第2話
目を覚ますとひんやりとした冷たい地面に横たわっていた。
最悪の目覚めの中、体を起こし辺りを見渡す。
ゴツゴツとした岩の塊りが円を描くようにして全体を囲んでおり、肌にじめじめとした気持ち悪い空気を感じる。
異世界に召喚されて初めて見たものが土色一色の大きな洞窟。通路の奥を見ても出口らしき光はなく、かろうじで辺りが見渡せる明るさ。
召喚先は、何処かの街だろうと安易に考えていた俺だが、残念なことに現実はそうそううまく行ってくれない。
俺は、衣服についた土を払いのけ、足に力を入れて自然な動作で立ち上がる。
「ふんとこしょ...」
立ち上がり気づいたが、体は以前と変わらないしなやかに鍛えられたよく動く体だ。近くの水たまりを見て、容姿を確認するがストレスで白色になった髪と生気のない目つき、明らかに俺のもの...。
どうやら、問題なく生き返って異世界に飛ばされたらしい。
一度背伸びをして、鈍った体をほぐしてとりあえず出口を見つけるため、動き出そうとすると、足にコツンと何かが当たる。
見ると、俺が愛用していた竹刀が転がっているではないか。どうやら装備は試合帰り道のままのようだ。俺は落ちている竹刀を拾い上げ、上段に構え一度素振りをしてみる。
「しっ!」
上から振り下ろされた竹刀は、しっかりとした軌道を描いて空気を斬り割き、鈍い音を鳴らす。俺愛用の竹刀はやはり手に馴染む。まるで自分の腕を操っているかのようだ。竹刀を持っただけでこの安心感、どんな敵だろうと倒せてしまえそうだ。
「さてと、とりあえず出口でも探しますか...」
と、能天気なことを言っていると自身の頭上に影が差す。
「んっ!?」
振り返る。いや、正確に寒気のするようなヌルりとした視線を感じて振り向かれたという感じだろうか...
「うっ!!」
俺は、まずいと思い必死に自分の身を丸めて飛ぶようにして前転する。
後ろからものすごい轟音が聞こえ耳がバカになりそうだ。
慌てて振り返ると、さっきまで俺のいた場所に何かで切り裂かれたような大穴が開いていた...
「なっ、なんだ・・・!?」
頭上を見上げると思わず体が恐怖で竦み上がった。
見上げた先には、大きな獣がギラギラとした目で此方を見ながら立っていた。
そいつは、茶色のたてがみに鋭い牙と鋭い爪を持った、蛇の様な尻尾を持つ獣だった。四足歩行で歩くその姿は少しライオンに似ている。大きさは、全長二メートルを超えて洞窟に頭が付きそうなくらいに大きい。
俺の心臓が自身でも鼓動が聞こえるくらいにバクバクと早くなる。
動かなければ間違えなく殺される...。
先ほどの攻撃を避けたのは、たまたまで次は避けるかは分からない。俺は素早く立ち上がり、獣から離れるように後退して逆方向に脱兎のごとく走り出す。
自慢じゃないが足には自信がある。
逃げきれる。俺はそう思って走り出した。しかし...
「がはっ!!」
背中に鈍い衝撃の後、痛みと共に体が地面に引きづられる。
「痛ぇな...!!」
吹き飛ばされてかなり痛むが何時までも寝転がったままではまずい。歯を食いしばりながらなんとか起き上がる。
今ので肋骨が何本か逝ったようで、痛みで視界がかすむ。
「がっ゛くっ...」
右手に握られている竹刀を見る。こんなもの、あんなでか物に効くはずもない。だが逃げれきれないと分かった以上、戦うしかない。
俺は、覚悟を決め、震える両手で竹刀を握りなおす。異世界に飛ばされて、なにも分からないまま、何も成し遂げれないまま死んでいく...。そんなのは絶対にごめんだ...。何よりも、こんな獣ごときにこの俺が殺されていいわけがない。
「切り抜ける…」
俺は、地面を蹴り獣向けて走り出す。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
しっかりと、地面を踏みしめ、上段から獣の頭に一振り...
「う゛っ...!!」
鋭い爪がスローモーションの様に横から襲ってくるのが見えた。焦ってうかつに地面を踏みしめていたので、もう躱すことはできない。
「がっ!!」
俺の体は、まるでハエでも払うかのように弾き飛ばされた。そのまま、壁が近づき...
「お゛っ゛!!」
叩きつけられた。背中の衝撃で呼吸が苦しい...。だが飢えた獣は、俺のことを餌としか思っていないらしく、獣くさい涎をたらしながら此方に近づいてくる。
「はぁ...はぁ...くっそ...」
俺は、追撃がある前に立ち上がろうとする...。しかし...
「あれ...?」
体に力が入らない。それどころか左腕の感覚がまるでない。左腕を見る...。ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない...
「ぎゃあああああああああああああ!!」
焼けるような痛みを感じ地面にのた打ち回る。左側から血がとめどなくあふれ出てきて、寒気が襲ってくる。だがそんなことをしている間にも、獣は獲物を狩る為に近づいて来ている。
「う゛ぅ゛ぅ...がっ…はぁ...はぁ…はぁ...死ぬ...この俺がまた理不尽に負ける…」
そう思った途端、怒りが体を支配する。
「こんな、クッソたれな理不尽にこの俺が屈していいわけがない!!」
血が頭に上るような感覚に襲われて、視界が広くクリアになった...。
「一度死んでも...図々しく生きながらえているんだ...こんな簡単に死んでたまるか!!」
歯を食いしばり、震える足に無理矢理力を入れて立ち上がる。アドレナリンのせいか何かは知らないがなぜかもう痛みはない。
「何で、お前ごとき獣にこの俺が殺されなきゃいけないんだよ!!」
俺は獣を睨む。
たとえ意味がなくとも、こんな獣に負けることはこの俺のプライドが許さない。
「うおおおおおおおおおおお!!」
竹刀を右手で握り走り出す。横なぎに獣の鋭い爪が此方に迫ってくるの横目で見る...。
「油断したな...このクソゴミが!!」
俺は分かっていた。この獣には確かな意思らしきものがあると、ならばこいつは油断する。先ほどのように簡単に俺を薙ぎ払えると踏んだのだろう。
俺は、その攻撃を、地面を滑るようにして躱して獣の懐に入る。
「うおおおおぉぉ!!」
俺は掛け声とともに地面に滑りこみ、その威力を殺さないまま飛び上がった。
俺は、瞬時に弱点を判断して獣の眼球目掛けて竹刀を思いっきり突きつける。
「とどけええええええええ!!」
叫びと共に放たれた俺の渾身の突きは...
グチャという生々しい音を立てながら、なんとか獣の左目を抉り取るように突き刺さった。
「ギャアアアアア!!」
獣が初めて上げた悲痛の声に俺は歓喜する。
しかし、油断してはいられない。俺は、突き刺さった竹刀から手を放し、地面に転がるように着地、獣が痛みに悶えているうちに後ろに向かって今できる最大速度で走り出す。
「くっ・・・」
流石に、血を失い過ぎたのと意識すると激しい痛みで足元がふらつくが、そんなこと今は構っている場合ではない。逃げなければ確実に殺されるのだから...。
俺は、痛む左腕を抑えながら必死に逃げ出した...
◆
「はぁ...はぁ...はぁ...」
あれから十分。ふらつく足でひたすら歩き続けてようやく出口らしきものを見つけた。だがもう体力は限界に近く、出血多量で視界がくらみ、もう自分でも訳が分からないくらいに必死に歩いていたが、今にもの倒れてしまいそうだ。幸いなことに獣が追ってくる様子はない。俺は、壁に体を預け、何とか洞窟の奥の光を目指す...。
「あ゛ぁ゛...」
膝をつき洞窟の冷たい地面に横たわる。ひんやりとした地面が今は心地いい...生き残ろうとあがいたが、どうやらここでお終いのようだ。出口まで、あと数メートル...。洞窟を出て救わるとは限らない。
けれどせめて、せっかく来た異世界がどんなものかぐらいか知りたかった...。そんな後悔を残しながら、俺は突っ伏すのだった。
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