第2話『帰りたい』
「ふっ、行くぜ! ファイアアアアアアアア!!」
俺は手を敵に向ける。大声を叫んだ所で何も起こらない。敵はこちらを見つけると一目散に走ってくる。
走ってくることに少し足が竦んだが、いいや気のせいだと気持ちを立て直す。
「じゅ、呪文を間違えたんだな! よし、ファァァァァイアアアアアアアアアア!」
さっきと何も変わらない。変化があるとすれば言い方だけだ。しかも大差ない。
「うん、これはあれだ、無理だ」
知っていた。知っていたとはいえ、直面するとなかなか来るものがあるな。
そんなことを露も知らない狼のようなモンスターは猛突進をしてくる。俺は足が竦んで動けなくなっていた。あんなのにどう勝てって言うんだよ。こんな化け物を相手にして俺はどうして逃げなかったんだろうと後悔した。
背中を悪寒が駆け抜ける、全身の毛がそびえたっていた。
待て、まだ諦めな、もしかしたら超人的な身体能力かもしれないだろ!?
俺はまだ、希望を捨てきれずにいた。期待するだけ無駄だと一番自分が知っているはずなのに、期待している愚かな自分がいることも、俺は知っていた。
こう、雷がバババンってなる超能力かもしれないし、まだ諦めるな!
「かかってこいやおりゃあああああああああああああああああああああ!」
ヤケクソ、というのもあったのだろう。でも、足が動かない、その場から凍り付いたように動いてくれない。
「市民は逃げなさいっていうのを知らないのかい?」
爆雷が鳴り響く。それは俺の耳にもきちんと届いた。
突然、何処からか侮蔑を含む声が聞こえてくる。幼く、子供のような声なのに、どこか大人っぽさを感じるその声は、どうも俺に向けられた言葉らしい。
「―――――え?」
無意識に腕で顔を庇っていたようで、俺はその隙間からゆっくりと目を開き、状況を確認しようとする。俺は怖くて目を瞑っていた。
「どうなったんだ......?」
俺は声の持ち主を探そうと視線をさまよわせた。しかし、一番最初に目に入ってきたのは、化け物の死骸だった。化け物は丸焦げになっており、灰のように消えて行った。
残ったのは倒れた時に吹き荒れた砂埃。少女はその場に倒れ込むようにしてそこに居た。
俺はその場に唖然と立ち尽くしていた。
何が起こったんだ.....?
もしかして、本当に俺、特別な力がある系?
俺は自分の掌を見つめていた。異世界ファンタジー定番の主人公最強系に心震わせていたのだ。
しかし、ふとここで思った。さっき聞こえた声は誰だ?
「感謝の一言もないのかい?」
そうだった、さっき誰かの声が聞こえていたんだ。今度は嘲笑う声が聞こえてくる。俺はその声に気付き、後ろを振り向く。
「......いや、別にあれは俺の」
そこで俺は言葉が途切れた。いや、途切れざる負えない。見事とも呼べる容姿に、圧巻したのだ。
この世界で最も明るさのない色をした基調の外套を羽織り、可憐な牡丹の花で着飾っていた。しかも丁寧に赤色と言う血を連想させる色、それらを襟の首元のバッチで押えている。そのバッチにはドラゴン、竜が自分の尻尾を食べているような模様が描かれていた。
もっとも驚くべき点は美しさだった、普通だったら、ただ暗そうだなと感じただろう。しかし、彼女は暗い服装であるはずなのに、全く暗そうに見えない、それ処か俺から見たら輝いている。顔は童顔で幼いはずであるにも関わらず、透き通る鼻、妖艶な目先、何処をとっても普通の”人間”とは到底言い難い美しさを放っていた。その場だけ切り取られたような、絵から抜け出てきた絵画のような外見に、俺は心を奪われたのだ。
「何か私の顔についているかな?」
そして、この可憐な少女は俺のことを見つめて、にやにやと笑っている。まるで面白い玩具を見つけたかのように、俺はその視線に不思議と惹かれていた。
惚れたとかそういうのじゃない、ただ、この人には逆らえないと思った。
俺はそこではっと我に返った。
「いや、別にあれは俺の力だし」
「は?」
彼女は呆れ顔でこちらを見ていた。ジト目で見られるのもなかなか悪くない。内心で喜んでいると、俺は今までの現状を思い出した。
こんなピンチの状況に真の俺の力が発動して、目の前にこんな美少女が現れる。これはまさしくこの子が俺を召喚したと言っても過言じゃないだろ!
「それよりも、君が俺を召喚したんだろ?」
なんだなんだ?きっと魔王を倒せとか言われちゃうのかな。
俺はウキウキと共に不安を抱えていた。今後、俺が歩んでいく道が英雄伝のような道になるのか、それとも茨の道を歩むのか。普通に事情を話せば帰してくれるかなという淡い希望も抱いでいた。
「何を言ってるんだ君」
しかし、その希望も一喝で壊される。
ほえ?話が違うな、ここで「勇者様!どうかこの世界をお救いください!」的な展開を期待していたのだが。
嘲弄まじりの視線を俺は一身に浴びていた、一人の少女から。俺はどういう事か混乱し、つい口に滑らせてしまう。
「いやだから――――」
そこで俺の言葉は途切れた。前に軽く倒れ、足でなんとか踏ん張る。しかし、ふらつく足は容赦なく俺の踏ん張りを無下にし、力を抜いていく。俺はその場にヘタレ込む。
力が体に入らない。なんだ、体中が暑くて、暑いはずなのにどうしてひんやりとした感覚に襲われてんだ?
「ハァ......ハァ.....」
汗が俺の額から目のまわりを通り頬へと流れる。そして滴るは俺の汗。やべえ、そういえば一滴も水飲んでねぇ。
この炎天下において、水分を取らずに歩いたりしていたら、症状は決まっている。
「おい、大丈夫かい?」
俺の様子がおかしいと様子を伺ってくるが、返事は返せない。俺は震える手を喉に向ける、体が震えて動かない、代わりに出るのは嗚咽ばかり、一瞬でも気を抜けば吐きそうだ。何も食べてなくて良かったと内心でホッとする。しかし、これだけはどうしても言いたいと精一杯喉に力を込めて、ようやく声を出す。
「大丈夫.....」
去勢だった、でも俺は去勢を張らないといけない。俺は重い頭をなんとか挙げて立ち上がろうと努力する。立ち上がる必要がある。俺は聞かなくちゃ行けない。彼女が俺を呼んだ呼んでないにしろ、さっさと返してもらわないといけない。外の世界はもうコリゴリだ、もう帰りたい。
「早く......元の世界に帰し」
力が切れ、言い切る前に俺はその場に倒れる。
ダサい倒れ方だ。負傷して倒れるならいざ知らず、まさかの熱中症で倒れるなんて、間桐鶴城、一生の不覚だ。
薄れゆく意識の中で、視界がどんどんと暗くなっていく。その中で俺の顔をのぞき込むように見る少女。遠ざかり始める意識の中で、少女は邪険な顔をする。
「また面倒事を抱えてしまった......はぁ」
耳に届くのは一筋の声、突然目の前の人が倒れたというのに冷静さを保っている。てっきり焦ってくれるもんだと思ってたんだけど、逆に明らかに嫌そうな顔してやがる。こういう奴友達で居た、いや、親友だった。
ああ、思い出したくねえこと思い出したな......ゆっくり寝よう。今は、それだけを考えさせてくれ。
俺の意識はそこで途切れた。
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