私は駅馬車もオレゴン魂も大好きですので、作者の意図通りに楽しめたと思います。
西部劇というのは一種の様式美にまでなっている、いわゆる完成されたジャンルなので、どうやってそれを日本の小説として再生させるかは結構難しいはずです。この作品の場合もそのハードルをやすやすと超えているとまでは言えないのですが、ただ主人公のキャラクターが非常によく書けていて、いわゆるマッチョではなく、日本的なセンチメンタルな部分を持っているところが読みやすく感じました。
銃撃戦のシーンは丁寧ですし、随所に格好いい表現があり、スピード感も後半まで落ちず、エンターテインメントとして厚みのある作品です。このジャンルにあまり詳しくなくても、西部劇ってどんなんだっけ、という好奇心があれば楽しめるのではないでしょうか。
熱砂の荒野。
容赦なく照り付ける太陽の下、馬が駆け、銃声が轟く。
無法者がはびこる20世紀初頭のアメリカ、アリゾナで、
不運の星の下に生まれた臆病者の復讐劇が今、始まる。
破格に凶悪な賞金首、ラファエルは強盗団を率いている。
少年ディエゴは形見の拳銃を携え、ラファエルに直談判。
強盗団への入団が叶い、5年の間に数々の惨劇を目撃する。
ラファエルは悪魔だ。狡猾で、人を殺すことを楽しんでいる。
白状すると、私は西部劇というものを何となくしか知らない。
「アリゾナってどこだろ?」と検索したレベルのぽんこつだが、
アメリカ史の知識の有無は、物語への没入に何ら影響を与えない。
舞台となる社会の様相はドラマの背景として克明に描かれている。
主人公ディエゴは、ゴールドラッシュに殺到した移民の子孫で、
宿敵ラファエルはメキシコ出身、ヒロインのエマは混血児。
南北戦争は半世紀前に終結したものの、社会の不公平は根強い。
生き延びるためには、例え法を犯そうとも、「力」が必要だ。
復讐劇はディエゴの故郷ローンに舞台を移して凄惨さを増し、
より多数の感情と思惑、執着と打算が絡み合って複雑化する。
正義も法の加護も、もはや誰にも存在しない。
銃を取って人を撃つ、その覚悟だけがすべて。
「銃を撃てることと人を撃てることは違う」
物語の鍵となる上記の台詞を始め、ガンマンたちの言葉が軽妙。
引き締まった文体が作品世界の雰囲気とマッチして格好いい。
殺伐としてドライ、それでいて情に厚い人間ドラマに痺れる。
早撃ちのガンマンって、誰もが1度は憧れるでしょう?
憧れのままに読んでもらいたい。とにかくヤバいから。