超絶“毒舌”女とスー・シェフな俺様!!

皐月つみき@ロリ魂Vtuber

超絶“毒舌”女とスー・シェフな俺様!!

 一つ星レストラン『ALAIN☆DUCASSE』

 レストランのシェフには、階級っていうものがある。

 スー・シェフはレストランに在籍するシェフの中で、上から二番目に偉い存在。

 それが、こ・の・お・れ・さ・ま!

 和中 洋斗様だ!!

 店に在籍するベテラン連中を捻じ伏せ、この地位に君臨する俺様は、正に“天才”!!

 連日、俺様目当てに店に訪れる客は後を絶たない。

 そんな客にリップサービスと笑顔のおもてなしをし、俺様自ら料理を丁重に運び、丁寧に料理の説明。

 豆知識やテーブルマナー、時には軽い雑談や記念撮影までこなす。

 今、俺様は最高の気分だ。

 この店のオーナーにして経営者であるにっくき親父を蹴落とし、ゆくゆくは三ツ星シェフとして、世界にこの俺様の名前を広めるのが最大にして最強の目標なのだ!!






『不味い』


 

 

 

 

この言葉を聞くまでは。







+++++++++++++++++++







 ⋯胸糞悪い⋯。

 イライラとモヤモヤがループし続ける頭を思いっきり左右に振る。

 空は薄暗い橙色と紫色が混ざりあう中、真新しく舗装されたアスファルトの道を歩き続けている。

 ⋯ちっ。

 フラッシュバックしてくるのは、昨日の出来事。

 俺様はレストラン近くの大型公園で行われたフェスティバル会場にいた。

 何故かって?

 レストランのPRの為に、この俺様“自ら”出向いてやったんだ!!

 ⋯まあ、親父が行けっと言ったというのもあるんだが⋯。

 だが、俺様のファンを増やすには絶好の機会だと思い、意気揚々とフェスティバル会場に乗り込んだ。

 白いテントの下で、俺様は二種類のスープを大鍋一杯に作った。

 赤のミネストローネと白のクラムチャウダー。

 まるで情熱の薔薇と純粋無垢な百合のような二種類のスープの出来栄えは最高だった。

 フェスティバルが始まれば、瞬く間に俺様のテントには長蛇の列ができた。

 他の参加者は、所詮同好会や婦人会の集まりばかり。

 戦力差は圧倒的だった。

 始まって三十分足らずで、鍋の半分を捌き終わっていた。

 追加分の仕込みも終わった俺様は、自ら呼び込みをしようと店頭に飛び出した。

 その時だ。

 順番待ちをしていた次の客が、白いテントにやってきた。

 今でも、その特徴は覚えている。

 身長は俺様よりも遥かに下で、おそらく女。

 抹茶色の腰まで伸びるストレートヘアー。

 どす黒く濁ったような深紫色の瞳。

 薄汚い灰色のカーディガンから伸びた両足は、もやしのように白く細かった。

 血色の無い唇が微かに動く。

『白いの⋯ください⋯』

 俺様は快く『畏まりました。少々お待ちください』と言って、すぐに一人前のスープが入ったボウルを手渡した

『熱いので、お気をつけてお飲』

 っと、俺が言い終わるよりも早く、目の前の女はボウルに口を付けていた。

⋯ズズズズズッ

 汚い音を鳴らしながら、女はすする。

このまま飲み干し、次の瞬間には『おかわりをください』と言うに決まっている。

 なんたって、俺様の作った料理だからな!っと思った瞬間。

『不味い』

 女の放った一言に、俺様は耳を疑った。

 もう、何年も聞き忘れた言葉に、俺様は心底戸惑い、体が動かなくなっていた。

 女が『もう要らない⋯』と、返してきたボウルを受けそこなって、地面に落としてしまってもなお固まっていたと、後で同僚から伝え聞いた。

そして最悪なことに、話はすぐに親父の耳に入った。

『たった一人のお客様を満足にできない。⋯まだまだだな』

 と、言い放ち、さらに加えて『しばらく、考えることだな』と、一方的にシフトから俺様を外した。

 俺様は、腸が煮えくり返ってしょうがなかった!

 親父の態度も気にくわないが、それよりもあの女の方だ。

 何故、この俺様の作った最高傑作のスープを“不味い”などと言ったのか。

 絶対に見つけ出して、問いただしてやるっ。

 と。

「⋯ん?」

 あの女はを見つけ出してやると心に誓ったその時。

 気が付けば、真横に児童公園の入り口があった。

 横目で見つつ、通り過ぎようとした公園の奥。

 滑り台やジャングルジムを超え、ベンチと水飲み場が隣通しに置かれている近く。

 見覚えがありすぎる“抹茶色のロングヘアー”が見えた。






+++++++++++++++++++






 抹茶色のロングヘアーが地面すれすれになるほどに、目の前の女は身を縮めている。

 ⋯っはあ⋯はあ⋯。

 深呼吸を繰り返し、呼吸を整える。

 柄にも無く全力で走ってしまうほど、俺様の頭はこの女の事でいっぱいだった。

 天下無敵最強のスー・コックであるこの俺様が、納得するまで洗いざらい話してもらおう。

 何故『不味い』などと言ったのか。

 食材が駄目だったのか。

 味付けが駄目だったのか。

 この俺様が納得するまで話してもらおうじゃないか。

「⋯あ」

 目の前の女の頭が、唐突に動く。

 また柄にも無く、心臓が跳ね上がったかと思うぐらいにビビってしまった。

 すかさず、深呼吸を繰り返す。

 すー⋯はあー⋯すー⋯はあー⋯。

 とりあえず、さり気なく声を⋯。

 俺様は、その小さく丸くなっている背中に右手を伸ばした。

「⋯これ、美味しそう」

 その時、女が呟くと同時に“なにか”に手を伸ばし始めた。

 伸ばした左手の先にあるのは⋯草。

 ブチッ。

 女は伸ばした左手でおもむろに、草を引き抜いた。

「あー⋯」

女は流れるように、草を口元に持ってい―


「何してんだあああああ!?」


 俺様は、またしても柄にもなく大声を出していた。

 咄嗟に、女の真横に近づき、手に持っていた草を奪い取った後、思いっきり投げ捨てた。

 草は宙を舞い、丁度吹き付けた風と共に流れて行った。

 ⋯はあ⋯はあ⋯はあ⋯。

 三度荒れてしまった呼吸を整える。

 ふと、横から視線を感じた。

 あっ⋯と、視線のする方を向けば、あの女の瞳と視線が合う。

 ドス黒い深紫色の瞳が、俺様を捉えて離さない。

 飲み込まれそうな瞳に、俺様は視線を背けそうになる。

 だが、ここで折れては駄目だと、敢えて睨み続けた。

 すると、座っていた女がゆらりと立ち上がったかと思えば、まるで氷の上を滑るように足音一つ立てずに近づいてきたではないか。

 あまりにも人間離れした動きに、俺様は「な、なんだっ」と返すのが精一杯だった。

 目の前の女は、表情一つ変えずにいる。

 そして一呼吸開けた後、女の口から飛び出したのは。


「⋯今日の夕飯、返してよー」


 だった。

 ⋯⋯んんっ!?

 こいつは、今、一体全体なんて言いやがった?

 夕飯?

 ⋯もしかして。

 いや、あり得ない。

 あの草が、夕飯?

 俺様は、食材となり得るものなら、なんだってこの頭の中に入っている。

 だからこそ、分かる。

 さっき、飛んで行った草。

 食草とか薬草でも無い、ただの“雑草”だった。

 聞き間違いだっと思い、もう一度聞く。

「⋯草、食べるのか」

「うん」

 どす黒いヘドロのような瞳が、真っすぐに俺を見つめて即座に肯定。

 本当のようだ。

 分かった、訳を聞こう。

「⋯なんで、雑草なんか食べてるんだ」

 なるべく平静を保ちつつ、女に訳を聞いた。

 目の前の女は、きょとんとした表情を浮かべた。

 さらに、さも当たり前のように言う。

「いや、貧乏だから」

 貧乏⋯だから⋯?

 いやいや、あり得ないあり得ない。

 世間一般的に、貧乏というレベルに差があるのか確かだ。

 しかし、こんな貧乏はフィクションの世界でしか聞いたことが無い。

 質問を変えよう。

 貧乏とはいえ、食事はするわけだ。

 食事のレベルが、家庭のレベルに直結すると俺様は思っている。

 俺様は「今日の朝と昼のメニューを教えろ」と女に聞いた。

 女は、じーっと俺様を数秒見つめ、表情をまったく変えずに答えた。

「朝は、ここの水」

 ⋯ここ。

 ⋯⋯此処っ!?

 すぐ横に水飲み場がある。

 ⋯いや、まさか。

 しばらく水飲み場を見つめた後、女に視線を戻す。

 そして「あれか?」と聞くと、女は「うん」と答える。

 さらに女は「それからー」と、俺様が口を挟むよりも早く話を進め始めた。

「昼は、無し」

 ⋯無しっ!?

 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。

 おかしいだろ、絶対におかしい。

 っということはあれか。

 今日の朝、水を飲んでからは何も喉を通していないのか?

「それで、夜は草の予定だったんだけどー」

 女は「君が飛ばしちゃったから、また探さないと」と最後に言った。

 ⋯⋯。

 度肝を抜かれた。

 だが、同時にある一つの“仮説”が生まれた。

 この女、もしかしてー。

 俺様は、生まれた仮説を立証するために、立ち去ろうととする女の手を引く。

「⋯何ー?」

 ヘドロのようにどす黒い瞳が、苛立っているのが分かる。

 そりゃそうだ。

 仮にも、あれが夕飯だったんだ。

 それを台無しにした奴が、まだ突っかかるのだから、そりゃ苛立つに決まっている。

 だからこそ、言いたいことがある

「⋯詫びをしたい」

「?」

 ヘドロの色が、更に濃く、渦めいていく。

 俺様は、その瞳を真っすぐに見つめ、言う。






「俺様のディナー、食べてくれないか?」






+++++++++++++++++++






 女の名前は“毒島 葉菜”と言うらしい。

 家は、元々“ど”が付く程の貧乏だったようだ。

 更に悪化したのは三年前。

 父親が蒸発。

 母親が他界。

 親戚は絶縁。

 それが、立て続けに起きたらしい。

 救いは、特待生制度がしっかりとした学校と、設備の整った公園。

 勉学の知識でのし上がり、この高校に入学したのが一年前。

 そして、さっきまでいた公園に住み始めたのも一年前。

 朝は、水。

 昼は、無し。

 夜は、草。

 この生活を、悪化した三年前から繰り返していたようだ。

 そして、あのフェスティバルの日。

 極限の空腹に耐えかねてやってきたらしく、たまたま俺様のテント前に来たらしい。

 俺様が手渡したスープを偶然にも口にしたようだ。

 だが、スープを女は『不味い』と言った。

 そりゃそうだ。

 元から“ど”貧乏だったのに加えて、ここ三年間はまともな食事を口にしていない。

 こんな状態で、俺様の最高級食材に調味料、一流の調理を加えた三ツ星級の料理を口にしてみろ。

 元から腐っている“毒舌”には、刺激が強すぎたはずだ。

 これが、俺様の立てた仮説。

 なら、この女⋯いや、毒島葉菜にどうやって俺様の料理を堪能してもらおうか。

 簡単なことだ。


 あいつの“毒舌”に、全てのレベルを合わせる。


 一つ星レストラン『ALAIN☆DUCASSE』のキッチン。

 その片隅で、俺様は廃棄間近のトマトをベースにしたスープに、これまた廃棄間近の人参・ジャガイモ・玉ねぎ・マッシュルームをサイコロ状に切って入れた。

 底が焦げ、穴が開きかけていた鍋をなんとか使って煮込み続ける。

 盛り付ける皿も使ってもらうスプーンも、端が欠けていたものを綺麗にして、デコボコのお盆に並べて置く。

 鍋からお玉でスープを何度かに分けてすくい、盛り付けていく。

 調味料は一切使わず、食材のみの味はかなり薄いはず。

 だが、これがあいつの“毒舌”には合うと思う。

 ⋯完成。

 普段の世界を考えると、なんとも最低な見た目。

 だが、あいつからしたら、ご馳走になり得るかもしれない。

 お盆を丁寧に両手で持った俺様は、足早に“客人”の待つテーブルへ急いだ。






+++++++++++++++++++






「⋯⋯」

 客人は、大層ご立腹なご様子だ。

 ここまで一時間は待たせてしまっている。

 コックとしては、やってはいけないミスだ。

「申し訳ございませんお客様。大変長らくお待たせしたしました」

 お盆を持ったままで謝罪の礼。

 ピタリと九十度に曲げて、一度止めてからゆっくりと顔を上げる。

 そして大切な客人の前に、お盆を滑らせるように置く。

 本来、ここで料理の説明をする。

 しかし、客人は「いただきます」と綺麗に両手を合わせていた。

 「説明を聞けっ」と言いたいところを、ぐっと我慢。

 その間に、客人―毒島葉菜は、スプーンをガッチリと左手で握りしめていた。

 微かに震える左手をゆっくりと動かし、スープをすくった葉菜。

 恐る恐るといった感じで、口元に運んだ。

 スンスンッ

 まるで、動物のように鼻を小さく動かして、匂いを嗅ぐ。

 フーッ

 湯気が立ち込めるスープに、軽く息を吹きかけた。

 ⋯ズズッ

 そして、スプーンの先を唇に付け⋯飲んだ―。

「⋯⋯」

 目の前の葉菜は、固まっていた。

 スプーンを口に加えたままで。

 やはり、レベルを下げただけでは駄目だったか。

 俺様の料理は、口に合わせられなかったか?

 葛藤が渦巻きだした。

 瞬間。






「おいしい」






 直後、毒島葉菜は凄まじい勢いでスープを飲み始めた。

 ってか、スプーンを放り投げて、皿を持って飲み始めた。

 まるで、力士が優勝した時に盃で酒を飲むような勢いだ。

 そして、皿を乱暴にガシャンとテーブルに置いたかと思えば






「おかわりいいいいい!!」






 っと、全力で叫びやがったので、俺様は急いでキッチンから鍋ごと持ってくる羽目になったのであった。






+++++++++++++++++++






「ありがと⋯」

 店の入り口に鍵をかけていたら、背中越しにお礼を言われた。

 振り返れば、あのヘドロのようなドス黒い瞳を真下に向けている葉菜がいた。

 何故か、両手の指先をくっつけたり離したりしている。

 ⋯寒いのか?っと思いつつ「いや、お礼を言いたいのはこっちだ」と告げた。

 なんで?っと言いたそうな表情をする葉菜に、俺様は続けた。

「貴様みたいな客人も、しっかりともてなすことができた」

 俺様は、スーシェフという役柄に誇りを持っている。

 だが、それが自分自身を無意識の内に慢心させていたのだとも思う。

 でも、今回の件で気を引き締め直すことができた。

「⋯あの」

 思考に更けていると、葉菜が俯いていたまま、トコトコと近づいてきた。

 俺様の袖口を掴み、二度クイクイッと引っ張ってくる。

 「なんだ」と言うと、俯いていた葉菜が勢いよく顔を上げた。

「また、もてなしてくれる?」

 正直、あの料理のレベルでか!?と思った。

 だが、俺様は切り替えた。

 俺様のレベルを“合わせる”のではない。

 こいつのレベルを“合わせる”のだと。

 俺様は、葉菜の顎を指で支えた。

 自然と、上目遣いのような体制になる。

 ヘドロのようなどす黒い瞳を見据え、言う。






「俺様の虜にしてやる」






「⋯え、告白?」

 ん?

 葉菜は、血の気の無い両頬から顔面、首筋が徐々に赤くなり始めた。

 何を赤くなっているんだ。

 いや、俺様は俺様の“料理”で虜にしてやるっと言ったんだぞ。

 と、俺様が言うよりも早く、葉菜はしがみついてきた。

「嬉しい」

 なんて、言ってくる始末。

 駄目だ。

 何かを完璧に勘違いしている。

「ここのレストランの制服も可愛いし、先ずはアルバイトで働きたいな。なんなら二人で将来は店を持つのもありね。子どもは二人は欲しいな。でも、貴方の料理で体力が付けば大家族も夢ではない。それとも、貴方の体力が持つかが鍵ね?ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 さらには、妄想まで吐き出す始末。

 春の夜風は、まだ冷たい。

 だが、俺様の背筋は凍り付いたかのように寒い。

 そんな俺様の気持ちなど露知らず、餌付けされた動物のような甘えた瞳で、勘違い“毒舌”女は言ってくる。


「これからも、宜しくね。ダーリン」


 俺様の明るい未来が、崩れ落ちる音がした。

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