第5話『怪異』


 「来てくださいましたか!!」


 アリアの家から数時間歩いて少し経った場所に在ったそれは、庭のない二階建ての家。周りは畑ばかりで、その肝心の畑も病的に茶色く変色し、雑草が枯れている。それを比例するかの如く、住宅と言える建物は一つもない、それに対し、この家は周りの風景に紛れずに新しい色をしていた。

 しかし、雑草が枯れているにも関わらず、家の周囲だけに、菜の花が咲いていた。


 家に近づくに連れ、菜の花は増していき、俺は匂いに咳き込んでいた。ハッキリ言うと臭い、水で濡らして、真っ黒になった雑巾を乾かした後の匂いが鼻を付いて溜らなかった。

 そんな中を歩いてきて、家にノックをしたかと思えば、バタバタと足音を立てて玄関を勢い良く開け、第一声で出てきた言葉が来てくださいましたかなんて、来ているの今か今かと待っていたかのような言いぶりだった。

 男は目を潤ませた。俺の聞いた話だと、依頼人の名前はマルベルク・ミル

 何時の間に依頼なんて言うのが来たんだろうか。

 まぁそれは置いておくとして、アリアが言うには、この依頼は要するに怪異を解決して欲しいとの依頼だそうだ。

 確かに、この家の外装からも分かるが、新築なのにお化けなんて出始めてたらそりゃ嫌になるし、引っ越しもしたくないはずだ。

 そこで出てきた答えが怪異を解決して欲しいということなのなら、理にかなっていることなのかもしれない。

 だからと言って、どうしてこいつに依頼するのかは、偶然だったと思うしかない。


 「やあ、夜になると怖いだろうと思ってね、早めに来てあげたよ」


 誰に対しても上から目線、この場合は助けに来てもらっているという条件からして下手に出るしかないのも仕方がないことだ。

 それに、怪異なんて言うが、話を聞く限りではただの幽霊にしか思えない。


 いや、ここはファンタジーの世界だ、もしかすればワイトキング的なあれが居て、その幹部がこの家に棲みついているなんて言うことも、そこから俺がどんどん巻き込まれてって......なわけないか。

 俺はお化けと言う存在を信じていない。それ処か神様だって信じちゃいない。

 特に俺は神が嫌いだ、いるだけで身の毛がよだつ。本当に居るならぜひ会って、殺してやりたい、俺の運命を返せってな。


 ”神”という単語に俺は少し奥歯を噛み締めた。


 俺の運命を、操っているなら、返せと独りでに恨んでいた。


 「ありがとうございます、ありがとうございます!」


 何度もアリアの手を掴んで離さず、ひたすら頭を下げている。

 おいおい、いくら何でも頭を垂れ過ぎだ。そんなに謝ったらこいつは。


 「そうか、ではどうしてさっさと家に上げないんだい? 礼儀を知らないのならば、私は帰るよ?」


 出た、調子に乗り始めるとすぐ相手をおちょくり始める。俺も何度かやられたことだ。詳しく話すと丸一日は必要だから、割愛するが、それだけアリアのおちょくりは悪質だ。正直あんなことはもう二度としたくない。 


 「ああ!! お待ちください! どうぞ、どうぞ!」


 スリッパを三人分置いてそそくさと家の中へ入るように促す。そんなに怪異が怖いのだろうかと思うほどに、男は焦っていた。


 「すまないね、マルベルクくん」


 アリアは出されたスリッパに履き替え、ずかずか中へと入っていく。廊下には二つの扉があり、二階へと続く階段があった。二階の部屋、寝室と思われる部屋へと案内されるように進んでいく。


 「ゴホッゴホッ」


 俺は思わず咳き込んだ。まだあの異臭がして堪らなかった。俺は花が嫌いだ、大きっらいだ。臭いし汚いし、虫沸くし、なんてあんなのがいいのか俺には理解出来ない。嫌な気分になりつつ、思いっきり咳き込む。


 「大丈夫かい?」


 珍しくアリアが俺を心配してきた。あまりにも意外だったので思わず素で答えてしまった。


 「大丈夫、です」


 後から取って付けたような返事に不快になったか?と内心思ったが、そうでもなく「そうか」と言って二階の階段を登って行った。

 俺もそれを見習って後ろから付いていくが、扉の前でマイが足を止めた。

 アリアとマルベルクは俺達に身振りもせず、奥へと進んでいく。


 「どうした、マイ?」


 流石に硬直している様子が気になり、マイに問いかける。マイはロビーの扉を凝視して、こちらに振り向くことはなかった。

 俺はその扉の先が気になり、見てみると薄っすらと開いているのが分かった。


 「......」


 そこで俺は勘づいた。


 あれ?なんで俺さっき咳き込んだんだ?ここはもう家の中だから、家の中まであの臭い花の匂いがする訳ないだろ?

 喉に染み込んだ、一瞬そう考えた。そうなると一日経たないと良くならない。しかし、それとは別の匂いで咳き込んでいたことに気付く。


 ―――――――――あれは花の匂いなんかじゃない、あの匂いは......


 俺は良く知っている、ゴミを部屋から出さなかった時のあの匂い。


 俺は薄っすらと開いた扉の隙間から、ロビーの中を覗き込む。


 中に在ったのは、大量の生ごみだった。


 ただのゴミならいい、でも、そのゴミの中に入っていたのは骨だった。


 鳥の頭のように小さい頭蓋骨に黒い羽根、まだ新しい黒い毛のした鳥の体に群がるようにハエが飛び回っていた、頭蓋骨の中にはムカデのように細長い害虫が住処にしている。

 更に、それによって発生したゴキブリのような虫の死骸が幾つもあった。

 その体を貫通するかのように中から食い毟られた虫の胴体、うねうねとした幼虫がその体の中から出てきていた。

 寄生虫によって寄生された鳥の死骸を害虫が食い漁り、それによって害虫が体内に入り込んで寄生虫が中から食い破る。それを俺は知っていた、その光景を動画で見るか実際で見るかの差は大差がないと思っていたが、それは一体や二体の話だ。そう、それは一体や二体じゃない、部屋一面にそれは転がっていた。


 「うっ......」


 胃の物をすべて吐き出しそうになる。悶えて苦しむことには慣れていても、やはりなるとキツイものがある。

 俺はその場に四つん這いになって息切れを起こしていた。


 落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け


 少し開いた扉の中から、虫が一匹、逃げるように這い出てきた。その虫は何処かに行きたい訳でもなく、餌を探しているわけでもなく、ただただ彷徨っている、そんなように見えた。


 そして、俺の目の前に来た辺りで。


 グチュッ


 音を立てて中から液体が漏れ始めた。ゆっくりと、ゆっくりと液体が体外へと漏れて行き、うねうねとした白い幼虫が這い出てくる。


 俺がそれを見た瞬間に。


 ブチッ


 何かが潰れる音と共に消えて行った。そして虫が居た場所には、マイの足があった。


 「大丈夫?」


 マイはスリッパ越しに虫を踏みつぶしていた。

 俺は目を瞑り、立ち上がって深呼吸をする。

 目の前を見ちゃだめだ、今逢ったのは幻覚、そうだ、幻覚だ。例えあの扉の先が事実だったとしても、今起こったのは幻覚だ。


 俺は自分に言い聞かせる、言い聞かせなければならない。


 もし、今踏みつぶされて死んだ虫の死骸を見たのならば、確実に吐く。


 「ありがとう、行こう」


 俺はマイに手を借り、立ち上がって階段へと昇っていく。その間、マイは笑顔で階段を登っていた。俺は後ろを確認しようとするが、怖くなって出来なかった。それにきっと、さっきのはマイなりの俺への気遣いだと思う、それを無下にする訳には行かない。


 俺は前だけを見て、階段を登って行った。

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誰であっても彼女を止めることはできない @satou121

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