魔人がいる世界で~地獄の中からでも這い上がる~
カルシウム
一章
第1話
天井近くの窓から、暖かい日が差し込む埃と汗の匂いが入り混じった広い体育館の中心。気合の怒号と共に、竹刀で面をたたくパン!という甲高い音が体育館全体に響き渡る。
審判が、こちら側に白い旗を上げて判定を下した瞬間、試合を見ていた周りの観客は、煩い歓声と耳に響く雑音のような拍手をさもめんどくさそうに行う。周りの歓声や拍手そんなものは俺にとってはどうでもいいことだ。俺は、自分の欲求を満たすためだけに剣道の試合に勝利したのだから。どす黒い感情と共に笑いが込み上げてきた。
「ふっ!ハッ!ハッ!ハッ!」
我慢していたがもう笑わずにはいられない。
人を蹴散らし、相手選手の勝利への執着を踏みにじり見下すことが俺にとって何より快感であり幸せだ。
試合前に俺のことをバカにして、嫌味を言ってきた相手選手が面の奥からでも分かるほど、憎々しそうに睨み付けている。
「ちっ!!」
相手選手は、舌打ちの後試合終了の挨拶も終わらない先に自分の竹刀を地面に叩きつけ、大きな足音を立てて俺に詰め寄ってくるではないか…
俺は、そんな奴の目をしっかりと見据えて、言ってやることにした。
「なんだお前?負けたんだろ?敗者は、敗者らしくしろっブッ!!フッハッ!ハッ!ハッ!雑魚っ!!ブッ!」
相手選手は怒りを隠すことなく眉間に皴を寄せ、憤怒の表情で俺の胸倉を掴んできたがそれでも笑いが止まらない。
「フッハッ!ハッ!ハッ!ハッ!」
こんな歪んだ性格の俺だが、高校の剣道全国大会で優勝したのであった…
◆
全国大会の帰り道
俺のボロ家は、試合会場から近かったので竹刀を持ってなじみの帰路を歩いていた。使い慣れた竹刀は俺の肩にすっぱりと収まるように鎮座している。
帰路はそこまで狭くないが、車二台がやっと通れる幅で、歩道はないので白線の外側を歩いていた。
多少道幅が狭いが家までの最短ルートであるから、試合の時はいつもこの道を利用している。
夏の刺すような日差しのせいで、アスファルト特有の焦げたような不快なにおいが鼻に刺す。だが、今の俺の気分はそんな悪臭など関係しないほどにものすごくよかった。
自分が剣を毎日の様に振り続けて努力の成果が実り、優勝したからではない。決勝戦で戦った相手がライバルだったわけでもない。あんな雑魚がライバルなわけがない…。
「ブッ!!」
考えただけでも笑いが込み上げてくる。
ではなぜ、こんなにも気分がいいのか?
それは、簡単な理由だ。今まで一人でやってきたことが他人を見下すことに繋がったからだ。他者に頼らず、一人で努力し勝利することで、完全に人を見下すことが出来るような気がした。
「フッ!ハッ!ハッ!!」
俺は、青と白のコントラストを彩る美しい空に向かって大きく腕を広げ、体をすべて使い大げさに高笑いをしてみせる。周りの視線など知ったことではない。今はそんなものはどうでもいい。少しでもこの素晴らしい気分の余韻に浸っていたいのだ。
しかし、俺の心情とは裏腹に、気分を台無しにする大きな重低音をが後ろから聞こえるではないか。
騒音を無駄に出すバカ丸出しの車など、振り返って見る価値もない…。
けたたましいエンジン音がだんだん近づいてきて、もうそろそろ俺の横を通り過ぎるであろうと思った突如...
背中に何かがぶつかる感覚に続いて、鈍痛が走る。
「お゛っ゛!!」
浮遊感に苛まれれ視界がぐるぐると回る。そのままわけが分からないまま地面らしきものが近づき…
「がっ゛!!」
視界が歪む。少したつと、焼けるような激しい痛みが襲ってきたが、痛みはすぐに消え、その代わりに意識が朦朧としてくる。薄れゆく意識の中必死に目を開けると、黒塗の車が黒い排気ガスをまき散らしながら走り去っていくのが見えた。
誰かが黒塗の車の窓から手を出し、親指を下に向けているのが見えた。
途端、とてつもない怒りの奔流が体を支配する。
怒りに任せて、歯を食いしばりながらも立ち上がろうとしたが、手足に力が入らない…
「くっそ...絶対に殺してやる...」
俺の意識は暗転した…
◆
目を覚ます...。
俺は、無機質で硬い地面らしきところに寝そべっていた。体を起こし辺りを見渡すと、深い闇で覆われていて何も見えない。
何故こんなところにいるのか、必死に思い出そうとしていると、唐突にどこかぼぉーとする頭の中に直接入ってくるような気味の悪い声が聞こえた。
「誰だ!!」
何も見えない暗闇は不安なもので、聞こえた機械音のような声に恐怖と驚きを隠せない。
俺は、ふと考えてしまった。
これは、人を見下す事しか知らない俺に与えられた罰なのであろうか...?そう思うと吐き気がするような怒りが込み上げてくる。
「こんな俺にしたのは誰だ!!俺は、悪くなんかない!!」
俺は悪くない世の中が悪いのだ。そんな俺の怒りに答えるように突如、目の前に眩い金色の光が現れる。
「!?」
反射的に目を閉じてしまう。恐る恐る目を開けてみると、また頭の中に直接機械音のような声が入ってきた。
音は、光りの中から発せられているようだ。
「お前は死んだ」
「はっ?」
ノイズの中に混じって確かに告げられた死。記憶が写真の様にフラッシュバックし、全国大会の帰り道、車に轢かれたことを思い出す。慌てて体を触ってみるが異常はない。一応実体はあるようだが、ここは死んだ後の世界だろうか…?ということはここは地獄か?
「地獄ではない」
短絡的な俺の心の声を読み機械音を出す謎の光。
謎の光が俺の心を読んだことに不気味なものを感じたが、なんとか現状を把握するために質問をしてみることにする。
「では、ここはどこだ?」
「教えられない」
「何だよそれは!!」
わけの分からない状況で怒りに任せて叫ぶしかない。
今の俺は突然の死、という事実に冷静さを欠いていると理解していた。
だからこそ、今までの人生経験を活かす必要があると思った。
俺は、一度深呼吸をして目を瞑り自身の信念を思い出すことにする…。
◆
俺の人生の大半は、人を見下す為に一人で剣を振り続けた。
剣を振り続けて、高校の全国大会で優勝はしたが、それもただ人を見下す為だけの過程でしかない。
俺は、生まれたときから孤独だった。
孤独じゃない時期もあったような気がするが、そんな記憶が消し去られるほどの裏切りにあった。結局、自分から歩み寄ろうと心掛けても、周りは変わりはしない。
裏切られ、虐げられた俺は気づいたのだ。他人は、俺のことを見下していることに。
奴らが俺を見下すのなら、俺は奴ら以上に奴らを見下してやろうと思い、自分を勝利者にする一つの手段として剣道を始めた。剣道を選んだのは簡単な理由で一人でも出来そうだと思ったからだ。
だから俺の剣は、人を見下す為だけの唯の自己満足であると知っていた。
剣を振って誰かを守れるわけでもない。知らない他人に評価されても全く嬉しくもない。心の中で日々不満を抱いていたが、それでも剣を振り続けた。
その行為が自己満足と知っていて、何の意味をなさなくとも、俺は心の底で期待した何かに繋がると少しは思っていたからだ。
結果、期待した何かには繋がらず、こうして死を迎えてしまったわけだが…
◆
下らない人生を少し思い出すと、見下すことこそが、俺が俺であるための信念であることを思い出す。
そのためには動揺を見せてはいけない。動揺すれば付け込まれる。
だからこそ、俺は、冷静になれた…
謎の光が俺を現実に引き戻す。
「お前には2つ選択肢がある」
「選択肢?」
「そうだ。一つ目は、このまま消えてなくなること。二つ目は、別の世界に行って生き返ることだ」
謎の光から選択肢が機械のように淡々と告げられたが、生き返るなんてうまい話、絶対に何処かに落とし穴があると感じたので質問する。
「条件はなんだ?」
「お前が生きている間に魔王を殺すことだ」
何が魔王だバカらしい。
どこかで聞いたことがあるが、人間は悪魔らしい。
人間ごときが悪魔なら、俺はその上位互換の魔王なんじゃないか?なら無理だな、だって俺すでに死んでるし。と、バカにしながらも俺は謎の光に問いかける。
「魔王?魔王てっゲームに出てくるあれか?」
「教えることはできない」
「・・・」
謎の光は、俺の心の声を呼んで質問に答えるのが、めんどくさくなったか、かなりの秘密主義であるかのどちらかは分からないが、あきらめて質問の内容を変える。
「じゃあ、魔王を倒せなかったらどうなるんだ?」
「お前にとって、死よりも恐ろしいことが訪れる…もうこれ以上は教えることはできない、さぁ選べ…」
帰ってきた答えに納得できなかったが、このまま理不尽に消えるなんて、考えたくもなかった。どうせなら、俺の望む形で人生を終えたい。俺は、このまま死んでやるほど無欲ではなかった。だから俺には、選択肢なんてものは元々ない。俺はこぶしを握り高く上げて宣言する。
「いいだろう、やってやるよ...魔王討伐!!今までだって、自分の力で何とかしてきたんだ。だから今回だってやってやるよ!!」
「分かった..」
謎の光りが言うと、光りの中心部分からものすごいスピードで何かが飛んでくるのが分かったが、躱す暇もなく、気づいたときにはナイフのような何かが心臓に突き刺さっていた…
「あ゛ぁ゛…」
自然と瞼が落ちて、意識は暗転した。
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