H2O

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H2O

『さあ、今日も始まりました。能力者達によるバトルコロシアム、略してバトコロ! 実況はこの私、ジョージがお送りいたします!』


 実況者ジョージの声がマイクとスピーカーを通じて、会場内に響き渡る。


『それでは今回の選手に入場してもらいましょう! まず、赤コーナー! 本業は植木屋、バトルは副業。皆さんご存知、コロシアムの老戦士! 植物使いのオーク選手!』

「フォッフォッフォ」


 一人の腰の曲がった老人がコロシアムに入る。その足取りはとても遅いが、観客の誰も文句を言わない。むしろ彼の登場に歓声を上げている。老戦士オークは、バトコロの出場選手の中で人気者の一人だからだ。


『続いて、青コーナー! 今回がバトコロ初参加! その実力は未知数! 可憐な水使い、バブル選手!!』

「水使いではなく、H2O使いと呼んでくださいな」


 コロシアムに、小さな女の子が入場する。


「フォッフォッフォ、よろしく頼むよ、お嬢ちゃん」

「ええ、いい試合にしましょう。お爺さん」


 二人は握手を交わす。


『それでは……レディ、ファイっ!!』


 試合開始のゴングが鳴る。

 二人は戦闘態勢に入った。


「はっぱカッター、じゃ!!」


 オークの手の平から無数の葉っぱが出現する。それらの葉はまるで意思を思っているかのように、バブルを襲う。


『出ましたオーク選手のはっぱカッター! まるで刃物のように鋭い葉が、バブル選手目掛けて放たれる!』

「CURTAIN!!」


 バブルは自身の能力で、地面から水柱を発生させる。


『おっとバブル選手! 水のカーテンではっぱカッターを防御したぞ!』

「ならば、これじゃ! 『ウッドハンマー』!!」


 老戦士の腕が、巨大な木に変化。オークはそれを勢いよく振り下ろす。バブルの水カーテンはその衝撃に破壊された。コロシアムに水しぶきが上がる。


『会場の皆さん、局地的な雨にご注意ください! 私は傘持っているので大丈夫です!』


 いつの間にか、ジョージは傘を差して、水しぶきを防いでいた。


「SHOOT!!」


 バブルは負けじと攻撃に転じる。水でできた砲弾がオークを襲う。


「なんの! コットンガードじゃ!」


 オークの足元から、巨大な綿が飛び出してくる。それが壁となって、水攻撃から、主であるオークを守る。


「フォッフォッフォ、お嬢ちゃん。君は、ポケモンは好きかね?」


 老戦士が綿の壁の隙間から、少女ファイターに話しかける。


「ワシはポケモン、大好きじゃ。能力の技の名前を、ポケモンから引用するほどじゃ。……そして、お嬢ちゃん。どうやら君はポケモンでいう水タイプのようじゃな」


 オークが不適に笑う。


「残念じゃったな、ワシは草タイプ。水タイプは草タイプに弱い。この勝負、ワシの勝ちじゃ」

「まだ、勝負はついていませんわ。WAVE!!」


 バブルは大波を発生させた。


『な、なんとバブル選手! 何も無い空間から、これほど大量の水を発生させるとは! その小さな胸には、どれほどの可能性が秘められているのだろうか!』

「セクハラで訴えますわよ、実況!!」


 バブルは憤怒する。

 その怒りに任せて、大波でオークを攻撃する。


「無駄じゃ! ハードプラント!!」


 オークの足元から、いくつもの巨大な植物の根が飛び出してくる。それらはオークを守るよう壁となる。


『オーク選手、ここで大技を発動! 巨大な根がバブル選手の水を全て吸収してしまった!!』

「フォッフォッフォ!」

「まだですわ。WAVE!!」


 バブルは何度も大波でオークを攻撃する。しかし、その水を何度も根が吸収する。


「……なるほどの。お嬢ちゃんの目論見が分かったぞい。大量の水を吸わせて、ワシの植物を根腐れさせるつもりじゃな?」

「……」

「フォッフォッフォ、残念じゃがそれは無理じゃ。ワシの植物は、うわばみでの。その程度の量では腐らぬわ」


 バブルはオークの言葉を無視して、攻撃を続ける。


『バブル選手、水使いとしての意地なのか! 諦めずに何度も何度も水で攻撃! しかしオーク選手には全く効いていない!』


 実況の言う通り、水攻撃はオークの根には効果が無い。それどころか、植物の成長を促し、根はどんどん巨大になる。


「無駄だというのに……若い者は怖いもの知ら――」

「……お爺さん。さきほど私に、ポケモンが好きかどうか聞きましたわね」


 オークの言葉を、バブルは遮る。


「ええ、私も大好きですわ、ポケモン。ゲームだけでなくアニメもたしなんでいますわ」

「ほう」

「お爺さんの言う通り、水タイプは草タイプに弱い。でも、あなたもポケモン好きなら知っていらっしゃるでしょう。水ポケモンは敵である草ポケモンに対抗すべく、『あるタイプ』の技を覚えることができる。そして、その『あるタイプ』は草タイプが苦手とする相性……」

「……まさか!」

「そのまさかですわ! FREEZE!!」


バブルが発生させた水が一瞬にして氷に変わり、オークの根の壁を凍らせた。


『こ、氷!? バブル選手は水使いではなかったのか!?』

「入場する時に言ったでしょう、水使いではなくH2O使いだと」


 バブルはニコリと笑う。


「まだじゃ! まだワシは負けて、負け、ま――」

『ど、どうしたことだ。オークの様子がおかしいぞ? 苦しそうに喉元を押さえている』

「何度も言わせないでくださいな。私はH2O使い。その化学式が示すのは水や氷だけではありませんわ」

「あ、が、が……」

「私の能力で、お爺さんの周囲一帯に水蒸気を充満させました。植物の成長に必要なのは、水と酸素。酸素が無ければ、植物は生きられない」


 酸欠でオークが倒れた。


『け、決着ぅ!! 勝者、バブル選手!!』


 思わぬ番狂わせに、会場は歓声で包まれる。


「お爺さん。よくアニメでサトシさんが仰っているでしょう」


 気絶しているオークに、バブルは語りかける。


「『相性だけがポケモンバトルではない』。私が相性のいい水タイプだからと油断したのがあなたの敗因ですわ」

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