3話
テスト中は憂鬱だと皆は言うけど、私にしてみればテスト後の方がよほど憂鬱だ。だってもし結果が悪ければ、両親に何と言われるか。それがとても怖かったから。
成績上位者の名前が貼り出された掲示板を見ると、ホッとすると同時にちょっとだけ気持ちが沈んだ。一位の所には私の名前がある。それは望んだとおりの結果なのだけど……
「一位はまた長谷さんだよ。まあの人は他に取りえが無いからね」
掲示板を見ていた中の誰かが言った。私は聞こえないフリをする。
「勉強ばっかりして何が面白いんだか」
「確かに頭は良いけど、友達もいないなんて悲惨よね」
耳が痛い。だけど、言っている事は本当だ。私は勉強ばっかりしているつまらない人で、友達だっていない……
「長谷さん」
「ひっ!」
急に肩を掴まれ、思わず悲鳴を上げてしまう。ビックリして振り返ると、そこには久賀君の姿があった。
「く、久賀君」
まだ心臓がバクバク言っている。いつも思うけど、彼は背後を取るのが上手だ。いや、私が鈍いだけか。
「ごめん、驚かせて。けど、また一位なんて凄いよ。俺も長谷さんのおかげで成績上がったんだ。ありがとう」
何故だろう。彼はまるで、周りにアピールするように大声を出している。けど……
「あれって久賀君?」
「長谷さんと仲良いの?趣味悪っ」
何よそれ?
聞こえてきた声に珍しく腹が立った。しかし同時に申し訳なく思う。
私が悪く言われるのは別にいい。勉強しか取り柄が無いのは本当の事だ。だけど一緒にいるというだけで、久賀君まで悪く言うのはどうだろう?彼は優しいから、一人でいる私に気を使ってくれているだけだというのに。
しかし久賀君はそんな私の気持ちに気付いていないのか、そっと手を取った。
「行こう」
「えっ?ちょっと、久賀君」
手を引きながら彼は歩いて行く。もしかして、また気を使わせちゃったかな。ざわつく周りの声をスルーして少し離れた所まで行き、彼はようやく手を放してくれた。
「ごめん、急に引っ張ったりして」
「それ別に良いけど、久賀君こそ嫌じゃなかったの?あんな酷い事を言われて、気を悪くしなかった?」
「俺よりも長谷さんでしょ。もしかして、いつもあんな事言われてるの?」
「私は大丈夫よ。だって慣れてるもの」
「いや、ダメだろそれ!」
珍しく声を荒立てる久賀君。いつも笑っているイメージしかないから、これにはちょっとびっくりだ。
けど、なぜこんなに怒っているのだろう。彼が悪く言われた事を怒っているというのならはなしはわかるけど。。
「長谷さんは慣れてるかもしれないけど、俺は慣れてないよ。というか、慣れたくないよ。長谷さんが悪く言われているのなんて。ええと、つまり…」
彼は一呼吸置いて言った。
「長谷さんだって嫌でしょ!好きな人の事を悪く言われたら!」
一瞬頭の中が真っ白になった。好きな人、確かに久賀君はそう言った。だけど…
(分からない)
私に好きな人なんているだろうか。両親の期待に応えたくて勉強を頑張っていたけど、最近はその両親の事が好きかどうかさえ怪しくなっている。
良い成績さえとっていれば、とりあえず家での居場所は守れる。もしかしたら私は両親に対しても、ご機嫌取りをしているだけではないだろうか。
「あの、長谷さん」
友達もいない。家族の事も好きかどうか分からない。そんな私は、久賀君の言うように好きな人の事を悪く言われたら嫌かどうかなんて分からないのだ。
「本当に聞いてる?俺今大事な事言ったんだけど」
はっ、いけない。ちょっと考え込んでしまって、肝心の久賀君の話を途中から聞いていなかった。
「ごめん。ちゃんと聞いてるよ」
「良かった。俺の言ったことがどういう事か、分かってくれたんだよね?」
「うん。好きな人を悪く言われたら嫌だって話だよね」
「あ、うん。まあそうなんだけどね。肝心なのはそこじゃなくて…」
久賀君が何か言いかけたる。だけどその瞬間、休み時間終了を告げるチャイムが鳴りだした。
「いけない、急がないと。次の授業が始まっちゃう」
質問に答えるのはまた後だ。教室に向かい歩き出す。
するとその後ろから、久賀君が慌てたように追いかけてくる。
「ちょっと、長谷さん!俺の告白は?」
久賀君が何か叫んでいるけど、言っている事はよく分からなかった。ちゃんと聞いてあげたいけど、授業に遅れるわけにもいかない。
「ごめん、また今度で良いかな?」
「返事は保留…ってわけでも無いよね!絶対に何言われたか分かってないよね!何でこうなっちゃうかなあ!」
何だか酷く荒れた様子の久賀君。はっ、もしかしてさっき悪口を言われたのが、今になって気になってきたとか?
だけど生憎私は、こういう時に気の利いた言葉を掛けれるほど器用ではない。
(ごめんね久賀君。巻き込んじゃって)
心の中で手を合わせながら、私は廊下を歩いて行くのだった。
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