2話

 いつからだろう。私の両親は、私を成績でしか見てくれなくなっていた。

 学校や塾のテスト。事あるごとに数字を気にした両親は、私により良い成績を求めていき、私はそれに応えていった。いや、応えざるを得ないと行った方が正しいだろうか。


 前に一度、過度なプレッシャーと勉強疲れから、私は体調を崩した状態でテストに挑んだことがあった。けど、結果は散々。人生始まって以来の酷い点数を書かれたテストを返された時は、ショックで死ぬかと思ったくらいだ。


 だけど、本当にショックだったのはその後。却ってきたテストを見た私の両親は、思いつく全ての言葉を使って、私を責めた。

 普段の勉強が足りないからだ。体調を崩すなんてたるんでいる証拠だ。そんな言葉を浴びせられた私はその日から、前にも増して勉強に打ち込むようになっていった。良い成績をとらなければ、両親からも見放される。ただそれが怖くて。

 友達の一人もいない私は、勉強をして結果を出す事でしか自分を証明する手立てが無い。良い成績をとらない私になんて、だれも見向きもしてくれないのだから。



「長―谷―さんっ!」

「うわぁっ!」


 冬の寒い日の朝、登校中の私は不意に頬に温かい何かを押し当てられ、思わず足を止めた。そして恐る恐る振り返ってみると、そこには気まずい顔をした久賀君の姿があった。


「ごめん。まさかそんなに驚くとは思わなかった」


 そう言って久賀君は、手にしていたカイロを引っ込める。どうやらさっきは、これを頬に当てて来ていたらしい。まるで小学生のようなイタズラだ。

 けど、不思議と怒る気にはなれない。こんな風に砕けた感じで接してくれると、なぜだか心が楽になるから。


「大丈夫?怒ってない?」

「平気だよ。ちょっとビックリしただけ……ゴホッ、ゴホッ」


 急に咳き込んでしまい、巻いていたマフラーで口元を隠す。


「どうしたの?風邪?」

「ううん。ちょっと喉がおかしいだけ。少し前まで夜更かしする事が多かったから、ちょっと痛めたのかも」

「ああ、テスト勉強頑張ってたんだね。けど喉が痛むなら、これを舐めると良いよ」

 そう言って鞄からおもむろに何かを取り出した。これは、キャンデー?

『ハチミツとレモンとミントで作った自家製ののど飴。舐めたら楽になると思うから』

「自家製って、もしかして自分で作ったの?そもそもこういうのって自分で作れるものなの?」

「レシピさえ知っていれば割と簡単だよ。勉強の気分転換に作ってみたんだ」


 久賀君はたまにこうして、私の知らない事を教えてくれる。自分で飴を作るだなんて、勉強しかしていない私には無い発想だった。

 ん、でも待てよ。今さっき気になる事を言っていたような。

「気分転換って、そんなに簡単に作れるものなの?まさか飴を作っていて、勉強が疎かになっていたってことは無いよね…ゴホッ」

「ギクッ。ま、まあ良いじゃない。それより早く舐めなよ」

「……ありがとう」

 促されるまま私は、受け取った飴を口にする。瞬間、口の中に甘い味が広がっていく。

「凄いね、こんなの作れるだなんて。けど、せっかく勉強を見てあげたんだから、これで成績下がってましたってことにはならないでね」

「そ、それは大丈夫。元々下がるほど成績よくは無いし」

「それもどうかと思うけど」

 ジトッとした私の視線を受け、久賀君は目を逸らす。まあ良いけど。

 良い成績をとるのだけが全てじゃないってことは私も分かっている。まあ久賀君の場合、もうちょっとだけ頑張った方が良い気もするんだけどね。

「そういえば今日、順位が張り出されるんだったっけ。長谷さん、きっとまた一位だね」

「…だと良いけど」


 こういう時私は、肯定もしないけど否定もしない。ただそうであればいいと願うばかりだ。

 ああ、結果発表の事を考えると、とたんに胃が痛くなってきた。

 きっとこれは、寒さだけのせいじゃないだろう。学校についたら胃薬でも飲もうかな?


「どうしたの?顔色悪いけど」

「……何でも無い」


 私はそっけなく答えると、マフラーで表情を隠す。

 普段は不安がっている所を見られることくらいどうでも良いのに、何故か久賀君が相手だと見られたくないと思ってしまう。

 どうしてそう思ったのかは、全く分からないけど。

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