女騎士の昼食

秋空 脱兎

バラージ国城下町大通りのB定食とタラコ

 私の名はフラグラント・オリーブ。誇り高きバラージ国の騎士団の一員だ。


 私は自分の職務に誇りを持っている。故に騎士になってからは体を壊さぬよう気を付けつつ一日たりとも休まずに働いていたのだが、とうとう上司のマヤキタ殿から、「休めこのワーカーホリック」と言われてしまった。ちなみにワーカーホリックとは『仕事大好き人間』とか、そういう意味らしい。否定はしない。その通りだからだ。


 兎にも角にも三日程休暇を取る事になり――誠に不本意だが――、いざ何か休暇の時にしか出来ぬ事をやろうかと意気込んだはいいのだが、


「何をすればいいのだ……?」


 何も思い浮かばない。何故だ。

 それから暫く考えてみたが、さっぱりやりたい事が思い浮かばない。


「ふむ……これは困ったな、これでは手持ち無沙汰過ぎる」


 私は困った末に、生活魔法の【念話】で三年前に神官になった妹のティーに連絡を取る事にした。


【お姉ちゃん?】


 三秒と待たずにティーが反応を示した。


【ああ、ティー、私だ。すまない、今大丈夫か?】

【うん、ちょっとしたら戻らないとだけど、今は大丈夫だよ。どうしたの? 明明後日しあさってまでお休みなんでしょ?】

【ああ、実はだな。……情けない事に、何もやりたい事が思い付かないんだ。今日の朝からずっと考えてたのだが……】

【…………】


 すると、ティーからの返事が止まった。


【どうした、何かあったか?】

【ふふっ、いや、変わってないな、ってね】


 ティーがクスクスと笑いながら言った。


【何がだ?】

【だってお姉ちゃん、昔からそうだったもん。ずっと修行修行って言ってて、お父様に止められたら何をすればいいのかわからないって言ってたんだよ? ……王国騎士団なんて遠い所に行っちゃったなって思ったけど、何か、嬉しかったんだ】

【何を言ってる? 私は私だ。他の何者でもないし、何者にもなれない】

【そういう堅物な所も、昔から変わってないよ】

【…………そうか】

【そうだよ。それで、やりたい事だっけ? ……そうだなあ、それなら、最近大通りに出来た食堂に行ってみたら?】

【食堂? 初耳だが、どんな所だ?】

【何かねえ、変わった料理を出すの。少なくとも、王国では見た事ないような食材なの】

【『出す』と言う事は、行った事があるのだな?】

【うん、まあね。でも、ネタバレはしないよ。楽しみがなくなっちゃうから】

【そうしてくれると助かる。……食事、か。そうだな、父上には一応連絡してから行ってみるとしよう。どこにある?】

【えっとねえ、地図ある?】

【王国の地形なら、細部まで覚えている】

【やっぱり凄いなあ。なら、地図で見て、南門から真っ直ぐ行って二つ目の十字路の右上にある変わった外観のお店がそれだよ。特徴的だから、行けばすぐわかるよ】

【そうか、なら行ってみるとしよう。……ありがとう、ティー】

【どういたしまして。じゃあ、そろそろ戻らなくちゃ】

【ああ、頑張れよ】

【うん、じゃあね】


 ブツッ、という音と共に、【念話】が切れた。


「…………まずは父上に報告からだな」


 私は呟いて、父上の元に向かった。



 何とか父上から承諾を得て、私は今大通りにいる。今は勿論鎧姿ではなく私服姿だ。凄まじく違和感があるが、休暇中だ、致し方あるまい。


「二つ目の十字路だったな……」


 確認のために呟きながら歩いていくと、地図上で言う『十字路の右上』に当たる部分に、確かに特徴的な家屋があった。

 王国の城下町には煉瓦造りの家が殆どなのだが、その家屋は珍しく木造で――それでも火魔法の応用である【防火】で火事はまず起きないのだが――、屋根は三角形で何やら魚の鱗にも似た黒い板が張られていて、ドアは横開きだった。屋根には看板が掲げられていて、『食事処コバヤシ』となっていた。


「ふむ、コバヤシ……聞かない名だな」


 流石に城下町に住む人間全ての名字を覚えている訳ではないが、それでもコバヤシという名は始めて聞いた。


「まあ、他ならぬティーが勧めた店だ、行ってみるとしよう」


 私はそう言うと、横開きのドアを開けて中に入った。


「今日は」


 昼前だからか、広くも狭くもない店内には、あまり人がいなかった。


「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」


 店員の三十代前半の店内らしき女性が、何やら変わった文言を言ってきた。見ればわかるのだが、一人だ。一応答えるとしよう。


「えっと、一人、です」

「わかりました、お一人様ですね。奥のテーブル席が空いていますが、そちらでよろしいですか?」

「ああ、それなら、そこでお願いします」

「かしこまりました。どうぞ」


 随分丁寧な接客だな。他の店に入った事がないから、他所がどうなのかはわからんが……。

 私は奥のテーブル席に座り、とりあえずお品書きをみようとテーブルにあった表を手に取った。


「あ、すいません、こちら失礼します。お決まりでしたら、読んでくださいね」


 すると、先程話しかけてきた女性が氷入りの水が入ったコップをテーブルに置いた。


「あ、はい。…………ん? すいません、ちょっといいですか?」


 私は、ふと目に留まった物が何なのかを聞くために女性を引き留めた。


「はい、何でしょうか?」

「この『ごはん』というのは何でしょうか?」

「あ、えっとですね、それはお米という穀物を炊いた物になります」

「初めて聞くのですが……?」

「あー……実を言いますと、私と店長が『たまたまダンジョンで見つけた物』なんです。作物ではあるのですけど、全てが収穫された後の物で、栽培方法が全くわからないものなんですよ」

「ダンジョンで見つけたのですか。成程、それなら確かに聞いた事がなくても仕方ないですね」

「そういう事にしておいてください」


 今の言葉には何かひっかかる言い方だが、マヤキタ殿もよく使う言い回しだ、まあいいだろう。

 私が返事をすると、女性は先程会計をした客が座っていたテーブル席を拭きに行った。私はそれを視線で少しだけ追って、メニューに目を通す。


 改めて見ると、何というか、家庭的な料理が名を連ねている。何よりメガラクラル(注:巨大な鯖のモンスター。無害で、食用)の味噌煮等もあるのには驚いた。確かバラージ国でもイガネタウン位しか食べていないような食べ方だ。でも今日は味噌煮の気分じゃない。どうするか……ん? 良さそうだな。それじゃあ……この組み合わせは大丈夫だろうか。


「注文、決まりました」


 私が店員を呼ぶと、先程の女性が戻ってきた。


「お決まりでしょうか?」

「はい。ごはんと、焼きメガラクラル。ジャガイモとワカメの味噌汁と、あと……タラコください」

「あ、でしたら、ごはんと焼きメガラクラルとお味噌汁はお漬け物が付いたB定食に出来ますね。五十チリン安くなりますよ」

「では、それでお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 女性はそう言うと、厨房に向かい、


「B定食! タラコ!」


 大声で言った。不思議な店だ。

 三分程待って、注文していた料理が運ばれてきた。


「お待たせしました。こちらB定食とタラコです」


 女性はそう言うと料理をテーブルに置いていった。


「こちら注文表になります。お会計の際にご提示ください。ごゆっくりどうぞ」


 女性はそう言うとテーブル席から離れていった。


「これがごはんか……」


 何というか……全体的にやけに白い。大麦より一回り程小さな粒が沢山茶碗に盛られて湯気を上げている。

 私はテーブルにあった箱からスプーンを取り出して、ごはんを少し掬って、口に運んだ。


 何だこれは、不思議な食感だ。柔らかく、そしてあまり味がない……いや、長く噛むと甘くなってくるな。不味くはない。決して不味くはない。


「あ……もしかしてこれは……」


 私はごはんを飲み込んでから呟くと、三つに分けられたタラコの内の一きれをごはんに乗せて、口に運んだ。


「!?」


 タラコが塩辛い。私が慌ててごはんを追加で口に運ぶと、タラコのしょっぱさが丁度良くなった。成程、タラコは前々から塩気が強いと思っていたのだが、こうやって食べると良かったのか。

 私は納得してからごはんとタラコを飲み込み、水を飲んで口直しをしてからフォークを取り出し、焼きメガラクラルの身をほぐして、口に運んだ。


 意外な事に、焼きメガラクラルには味付けがされていなかった。よくよく考えたらテーブルに調味料らしき物が入った小瓶があり、そこには塩も醤油もあるので、おそらくは個人の裁量で好きな方を選べばいいのだろう。


 私は醤油ラー(注:醤油愛好家)であるので、小瓶から醤油が入った物を選び、醤油を焼きメガラクラルにかけた。もう一度フォークで焼きメガラクラルの解し身を刺して口に運ぶ。うむ、丁度良くなった。しかし、これは……ごはんが欲しくなるな。そう思ってごはんを口に運び――行儀が悪いかもしれないが――噛んでみる。成程、お品書きに抜擢されるだけはある。焼きメガラクラルと良く合う。


 私は口の中を空にしてから、キュウリとナスと白菜の漬け物の中からナスを選ぶと、フォークで刺して食べた。

 …………ふむ、この漬け物、誠実な味だ。しっかり漬けられている。割りと適当になりがちな部分に誠実なのは、信用出来る店の証だと、個人的に思っている。キュウリ、白菜と食べてみると、どれも確かな味わいがある、誠実な漬け物だった。おいしい。


 味噌汁を飲んでみると、ジャガイモとワカメが完璧に合っていて、体がほっとした。


「ああ、そうか。そうなのか?」


 私は、思わず小さく呟いていた。


 この定食、ごはんが全てを引き立てている。配置的にはおそらく主食なのだろうが、どれも味付けが濃い目だ。それをごはんと共に食べる事によって、何というか柔らかくしている。私は語彙が少ないから上手な事は言えないが、難攻不落の要塞を見たような気分だ。付け入る隙が一切見当たらない。


 そう考えている内に、料理を食べきってしまっていた。


「ああ……終わってしまったか」


 正直に言うともっと食事を楽しみたかったのだが、腹は膨れてしまった。潮時だろう。


「……御馳走様でした」


 そう言って、私は会計をするべく立ち上がった。



「ありがとうございました」


 女性の言葉を背に受けながら、私は店を出た。


「…………」


 私は天を仰ぎ、太陽を見た。強く暖かい光が差していた。


 この店……当たりだったな。今度父上と母上とティーを誘うか。乗ってくれるかは、わからないが。


「さて……」


 私は呟くと、屋敷に戻ろうと、ゆっくりと歩き出した。

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