ぼっちの私にかまう彼

無月弟(無月蒼)

1話

 木枯らしの舞う冬の日、私はいつも通り二年一組の教室で参考書を広げていた。

 声をかける人なんていない。みんな私を、まるで存在しないかのように扱っている。別にその事に不満はない。もう慣れたから。


 勉強さえできればそれでいい。だって私は、そうする事でしか自分を証明できないから。

 勉強が好きなわけじゃない。好きじゃないけどやるしかない。そんな私はいつしか周りから孤立していて、誰からも話しかけられなくなっていた。


「長谷さん」


 今考えなければいけないのはこの間のテストでどうして満点を取れなかったか。きちんと復習して、二度と間違えないようにしなければならない。

 誰からも声をかけられないというのは、こういう時は役に立つ。邪魔されること無く、勉強に集中することが出来るから。


「長谷さん、長谷さんってば!」


 勉強さえやっていればいい。良いのだけど……


「長~谷~さ~ん!」


 ……聞こえてるよ。

 私は怨めし気に声の主を振り返る。するとやっぱりというか、そこには久賀君の姿があった。

 訂正しよう、話しかけられることは無いと言ったけど、彼は例外。どうやら一人でいる私を気にかけてくれているようで、よくこうして話しかけてくるのだ。


「テスト終わったばかりなのにまた勉強?」


 久賀君が目を丸くする。休み時間に参考書を読んでいるのが信じられないのだろう。


「たまには息抜きした方が良いんじゃない?あ、クッキー食べる?」


 そう言って久賀君はクッキーを差し出してきた。家庭科部の彼はよくこうして、手作りの私にお菓子をくれるのだ。だけど……


「いい。貰ってばっかりで悪いから」

「そんなの気にしなくても良いよ。だいたい、勉強教えて貰ったんだからお相子でしょ」


 確かに私はよく彼に勉強を教えている。こう言っちゃなんだが、久賀君の成績は少し……いや、かなりよろしくない。

 うちの学校はテストで赤点をとると部活が出来なくなってしまうから、彼も必死なのだろう。久賀君はアタシでも知っているくらい、部活に精を出している、クラスきっての家庭科男子だからなあ。


 だけど、ここでクッキーを受け取ってしまっては明らかに私の方が貰いすぎになってしまうだろう。


「それじゃあ、今度の休みにどこかに出かけない。テストも終わったし気晴らしに」

「ごめん、次の休みは今回のテストのおさらいをしたい」


 我ながら付き合いが悪い自覚はある。せっかく誘ってくれたのに申し訳ないとは思うけど、そもそも私と出掛けて彼は楽しいのだろうか?


「久賀くーん」


 話していると数人の女子がこちらにやってきた。

 そう言えば、久賀君ってモテるんだっけ。彼は所謂イケメンと言う奴で、女子といる事が多い。まあ顔は格好良いって思うし人当りも良いから、人気があるのは分かるかも。けど……


「……っふ」


 あ、やってきた女子がアタシを見て笑いを浮かべた。どう見ても好意的とは思えない、乾いた笑いだったけど。


「ねえ、今度の休みどっか行かない?空いてるでしょ」


 彼女達は私を無視するように、久賀君に話しかける。まあ良いけどね。

 私も彼女達に用があるわけでは無いし、仲の良い者同士でお喋りするのを邪魔する気は無い。しかし話しかけられた久賀君は、何やら困った顔をしている。


「いや、今度の休みはちょっと…」


 何故かしきりに私の方を見てくる久賀君。だけど、ちょっと待って。


「あれ、さっきは気晴らしがしたいって言ってなかった?」

「ちょっと、長谷さん⁉」


 あれ、確かに言っていたんだけどなあ。もしかしてさっき私を誘った手前、自分だけ遊ぶのに躊躇いがあるのだろうか。気にしなくても良いのに。


「行ってきたら。元々どこか遊びに行くつもりだったんでしょ」

「それはそうだけど、俺は長谷さんと行きたいの!」


 ああ、どうやら彼は相当私を気遣ってくれているようだ。けれど集まってきた女子達はこれ幸いと言わんばかりに口を開く。


「久賀君、長谷さんなんか放って置いて行こうよ」

「そうそう。どうせ勉強だけが楽しみ無いんでしょ。邪魔しちゃ悪いって」

「ちょっ、そんな言い方…」


 久賀君は棘のある言い方を気にしたようだったけど、私はそんな事気にしない。再び参考書に目を移すと、勉強を再開する。


「長谷さんは勉強で忙しいって。向こう行って話そう」

「ああっ、もう。長谷さん、また今度ね」


 捨て台詞を残して、久賀君は女子達に連れて行かれた。

 何だか迷惑そうにしていたみたいだったけど、もしかして助けた方が良かったかな?

 とは言え私が何か言ったくらいで、彼女達が引くとは思えない。下手すると怨みを買うだけだろう。

 我ながら冷たいという自覚はあるけど、余計な事に気をとられるわけにはいかない。私には、勉強しか無いのだから。

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