4話
放課後、家に帰ろうとしたところ、下駄箱で久賀君を見かけた。すると向こうも私に気付くなり、おもむろに手を振ってきた。
「今帰り?だったら途中まで一緒に帰らない」
「一緒に?」
これには一瞬迷った。別に久賀君と一緒にいるのが嫌だと言うわけじゃないけど、昼間私のせいで彼は悪口を言われたのだ。それを考えると、やっぱり気が引ける。だけど……
「ダメ?」
まるで小犬のような純粋な目で見つめられると、ダメとは言い辛い。
私は男子の格好良さとかが丸で分からないけど、久賀君が人気のある理由は何となく分かる。こんな目で見つめられたら、たいていの女子はつい彼の言う事を聞いてしまうだろう。
そして私も、所詮は女子という事。結局断ることが出来ずに、二人して下駄箱を出る事となった。
外に出たとたん強い風が吹いて、体を震わせる。今日は気温が低く、凍るような寒さ。こういう日は一刻も早く帰りたい。
そうして足早に歩いていたけど、校門を出てしばらく経ったところで久賀君が気が付いた。
「そういえば、マフラー付けないの?今朝付けてたよね」
不意に掛けられた言葉にギクリとする。けど私は慣れない作り笑いを浮かべて、彼を見た。
「大丈夫。そんなに寒くないから」
「いや、震えてるでしょ…何かあったの?」
久賀君が足を止める。何かに気付いた顔だ。お願いだから詮索しないで。もし何があったのか知られたら、きっと彼は気にしてしまうだろうから。
「何もないよ。本当に寒くないだけだから」
「なら、マフラー見せてよ。鞄の中に入ってるんでしょ」
「それは……」
これ以上誤魔化せそうにない。私は仕方なく鞄を開けて、中からマフラーを取り出す。もっとも、もうこれをマフラーと呼べるかは分からないけど。
「……なんだよ、これ」
彼の目が釘付けになる。そこにあったのは、切り刻まれてボロボロになったマフラー。
ここまでボロボロにされたのでは、もはや雑巾に近いかもしれない。だけど私は、わざと明るい声を出す。
「気にしないで良いよ、慣れてるから」
これは本当だ。教科書が破かれたり、持ち物が無くなったり、テストの後は本当に良くある事だった。たぶん、私の成績を妬んだ人の仕業だろう。最初はやっぱりショックだったけど、今ではもう何も感じなくなっている。
「慣れてるって…ちょっと待って」
久賀君は自分の付けているマフラーを外し、私に差し出した。
「これ付けて。見ているこっちが寒いよ」
いや、それだと今度は久賀君が寒くなるよ。でも久賀君は有無を言わせない雰囲気だし。私は素直にそれを受け取った。
「これって手編み?もしかして久賀君が作ったの?」
「まあ、家庭科部で」
「女子力高いね」
「——ッ!そう言うの今はいいから!」
久賀君は照れたようだけど、こういう事が出来るというのは尊敬する。
マフラーを巻くと、久賀君がじっとこっちを見つめてくる。
「もしまたこういう嫌がらせを受けたら、その時は相談してよね。そりゃあ、俺じゃあ頼りないと思うけど」
久賀君が頼りないとは思わない。けどそれとは別に、相談するとなると抵抗がある。
「でもそれじゃあ久賀君に迷惑掛かるよ」
普段から久賀君には良くしてもらっているのに、これ以上の迷惑はかけたくない。けど、久賀君は引く様子を見せない。
「迷惑じゃないって。どちらかと言うと、俺が頼ってほしいって言うか。そうしてくれたら嬉しいわけで。勝手な事言ってるのは分かってるけど……」
何が言いたいのかよく分からない。すると久賀君は顔を真っ赤にしながら、声を張り上げる。
「長谷さんの力になりたいの!長谷さんが慣れてるとか関係なく、俺が長谷さんが嫌がらせを受けているのが我慢ならないから!長谷さんの事が好きだから!恋愛的な意味で!」
ちょっと待って、何て言ったの?恋愛?
誰かに聞かれていないかと焦って、思わず周りを見る。幸い辺りに人影はなく、ホッとしたのも束の間。久賀君に視線を戻すと、真剣な顔で私を見ている。恋愛って何?聞き違いじゃないよね⁉
混乱する私を見ながら、久賀君がゆっくりと口を開く。
「そんなに驚く事?以前から結構アピールしてたつもりだったんだけど」
そんな、嘘でしょ⁉全然気付かなかったんだけど!
どうにも信じられずに、久賀君を見つめ返す。
「何かの間違いじゃないの?何で私なんかを」
「自分の事をそんな風に言わないでよ。ずいぶん前だけど、前に俺がパティシエになりたいって言った時のこと覚えてる?」
「パティシエ?ああ、一学期の頃の話?」
あの時の事ははっきりと覚えている。
アレはテストの少し前。このままでは成績が悪すぎて部活が出来なくなるから勉強を教えてくれと、久賀君が無きついてきたんだっけ。
それまで久賀君とは何の接点も無く、と言うか誰かから話しかけられる事自体が希だった私は大いに驚いた。だけど。
『良いよ。それで、どこが分からないの?』
それが私の答だった。人とはあまり喋らないけど、人嫌いと言うわけでは無い。久賀君の目があまりに真剣だったから、教えてあげようという気になったのだ。
そうして勉強を教えている最中、彼に聞いてみたのだ。どうしてそんなに部活をやりたいのかって。すると返ってきた答えは。
『俺、将来パティシエになりたいんだ。だから今のうちに部活で色んなケーキやお菓子を作って、色々練習したいんだよね。部活で作るのなんて趣味の範囲だけど、そこでしか学べないものもあるような気がするから、絶対に活動停止はなりたくないんだ』
そう語った時の目はとても輝いていて。自分に無いものを持っている彼の事をつい格好良いって思ってしまったっけ。
その時の事を思い出していると、久賀君は照れたように笑みを浮かべる。
「俺、パティシエになりたいって誰かに言うたびに笑われてたんだ。男がケーキ作るなんておかしいって。男のパティシエなんて珍しくないのに。けど長谷さんは笑わずに、良い夢だって言ってくれただろ。それが嬉しかったんだ」
「それは、確かに言ったとは思うけど……」
私にしてみれば、何故久我君が笑われなければならないのかが理解できなかった。やりたいことがあるというのがとても羨ましくて。
拙い言葉で背中を押した。私がしたのは、ただそれだけの事だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます