4.眠り姫の帰還
『長期コールドスリープの被験者はしばしば、目覚めて社会復帰した際に深刻な孤独感に悩まされます。これはウラシマ現象と呼ばれ、コールドスリープにおける問題として……』
どこからか、機械音声のアナウンスが小さく聞こえている。
深い水の底から浮かび上がるように、意識が覚醒した。
どうやら、ベッドに寝かせられているようだった。
ぼやけた視界に、白衣を着た人影が映る。
「……気分、どう?」
頭はガンガンするし、手足は他人のものみたいに動かない。
控えめに言って最悪だ、と伝えようにもまず口を動かすのに一苦労だった。
全く、コールドスリープなんてするものじゃない。
「100年眠っていたにしては、君の状態は驚くほど良いよ」
声が出ないので頷いてみせる。
「ゆっくり瞬きして。もうすぐ見えるようになる」
言われた通りに何度か瞬くと、次第にぼやけていた人影が輪郭を取り戻していく。
彼は泣きそうな笑顔でこちらを見つめていた。
「おはよう、いばらちゃん」
賢人は手を伸ばして、シーツの上の私の手を握った。
温かくて少し湿った、大きな手。
「……お帰り、賢人」
しわがれて細い声だったけど、それでも何とか私は100年ぶりに喋った。
「悪いけど、ラーメンの腕は上がらなかったよ。何しろ、ずっと寝てたから」
賢人は小さく笑い、そのまま私たちは見つめ合った。
心地よい沈黙が明るい部屋に満ちる。
ややあって、賢人が思い切ったように口を開いた。
「……君が好きなんだ」
やっと言えた、と呟く賢人に、私は笑った。
「そんなこと、100年前から知ってたよ」
きょとんとした賢人が照れくさそうに微笑むと、そっと顔を近づけてくる。
今度こそ、私は目を閉じることに成功した。
『……初期のコールドスリープ計画では、長期被験者を対象とした『支援プログラム』が重要とされました。これは被験者の精神的ケアのため、被験者の近親者から希望者を募り、同期間コールドスリープに入ってもらうというものです。プログラムが適用されたのは親族、および友人、恋人と多岐に渡りますが、実際に希望者が現れた例は少なく――』
ケンタウリまであと100年 山吹 @suzuna_ringo
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