とあるワナビより「ホンのおすすめ」

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第1回  ロシア児童文学「もえる貨物列車」


「小学校のみなさん、実はわしは話をするのがとても下手なのです。なにせ学校もろくにいっておらんかったのでなあ……。でもせっかくみなさんが喜んで迎えてくださっているので、どうやってわしがここまで来たか、お話ししましょう…」


 壊れた窓にはベニヤ板を打ちつけ、天井が半分焼け落ちたロシアの小学校の講堂。

 神妙に並んだ子供達を前に、年老いた男が不器用に話を始めました……





 ロシアの絵本や児童文学、ときいてたいていの人が思い浮かべるのは「イワンのばか」。そう、世界的な文豪トルストイの名作ですね。

 だけど、その他は? と聞かれると、皆さんちょっと思いつかないんじゃないでしょうか?

 この本は四〇年以上前に出版されたきり。今は絶版となっています。

 だから、この本を読もうと思ったら図書館で尋ね探すか、ネットオークションで探して読むかしかありません。

 しかし、この話はそんな苦労をしても読むに値する良い作品です。

この作品を訳した宮川やすえ先生は二〇一三年にお亡くなりになりましたが、ロシア児童文学に精通された方でした。数々のロシア児童文学作品を素晴らしい翻訳で幾つも出しておられます。


 さて、この物語の舞台は一九四三年のロシア(ソビエト)です。ナチスドイツとの戦争の真っ最中。

 今から七五年以上も前になりますが、ヒトラーの率いるドイツは突如ロシアとの戦争を始めました。後に言う「独ソ戦」です。

 攻め込んだドイツ軍は占領した先々でロシアの物資を略奪しましたが、それだけではありませんでした。街で本を集めると片っ端から燃やしてしまったのです。学校の教科書や参考書も。

 「下等民族のロシア人はドイツ人の奴隷として働かせればいい、教育など不要だ」ヒトラーはそう考えていたのです。

 ドイツ兵に怯えるばかりか、学校もなくなって勉強が出来なくなったロシアの子供達はどんなに辛かったことでしょうか。

 しかし、それから二年後。ロシア軍はほうぼうでドイツ軍を打ち破り、占領された土地を取り返し始めます。

 戦争はまだ続いていましたが、二年間も勉強出来なかった子供達を心配したソビエトの指導部はモスクワから九万冊もの教科書や問題集を鉄道で送り出したのでした。


「もえる貨物列車」は、そんな任務を受けた二人の鉄道兵が子供達のところへ本を送り届けるまでの間どんな出来事があったのかを話して聞かせる、という珍しいスタイルのお話です。

 このお話の語り部、グリイチは重大な任務と聞いて最初張り切っていましたが、それが子供達に本を届けるというパッとしない任務だと途中でわかってガッカリしてしまいます。

 相棒の若い兵士アリョーシャと共に貨物列車に乗っての長い鉄路の旅。

 途中でいろんな出来事が起こります。

 駅でさんざん待たされてもなかなか発車出来ず「爆弾なんか当たったら駅なんか吹っ飛ぶ火薬が積んであるんだぜ!」と脅かして慌てて出発させたり、ダーシャという女の子がこっそりただ乗りして旅に加わったり、寒くなったので酒を飲もうと思ったら間違えて消毒薬を飲んでしまったり、退屈で教科書の問題を解こうとしたら難しくて途方に暮れたり……。



『しゅうう!と蒸気を車の下に撒き散らすと、しゅっしゅっと息を切らせ、蒸気機関車は坂を駆け下りながら、かけざんの九九をくりかえします。


シチ、シチ、シジュウク!

シチ、シチ、シジュウク!

シジュウク!シジュウク!シジュウク!シチ、シチ……』



 愉快な出来事もありましたが、列車は戦場を通る途中でとうとうドイツ軍との戦いに巻き込まれてしまいました。

 本が貨物列車ごと燃えてしまう危ないところを何とか切り抜けましたが、相棒のアリョーシャは本を守ろうとして死んでしまいます。


 列車を救おうとして活躍した小さな女の子、ダーシャも故郷の街に辿り着いてみれば家族はみんなドイツ兵に殺されていて一人ぼっちになってしまいました。かわいそうなダーシャは学校の先生が引き取ってくれました。同じように親を失った子供たちは、たくさんいたのです。

 だけど、学校と言っても一冊の教科書すらありません。

 口は悪いが心のやさしいグリイチは、列車から本を分けてあげました。

 そして、ダーシャにさよならを告げ、一人でまた列車の旅を続けます。


 そうして、この学校にもようやく本を届けたのでした。




「話はこれでおわりです。さあ配ってあげますよ。少しだけ焦げたりした奴もあるけれど勘弁しておくれ。ほら、ここに穴があるのは弾丸が通ったのさ。血がついてるのは、傍で相棒が死んだんだよ。どうか、あいつのことを忘れないでおくれ。わしらがモスクワからこうやって運んできたことも……」




 この本の中で戦争があっていた頃、日本でも戦争がありました。

 家が焼け、食べ物も着るものも本もなくなってしまいました。

 大勢の人が家族を亡くし、戦争が終わったとき、これからどうして暮らしていけばいいのかわからないくらい、町や村も荒れ果ててしまいました。

 それでも、人々はお腹をすかせた毎日の中で、汚い紙に印刷された粗末な本を奪い合うようにして読みあったのだそうです。

 ……きっと、本を読んで心だけでも豊かになりたかったのでしょう。



 オレ様は、美しい歌が聴いた人の心に希望を与えるように、素晴らしい小説、素晴らしい本には、読んだ人の人生をより良いものにする力がある……そう、思うのです。



 いま、本屋さんには読みきれないほどの本が並び、時代は紙の本から電子書籍に変わろうともしています。

 一方で、長引く不景気もあって名のある雑誌でも廃刊になったり、有名な出版社が倒産してしまったり、そんなことも珍しくなくなっています。


 昔、こんな風に命がけで本を届けた時代があったこと。ひもじい思いをしながら本を読んだ時代があったこと。



 ……一冊の本の大切さ、いつまでも忘れないでいたいですね。





紹介作品 「もえる貨物列車」

(レフ・カッシイリー作/宮川やすえ訳、旺文社ジュニア図書館 1971)

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