わたしの目指すもの

いきと

わたしの目指すもの

「星がきれい」

 都会の夜空は、久しぶりのきれいな星空となっている。

 昨日の大雨で、空が洗い流されたみたい。

 星たちの輝きを見ていると、いつも、故郷のことを思い出してしまう。

 そういえば、お母さんが、

 「ちゃんと食べてる?」って、

 心配していたなぁ。

 手にしているコンビニ袋をのぞきこむ。

   クリームパン 1個

   プリン 2個

 うん、栄養バランスばっちり!

 ・・・・・・そんなわけ、あるか~~!

 ついつい、心の中で、ボケ突っ込み。

 上京してきて、ずいぶん経っている。アルバイト暮らしで、今もアルバイトからの帰り道だ。

 小説家になりたいと思って、いろんな賞に応募しているけれど、ぜんぜん、受賞できない。

 賞をとった人たちが小説家になっていく。

 小説家になれる人は、限られている。

 それを、わたしは目指している。


************


 夜道を歩いていると、道端に桜の花びらを発見した。

 どこにあるんだろう?

 花びらが落ちている方を目で追っていく。

 すると、小さな公園の真ん中に、大きな桜の木があった。

 公園の街灯が桜を照らしている。


 ん?

 あれ? 

 子供?


 桜の近くに、小さな子が立っていた。


 こんな夜遅くに、子供が?


 気になって、そっと、近づいていく。

 普段着・・・・・・というよりはハイキングに出かけるような服装。そして、足元には大きなリュックサックが置いてあった。本格的な登山・・・・・・あるいは旅をするような装備だった。

 夜空を見あげている子を間近で観察する。きれいな黒髪は、首元くらいの高さで切り揃えられている。たぶん女の子。

 何か困っているのかもしれない。よし、声をかけてみよう。


「大丈夫?」

「だいじょうぶ、星を見ているの」

 ショートヘアの子が、わたしにちらりと視線をむけて、すぐに視線を星空に戻していった。

「こらこら、もう子供は寝る時間だよ」

「もうちょっと見てから寝る~」

 むむむ。

 なんか、くやしい。

 何か良い手は・・・・・・。視線を彷徨わせていると、手から下げているコンビニ袋に目がとまった。

「プリンあげようか?」

「プリン!?」

 わたしのコンビニ袋に、釘付けになっている女の子。その反応に、優越感にひたりながら、コンビニ袋からプリンを取り出す。

 そして、プリンを持ったまま、公園の隅にあるベンチへと誘導する。

 思った通り、女の子は、大きなリュックサックを背負ってついてきた。


 プリンをベンチに置く。

 女の子が、リュックサックを降ろして、ちょこんと座った。

 ベンチの上には電灯があって、女の子の姿がはっきりと見えた。

 クラスの人気者になれそうな美少女だ。

 女の子は、プリンを手にしたまま、わたしを・・・・・・、

 ・・・・・・じゃなくて、コンビニ袋を見ていた。

 はて・・・・・・、プリンはもう渡したけど・・・・・・?

 あー、そうか。

 袋をごそごぞと漁る。


 おー、あった。


 えらいえらい。

 コンビニ店員に感謝しつつ、プラスチックのスプーンを、少女に手渡す。

「ありがと~」とお礼を言うと、プリンを食べ始める。

 一口食べるたびに、足をパタパタとさせて、喜んでいる。

 そんな光景を見て、つい顔が、緩んでしまう。

 なんだか、わたしもプリンを食べたくなってきた。

 プリンはもう1個ある。

 さて、わたしも一緒に・・・・・・。

 スプーンを求めて、コンビニ袋を漁る。

 ・・・・・・ない。・・・・・・あれ?

 袋を覗き込んでみるけれど、やっぱり、ない。

 ・・・・・・。

 1個しか入れてくれなかったの~~!?

 先ほどの店員への感謝を、即座にキャンセル。

 1人でプリンを2個食べるって思われたのか・・・・・・。

 ・・・・・・まぁ、合っているんだけど・・・・・・。


 わたしが小さく唸っていると、口元に、プリンの欠片がのっかったスプーンがやってきた。

 反射的に、パクリと食べる。

 お い し い~~!!

 全身が小刻みに揺れる。

 なぜか、ちょっと涙が出た。

 プリン100個分のおいしさ!

 上京してきて、ずっと独りだったから、優しさに飢えてしまっていたのかもしれない。

 あまりの嬉しさに目尻にたまった涙を誤魔化すように、目の前の少女に、独りで上京していることを語り始めてしまった。

 なぜか、無性に話したくなっちゃったのだ。

 少女は興味ありげに耳を傾けてくれている。


 ここからずっと離れた場所にある故郷の名前を口にした。

 まぁ、わからないよね……。

 アルバイトの人たちとの飲み会とかで、故郷話の機会が何度かあった。

 でも、わたしの故郷のことを詳しく知っている人は誰もいなかった。


 自分が暴走してきたのに気付いて、いったん、話すのを止める。

「知ってるよー。たしか、あそこにあったのは・・・・・・」

 女の子は、わたしの故郷の名所をつぎつぎに口にしていく。

 なぬ!?

 名所といっても、全国レベルで有名なものじゃない。

 地元の子供が遠足で行くような、ローカルな名所だ。

 ほー、と感嘆をあげながら、少女の話を頷きながら聴いていた。


 やがて、わたしの故郷の話も落ち着いて、次の話題を考えはじめた。

「ねぇ・・・・・・。

 あ、」

 まだ名前を聞いてなかった。

 自分の名前をなのってから、女の子に名前をたずねた。

「あたしは、ミカナ。

 未来を奏でるって書いて、未奏」

「ミカナちゃん。良い名前ね」

 褒めてあげると、にっこりと笑顔を返してくれる。

 ――そうだ。

 誰かに、話したいことがあった。

 心が通じあえる人と出会えたら、話したかったこと。だから、ずっと、話せなかった。


 深呼吸をすると、ベンチから離れて、桜の下まで行く。

 桜の花びらが、静かに舞っている。

 ミカナちゃんも立ち上がって、トコトコと来てくれた。

 空を、見あげる。

 星が瞬いている。


「わたし、小説家になりたいの。

 でも、賞に応募しても、落選続きで・・・・・・。

 夢を叶えるのって、むずかしいよね・・・・・・」

 一番輝いている星を見つめる。

 その星が、わたしの夢だとしたら、そこには辿りつけそうにない。

 あそこに辿り着けるのは、ほんのわずかな人だけだ。

 ミカナちゃんが、何かを言おうとしている。

 けれど、

 ちょっと怖くて、先に質問を投げかけてしまった。

「ミカナちゃんは、夢ってあるの?」

 意地悪な質問。

 わたしだったら、初対面の相手に、こんな質問されたら答えたくない。

 ミカナちゃんは、わたしの顔を見上げて、微笑んだ。

「あたしの夢は、ともだちを1000人つくること!」

「せ、せんにん……」


 決意に満ちた、強い、強い声。

 そして、力強い瞳の輝き。

 悩む素振りは無かった。思いつきで出たものじゃない。

 きっと、ずっと前から、

 ・・・その夢を決めて、

 ・・・・・・生きてきたんだ。

 なぜか、体がざわめく。


「だいじょうぶ。

 今日も、ひとり増えたから」


 そういって、ミカナちゃんが手を差しのべる。

 気づくと、すぐにその手をとっていた。

 あたたかく、やわらかい手。

 前に、誰かと手を繋いだのは、いつだっただろう?

 妙にくすぐったい。


「小説家になりたいって思ったのは、なんで?」

「え、えーと・・・・・・」

 な、なんでだっけ? 

 すぐに言葉がでてこない。

 大きく深呼吸。

 目をとじて、過去の記憶をさかのぼる。

 ・・・・・・思い出した。

「子供のころ、本を読むのが好きで・・・・・・。

 わたしも、お話を考えるのが面白くて・・・・・・。

 それが、きっかけ・・・・・・かな?」

 ぽつり、ぽつりと、

 思い出したことを口に出す。

   お気に入りの本。

   つくった物語。

 なんで、

 なんで、

 こんな大切なことを忘れていたんだろう?


 わたしが話し終えると、ミカナちゃんが夜空を指さした。

「ねぇ、あそこの星は、何に見える?」

「む、なんの星座だったかな」

 記憶の糸をたどる。

「あれは、北斗七星だから・・・・・・」

「あたしには、ちょうちょ座に見える。

 だって、チョウチョが羽を広げているみたいだもん」

「ちょうちょ座っていうのね」

 小説家を目指しているのに、星座の知識も無いなんて・・・・・・。

 あとで、勉強しなくちゃ。

 ミカナちゃんは、まっすぐ、わたしを見つめていた。

 口元だけを緩めて、微笑む。大人びた笑い方だった。

 何か、言いたいのかな?

 でも、待っていても、何も言ってくれない。


 やがて、ミカナちゃんは、明るい子供らしい笑顔に戻って、他の場所を指さした。

「あそこのは、しし座。

 あたしには、ライオンに見えないなー」

 ミカナちゃんが、星空を解説していってくれた。

 時間のたつのを忘れて、聴き入っていた。


「こんな時間だけど、だいじょうぶ?」

 ミカナちゃんは、公園に設置されている時計を指さした。

 目をこらして、確認してみる。


 あれ、もう、23時!?

 明日もアルバイトだから、はやく帰って寝なくちゃ。


「それじゃあね、ミカナちゃん」

 頭のすみっこで、何かを忘れているような違和感が・・・・・・。

 でも、すぐに思い出せない。

 手を振るミカナちゃんに別れを告げて、そそくさと、帰宅した。

 その夜は、ぐっすりと眠れた。


************


 次の賞の締め切りは、一週間後!

 まだ半分も書けてない・・・・・・。

 原稿をかかなくちゃ。


 ミカナちゃんと出会った次の夜。

 急いで帰ろうとしていたけれど、公園の前で足が止まった。

 夜の公園を見渡すけれど、ミカナちゃんは居ない。


 あたりまえか・・・・・・。

 そういえば、ミカナちゃんと別れるときに、何か忘れていたような・・・・・・。

 腕組みをして、唸りながら、頭をひねる。

 あ・・・・・・。

 思わす、頭を抱えてしまう。

 あ~~!!

 なに、ひとりで帰っているの、わたし!

 ミカナちゃんを家に帰さなくちゃいけなかったのに・・・・・・。

 ふぅと、深呼吸する。

 行方不明の子供のニュースも無かったし・・・・・・。

 た、たぶん、大丈夫。

 公園に入って、桜の木まで歩く。

 花びらは、だいぶ少なくなっている。

 昨日と同じように、星空を見上げる。

 ミカナちゃんが教えてくれた、ちょうちょ座は、どこだったっけ?

 スマホを取り出して、星座を調べてみる。


「あれ、ちょうちょ座って、無いの?」

 ちょうちょ座と言っていたのは、たぶん、おおぐま座の一部っぽい。

 ミカナちゃんが、間違えていた?

 でも、そんな風には・・・・・・。

 ひとつひとつ、思い出していく。


  ――あそこの星は、何に見える?

  ――あそこのは、しし座。あたしには、ライオンに見えないなー


 心の中に響く、ミカナちゃんの声。


 ビュゥと、突風が吹いて、まわりの音をかき消す。

 たくさんの花びらと、夜空が重なった。

 花びらが落ちていった後、重なっていた星たちが、桜の花に見えた。

 目をおおきく見開く。

 あの子が伝えたかったのは・・・・・・。


 ミカナちゃんの、ちょうちょ座に、目を向ける。


「未奏ちゃん、

 わたしには、ちょうちょじゃなくて、開いている本に見えるよ」


 星空は1種類だと思ってた。

 でも、そうじゃない。

 自由に見ていいんだ。

 見るひとによって、違っていていい。


 だから、わたしが目指そうとしていた「小説家」というのも、みんなが言っているものとは違っててもいい。


 子供のころ、

 上手い、下手は関係なくて。

 いろんな話を思いつくのが面白かった。

 ただ、それだけで、幸せだった。


 そっと、目を閉じる。

 そっと、右手と左手を合わせる。

 こころが、晴れていく。


 すっかり忘れてしまっていた子供の頃の心に、囁く。


「待っていてね。

 たくさん書いてあげるから」


                     おわり。

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