第3話『誰も信じない』

「ンッ......」


 目覚める時は毎回頭が回らない、特に倒れた直後の起き上がりなんてクラクラし過ぎてまともに会話も出来るとは思えない。

 一番最初に目に入った光景は大きなシャンデレラだった。ロウソクが何本の差さっている金色で飾られた高価そうだった。

 そして俺は目覚めてすぐに違和感に気付いた。

 口の中が潤ってるな、水飲んだ覚えないんだけど。

 首を横に向けようと動かすと、何かが額に触る。 


 「冷たっ!」


 頭上辺りがヒンヤリとして、俺は頭を触る。するとタオルに包まれた氷が俺の頭に乗っかっていた。俺はそれを手に取り、ゆっくりと立ち上がる。

 どうしてベットに俺がいるんだ?もしかしてあの子が俺をここに運んできてくれたのか?


 「確か倒れて......」


 ベットの色は無垢な白い絨毯のような模様をしていた。こんなふかふかのベット、俺の家じゃあり得ないな。これぞお金持ちのベットか、堪能しないと。


 俺はベットにグダ~っと脱力し、顔が埋まるほど柔らかい枕に身を任せていた。


 たった数時間の出来事で色々とあり過ぎた。


 そろそろ立ち上がらねばと立ち上がろうと足に力を入れる。下半身に力があんまり入らないな、仕方ないと腰を上げて、ベットから立ち上がる。


 「あの子の屋敷か、ここ」


 服装からしても、かなり気品溢れていたし、どっかの貴族なのかな。異世界にやってきて、一番異世界転生らしいことをした気がする。

 そこでふっと風が吹き荒れ、カーテンがめくれあがる。風は俺の頬を霞め、部屋へ巡回する。


 「風が強いな......ん?」


 先程の暑さとは一風変わった涼しさに、心を打たれていた。俺はクイッと毛布を引っ張られる感触に視線を引っ張られた方へと向ける。俺の枕元で看病してた椅子が置いてあり、そこで一人の少女が眠っていた。


 「くぅ....くぅ.....もうだめぇ」


 規則正しい微かな寝息が耳に届く。


 誰?


 赤髪のセミロングに、ノースリーブの服を来た美少女は、両腕をベットに添え、そこに顔を置き、とろんとした顔をして寝ぼけている少女は俺の看病をしてくれていた人物に相違ないと思う。


 「これまた美少女ッ!!」


 しかし、どうであろう。俺が目覚めても起きないこの美少女、これは触ってもいい、頭を撫でてもいいと言っても過言ではないのだろうか?

 男として美少女の頭を撫でるという行為は一生の一度でいいからしてみたい行為の一つであることに間違いはないはずだ。


 「しかし待て俺、ここでやってしまったらただの寝込みを襲った男じゃないか!?」 


 それに許可もなく勝手に頭を撫でるのは犯罪なのではないかっ!?

 いや待つんだ、私はこの犯罪臭がプンプンする行為をやったところでバレるのか?どさくさに紛れて胸を触った所でこいつは寝ている、ならばバレないのではないか!?


 「ゴクンッ」


 唾液を飲み込む。手を近付けようとしているのに、相も変わらずくぅくぅと寝ている。

 へへっ、呑気に寝ている奴が悪いんだ。


 あと少し......あと少し......


 微かに俺の指先は震えていた。女子に触れるなど、今までの人生で一度たりともなかったのだ。その興奮と喜びを言葉に表すことは難しい。感無量である。これこそが、人生の頂点にして絶頂かもしれないと思うほどに、俺のボルテージはマックスになっていた。


 「寝込みを襲うとは感心しないぞ?」


 その人物は扉に背もたれを付き、双眼を瞑って声を発していた。

 俺の指先はそこでピタリと止まる。その声に聞き覚えがあると言えばある。俺をここまで連れてきてくれた恩人であり、今、俺の犯罪行為を止めようとした邪魔者だ。


 ......ヤバイ


 俺は硬直した手を機械のように動かしながらベットの中に潜らせた。


 「や、やあ、ここまで運んでくれたのは君だよね、ありがとう」


 緊張、というよりもバレているのではないかという心配で声が釣り上がる。


 「ああ、もっと感謝して欲しいね、炎天下の中、僕に運動をさせた挙句に我が家で暴徒に走る君を見逃すのだから」 


 「嫌だなぁ、そんなことしないよ~」


 バレバレか、タイミング悪すぎんだろと外言したいが、我慢だ。それを言ってしまったら俺は罪を認めることになってしまう、今出来ることは一つしかない、何もなかったかのように振る舞うだけだ。


 「起きたまえ、襲われかけていたぞ」


 俺の最高に気軽な挨拶を華麗にスルーし、俺のベットに寄りかかり寝ている少女を殴って起こす。

 しかし、ここは彼女の屋敷なのだろうか、先程見た豪華な服装よりも、今は黒いネグリジェを着込み、黒ストッキングというなんともセクシーな服装をしている。

 俺はネグリジェとストッキングの境目に見える肌白の空間に見惚れていた。


 ほほぉ......これはまたなんとも、絶景だ。


 「ふにゅ!」


 変な声を出して、目を擦って立ち上がる。髪がメデューサのように爆発しており、明らかにまだ眠そうな顔をしていた。


 「何ですかーって、ああ! 起きたんですねー!」


 俺を視界に入れると、布団に居れていた腕を引っ張り出し、手を握りしめられる。俺は一瞬ドキッとして固まった。

 握られた手の感触は柔らかく、これが女の子の手かと感動していた。俺の手よりちょっと小さいその手に握られ、キョドった。


 「良かった~」


 「お、おう」


 顔を真っ赤にしつつ、満面の笑みの美少女に心を奪われていた。それに対し、この黒塗りが好きな美少女ロリっ子は愛想ないな。俺は視線をそっちに向ける。勿論、手の感触を味わいながら。


 「愛想がなくて申し訳ないな」


 全く心配していなかった様子で俺の考えを読み取る。微塵も思ってねーだろこいつ、しかも全然謝ってるようにも見えないし。


 「べ、別にそういうことは言ってないし」


 ――――全然可愛くねえなこいつ。


 俺を見つめる瞳には、まるで―――変態と言っているように睨み付けていた。


 そういえば、最初気にかけていた言葉が通じるかどうかっていうのは、俺の杞憂だったみたいだな、普通に通じるわ。


 「そういえば、マイくん、朝ご飯は作ったのかね?」


 「ほえ? あ、作ってない」


 「私の腹はもうペコペコなのだが?」


 「すみません、今から作ってきますー!!」


 俺の握られていた手を無残にも離し、部屋を足早に出ていく。

 せっかく握られていたのにぃ!と隠れている手のこぶしを強く握りしめる。

 俺、ずっとこの手洗わないでおこ。


 部屋に残ったのは愛想のないロリっ子と、そのロリっ子が放つ強烈な薔薇の匂いだった。


 「さて、目覚めて早々すまないね、一対一で話したかったんだ」 


 成程、わざとあの子とこの部屋から追い出した訳か、でもわざわざどうして?俺とこいつは初対面のはずだ。ならどうして俺と一対一を望んでいるんだ?

 俺の脳内には疑問しか浮かばなかった。


 「君は何者かね?」


 アリアの目つきが変わる。その目つきには最初に出会った時と同じ、赤い双眼をしているそれは面白そうな玩具を見つめている目だった。その目と嘲笑うようなに口をとがらせている顔付きに俺は恐怖した。


 「間桐鶴城まとうつるぎ、俺の名前だ」


 真剣な眼差しでその問いに答える。今の俺に嘘を付くメリットはない。


 「では鶴城くん、君、住んでいる場所は?」


 「住んでいる場所は、ない」


 それ以外の問いかけに対する答えを俺は出来ない気がした。異世界から来た、なんて話してもいいかもしれないが、変な奴だと言って追い出されればそれこそ野宿確定だ。 


 「ならどうだ、うちへ来ないか?」


 「うち?」


 「そう――――――アリア・アスフィール相談所の探偵として働かないか?」


 想定外の言葉に俺は呆気にとられる。探偵?勇者とかじゃなくて?

 探偵と言えば謎解きをしたり、推理をしたりする職業だと思われがちだが、実際はかなり違う。浮気調査だの人探しだの、基本的に情報を掻き集めて整理する仕事だ。

 忍耐が問われる仕事、と言っても過言ではないか。


 「住む所がないのならばおいでと言っているんだ、雑用は自分でやって欲しいがね」


 願ってもない提案に思わず喜ぶ。唯一の生きる術に近いそれは俺にとっては有難い提案だった。

 しかし、しかしだ。それでは俺がニート生活出来ないではないか、働きたくないとしているのにそれでは現実逃避が出来ないのではないか。

 意味がない。それじゃあ意味がないんだ、今すぐ帰りたい、帰らせてくれ。


 「全部、誰かやってくれたりとかは......」


 我ながらかなり甘い提案だ。住む所を提示してくれただけで好条件、しかもこんないい屋敷で住まわせてくれるというのだから、普通じゃありえないということも承知している。

 それでもだ!それでも俺は働きたくないし家から出たくない。


 「自分でやりたまえ、嫌なら出て行ってくれても構わないんだよ」


 「やりますやります! やりますから!」


 野宿だけは、勘弁だ。


 「では、今日からここが君の我が家だ。おや、自己紹介がまだだったね。僕はアリア・アスフィールだ。さっきの子は私の部下、マイだよ、そして君は今日から私の部下となったわけだ」


 マイっていうのかぁ、マイちゃん、可愛い名前だなぁ、外見も可愛かったし、今日から一緒に暮らせるのかな。ん?ちょっと待てよ、今こいつなんて言った?

 俺はついつい聞き返してしまう。


 「え、は? 誰の部下って?」


 「僕の部下だ、僕に対しては敬意を払いたまえ?」


 あっこれ、俺苦労する奴だ。

 少し先の未来を俺は見通すことが簡単にできた、苦労する未来についてもだった。


 「でも、どうして俺なんかを?」


 当然の疑問だと思う、熱中症から助けたにしろ、俺を雇う理由なんかが見当たらない。嬉しすぎる提案、この上のない文句など付けようがないが、うまい話には裏がある。


 「ただの人手不足さ、それで鶴城くんが納得できない、そういうのであれば、勝手にしたまえ」


 不敵な笑みを浮かべて、心底楽しそうにしていた。不吉な予感が、俺の背中を這い寄っていた。


 アリアは愉快そうに歩きだし、部屋を出て行こうと歩みだす。ドアのぶに手をかけた時、アリアはくるりと振り向き、アリアは口を開いた。


 「鶴城くん、もう歩けるだろう? マイがご飯を用意して待っているだろうから、行くよ?」


 「本当だ」


 俺はベットからゆっくりと立ち上がり、扉の前で待っているアリアと共に部屋を出ていこうと扉の前に立つ。

 俺が扉に手を掛ける時、アリアは俺の手に重ねて手を置く。


 「いいのかい? 本当にここから先は戻れないよ?」


 本当に嫌な奴、俺に帰り道なんてないことも知ってる癖に、さっきだってそうだ「嫌だったら出て行ってもらっても構わない」って、自分にはデメリットないからなんだろ。


 でも、こいつにとってメリットってなんなんだ?人手不足なら俺じゃなくたって良いはずだ。俺がこいつの部下になったとして、メリットなんかあるとは思えない。


 だけど、もし違う理由があるのなら、知ってみたい。


 俺は一時的な好奇心に身を任せてみることにした。身を任せると言っても、それ以外に今生き残る、一番楽な道がこれしかなかったと言ってしまえる気がするのだが、それは今は気にしないでおこう。


 「戻る道なんてない......です」


 「良い覚悟だ」


 そして、ドアのぶを回し、部屋を後にした。

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