誰であっても彼女を止めることはできない
@satou121
第1話『棒付きキャンディー』
「なんだよここぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
大通りから少し離れた裏路地で一人で大声を挙げる。想像をしてきて、渇望した異世界転生を迎えた訳だと言うのに喜ぶことが出来なかった。いくら何でも無謀過ぎる異世界転生に、上下統一された色のジャージ、一番履きなれたスニーカーをしている十七歳、間桐鶴城まとうつるぎは絶望していた。
「待て、俺はさっきまで何をしていた、落ち着くんだYOU」
俺は腕を組んで現状整理を始めた。
俺はさっきまで外出していた。でも何のために?こんな服装をしてどうして?
思い出そうにも少し考えれば頭痛がする。クソッ今はやめておこう、それよりも現状を確認することが先決だ。
文字通り、今の状態は一文無し。知り合いも金も知恵もない。
太陽が彼を強く照らし体温を上昇させ、水分を抜いていく。干からびてそのうち木乃伊になりそうだ。
滴る汗が鶴城の背中を流れてジャージの下に来ている下着に染み込む。
止まっていても仕方ないと行先も決まっていない一歩を踏み出す。
大通りに出ると真っ先に飛び込んできたのは強い日差しだった。空の天気は快晴、快晴過ぎるくらい青空は綺麗だし太陽は眩しかった。
「あっついなぁ......夏かぁ?」
手をかざし、その陰で空を見上げる。蒸し暑い所ではやっぱりクーラーが必須だってのに、ああ、早く帰らねば。
俺の横を通り過ぎるのは銀色の甲冑を着こなし、腰に細い剣を突き差し、太ももにダガーナイフを携えている人間ばかり、これではまるで......まるでファンタジーだ。
こんなことになるなんて想像が出来るはずがなかった。この俺は何も悪い事なんてしてこなかったし、したつもりもない。それを言ってしまえば同情をされるかもしれないが、逆に言えば良い事も何もしてこなかった。
神が俺を見捨てた。不登校になってしまった俺への罰か、それとも人生から逃げたことへの罰か。
理由はどうでもいい。気付けば異世界なんていうそんなアニメでしかありえない状況をなんとしても打破する必要がある。俺は帰って楽に暮らすんだ。ニート生活はまだ始まったばっかりなんだ!
「落ち着けー、落ち着けー。きっと俺は異世界へやってきた。じゃあたぶん召喚した奴がいるのが定番中の定番だ」
歩きながらブツブツと独り言を話す。
俺が意味もなくこの世界に飛ばされたはずなんかない、きっと理由がある。そうじゃなければ俺は今から一人で生きて行かなくてはいけない。そんなの御免だ、俺は養ってもらわなくちゃいけない。働くなんて、絶対に嫌だ。一刻も早く見つけて紐にならなければ。
そこでふと妙案を思い付いた。俺は足を止めて考えたことを口に出してみる。
「美少女っぽい奴に話しかければいいか、いいよね? ......不審者じゃね?」
自問自答で終わってしまった。それっぽい人に話しかけて、憲兵でも呼ばれたらたまったもんじゃない。しかも「召喚したのは君ですか」なんて言える訳ないだろ!馬鹿言うな!
しかし、それ以外に手段がないのも事実だった。
現実逃避をしている暇はない、夜になれば野宿、二日目になれば空腹との戦い。3日目からはもう想像したくない。
商店街のように露店が並び、様々な食べ物や見たことのある果実、中には何かの動物の皮とかが売られていた。横を通る人は剣を差している人ばかりかと思えば、買い物袋のような籠を手に持ち、羊毛で出来た服を身に纏っていた。俺は周りに目をやりつつ、すげえと見惚れていた。
「話しかけるのは何時でも出来るし、地形を把握しよう」
手をポンとして納得する。もし今日見つからなかったら、野宿だ、寝やすい場所を見つけないと。
俺の歩いている道は舗装されていて、たまに出っ張った部分があるが、気を付けて歩けば転ぶことはないように見えた。
町は赤いレンガ出来た中世の建物に見えた。家々の間には縄が引かれてその縄の上に洗濯物がポツポツと乗っている。
「本当に異世界かよ」
目の前の光景を未だに信じられない。そういえば、この世界で、通貨って言う概念はあるのか?そもそも言葉が通じない可能性も、ブツブツ交換できるならしたいしな、何持ってたっけ.....
ポケットの中にある物を頭の中で箇条書きで記憶しておく。今あるこれが俺の全財産だ、しっかり覚えておかないと。
間桐鶴城まとうつるぎは自分の持っている所持品を確認する。
・棒付きキャンディー
「終わった、俺の異世界人生終わった」
俺はその場に崩れ行く、道の真ん中に膝を付いて四つん這いになる。
道行く人たちに暑さのせいか冷たいが暖かく感じる視線を俺に向けられているのは分かっている。でもこの状況で四つん這いに倒れない奴がいるなら聞きたい。これでどうやって生きて行けばいいんだ。
どうしろと、どうしろって言うんだこの状況!?
ブツブツ交換の希望は断たれた。元の世界の通貨も一銭も持ってないじゃねえか......。
昼ご飯どうすっかなぁ。
そういえば何も食べていないと思うと急にお腹が空いてきた。
「いかんいかん、今は耐える時」
特別な知識を持っている訳でもない、策略が得意なわけじゃない。ただの無能だ。自分でもそのことには気付いていた。
俺が引きこもった理由は二つある。
一つは彼女に振られたことだ。本気で愛していたが、相手はそうでもなかったらしい。まさか付き合って一週間で振られるとは思ってなかった。挙句の果てに俺は周りの友達に出来たーと報告していたが、彼女は誰一人にも言っていなかった。その事実を別れた後に知った時、心を閉ざした。
それから数週間後、俺と一緒に育って、毎晩一緒に寝て、俺が振られて泣いてた時も傍でペロペロと顔を舐めて慰めてくれた愛犬が、先に逝った。
人生に絶望して、俺は引きこもりを始めた。
俺は冷めた目で過去を見つめていた。見ているはずなのは地面なのに、俺の瞳に移るのは過去の自分。小さな虫が俺の目と鼻の先と歩いている。少なくとも俺が四つん這いになっているから踏まれることはないと思う。
「お前も、一人か?」
虫が喋る訳ないだろ?俺は何をやってんだ。頭の力を軽く抜き、ガクッとする。深く溜息を吐いて、そろそろ探さないとと立ち上がる。
「待ってろよ、美少女!!」
意気揚々と気持ちを入れ直した直後、それは起こった。
「キャッー!」
突如、起こったそれは、前方、五十メートルくらい先から女性の悲鳴が響き渡る。周囲の賑やかな空間は一変、誰もが声を閉じ、その場は静寂と化した。悲鳴の元凶、若しくは悲鳴が聞こえた先を確かめようとこの場の全員が前方に視線を向ける。
「なんだ?」
火事でも起こったと言わんばかりの大騒ぎ具合に押し寄せる。
「うわああああ! 逃げろおおお! モンスターだあああああ!」
俺は状況が呑み込めなかった。先程まで俺に冷たい視線を向けてきていた人達も今は俺のことなんてガン無視。買った果実なんかどうでもいいと言わんばかりに落っこちた物をそのままにして走っていく。
モンスターって言ってたな、なら是非とも一目見たい!しかし、大勢の人間に逆に押され、どんどん後ろに下がっていく。俺はそんな群衆に混ざり、体温がついに灼熱の温度と化していた。
「俺は前に行きたいんだよ!」
頭が若干ボーッとしている、そんな状況で俺は後ずさりになり、出っ張っている石に躓き、その場で転んでしまう。
「うおっ!」
群衆はそんなのをお構いなしに俺のことを踏んで進んでいく。
俺は致命傷を負わないように、顔を腕で隠し、極力身を縮まらせていた。
そして数秒後、先程までのんびりとしていた商店街はがらんとして、人っ子一人いない空っぽの空間になった。
そして、悲鳴、群衆が逃げてきた先にいる物を俺は凝視する。
道の先は地面から炎のような揺らめきが立ちのぼる陽炎でゆらゆらとしていた。
ぼんやりとした影に、ソレは確かに居た。
四つの大きな牙、白い毛に尻尾。体長は優に三メートルを超えていた。俺より一回り大きいそれはその四つの牙で噛まないようにして四足で立ち、人形のように可愛い女性を一人咥えていた。
「これはもしかして、俺がこいつを倒して女の子を助けろっていうイベント?」
でも体に違和感とかないな、いや、こいつがクソ弱いとかあるのかもしんないな。もしかして魔法が使えたり?
頭で色々と興奮しながら考えていた。
どんな魔法かな、ファイアーって言えば出せるのかな?
試してみる価値はあるんじゃないかと俺は仁王立ちしてモンスターと言われる奴を不敵な笑みで見つめる。
「だとすると、持ち物が棒付きキャンディーだけなのも説明が付くな、何故なら、俺の異世界転生に、持ち物は俺の体一つで十分だ!!」
間桐鶴城まとうつるぎ、人生一七年目にして、初めての分岐点が訪れる瞬間だった。
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