手を差し出され、私はそっとその手を取る。あれ?友達ってこういう冗談を言い合ったり、手を繋いだりするものだったっけ?いたこと無いからよく分からないけど、何だか違う気がする。事は友達というより、まるで恋び……
「どうしたの?」
「ひゃあ!」
不意打ちで顔を覗き込まれ、思わず悲鳴を上げてしまう。図々しい妄想を読まれたような気がして、顔が真っ赤にっていくのがわかる。
「何でもない。何でも無いから」
「そう?それは残念」
何が残念なのか。久賀君は答えてくれなかった。だけどなぜか、繋いでいる手がだんだんと熱くなって行ってる気がする。
(久賀君と友達、かあ)
意識すると、何だかこそばゆい。だけど悪い気はしない。
木枯らしが吹くも何故か温かい。そんな冬の日の出来事だった。
ぼっちの私にかまう彼 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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