第4話『事件の始まり』

 雨が深夜に降り注ぐ。雷鳴と共に激しく吹き荒れる風。その家に落雷が起こった。窓が騒がしくガタガタと音を立てている。


 建付けが悪いのだろうか?いいやそんなはずはない、この家を作ったのは最近だ。

 俺が来る前に立っていた家は1階立ての崩壊寸前な程に木が腐っていた。だから俺はそれを撤去し、この土地に2階建ての家を建てるためだけに全財産を注ぎ込んだ、新たな人生を手に入れたのに、簡単に壊れてしまっては業者の不手際だ、文句を言い付けてやる。


 男が窓を見つめながらそう考え、本を手に取った。

 蝋燭がユラユラと周囲を照らし、眼鏡をした男が本を片手に椅子に背もたれを付く。

 そして、不意にも蝋燭ろうそくの火が、消えた。

 立ち待ち周囲は暗転へと変貌し、男は自然と思った。


 ああ、隙間風で消えてしまったか


 男は立ち上がり、蝋燭にもう一度炎を付けようとマッチを探していた。


 その時だった。青い筋の電光が、窓に走る。フラッシュライトを浴びたように部屋は真っ白に彩った。その閃光に写り込んでしまった影に、男は恐怖し、椅子から転げ落ちる。


 そして、男の視界に飛び込んできたのは、白装束に身を纏った、首を吊っている女だった。


―――――――――――――――――――――


 「というのが今回の依頼なのだが、準備は出来たかい?」


 外の朝掃除をマイと一緒にやっている所に突如アリアがやってきて、何を話すのかと思えば、また突拍子もない事を言い出す。

 そして相変わらずの明るさのない服装にも関わらず、異様な雰囲気を放ち、神々しく存在を放つソレは、俺達に点呼を求める。


 「いきなり言われて出来るわけないと反論したいんですが、良いですか?」


 俺はすっかりアリアに対して敬語を使うことを慣れていた。ならざる終えなかったのだ。最初のうちは普通にタメ口を平然と聞いていたのだが、タメ口をするたびに罰だと言って雑用を押し付けられた。

 どうしてそこまで敬語にこだわるのかは俺には分からないけど、きっとアリアなりの自分ルールと言う物が存在するんじゃないかと勝手ながら考えていた。


 「こっちも準備バッチグーだよ! アリアさん!」


 掃除をしている箒をほっぽりだして、朝から元気がいいのは、俺の看病をしてくれていたというマイだ。彼女は俺達、アリアと俺が壊滅的に料理出来ないのに代わり、料理を代わりに作ってくれる重要な飯当番だ。

 しかも可愛しい巨乳だ。


 「流石マイくんだ、では行こうか」


 「ちょっとちょっと、二人だけで話進め過ぎですって!」 


 なぜこうも自分勝手なんだ。俺にも準備ってものをさせてくれ。

 そして準備が終わったというマイを視線を合わせると、マイの手持ちは何もなかった。着替えや鞄、道具なども持っていく様子はなく、両手を後ろで絡めて、ニコニコと体を揺らしながらアリアの後ろに立っている。

 アリアも手持ちは一切なく、代わりにビー玉のように美しい玉を手の上で転がしていた。


 「というかマイ、お前持ち物は!?」


 これから何処に行くのか分からないし、野宿する可能性も否めない。ならばせめてキャンプセットくらいは持っていくのが無難なのではないだろうか。

 いや、行先はきっとアリアが話していた依頼という家なのだろうけど、そこが何処なのか分かってるのか?

 ここで俺の脳内で、嫌な予感が過った。


 もしかしてこいつら、その依頼人の家で寝泊りするつもりか!?


 「へ? 持ち物なんていらないよ、だって遠足する場所で泊まればいいし」


 遠足!?こいつ遠足感覚で行くの!?

 アリアの話からしてかなりヤバそうな雰囲気が漂っているというのに、マイは無邪気に遠足をする小学生のように満面の笑みで答えた。


 俺の予想通り、こいつらは依頼先で泊まるつもりをしている。

 それでもだ、それでもどうして着替えをもっていかないんだ。


 「大丈夫だよ、遅くても明日には帰ってくるさ、早ければ今日の夜中か、明日の朝一番、どちらかだろうねぇ?」


 不敵な笑みを漏らして、アリアは足を踏み出す。俺の意思なんてどうでもいいのだ、付いてこなければ置いていくのは明白、それを俺も分かっていた。

 でも、それくらいなら日帰りで帰って来れるかもしれない。


 なら、確かに持ち物はいらないという結論に俺も至ってしまっている時点で、彼女たちの考え方に侵され始めているのかもしれない。


 アリアの後ろ姿を俺は眺めていた。このまま彼女達が行って、俺がここに居てもいいんじゃないだろうか、どうせ外には出たくないし、このまま見送ってしまえば今日は休みで雑用する必要もないし、ベットにずっと居よう。


 そんなことを脳内が過った。


 アリアはそんな甘い考えをしている俺の思考を読み取ったのか、足を止めて、顔だけを振り向く。

 猫のような瞳で、口元を歪めて俺に向かって言葉を放つ。


 「どうしたんだい? 置いていくよ、鶴城くん?」


 俺はそのアリアの表情の裏は分からなかったが、付いていかなかったら今度は何されるか分かったもんじゃないと思った。

 やれやれ、仕方ない、行くか。


 「はぁ......分かりましたよ」


 内心、少し嬉しかったのかもしれない。

 今まで、ひきこもりになってから、誰かに誘われることなんて一度もなかった。


 こうやって誰かと一緒に、何処かに行く。


 何年ぶりだ?


 自問自答に対し帰ってくる答えはない。その代わりに、彼を誘うかのように巻き込まれる事件は、既始まっていた。

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