3.ラーメン一丁お届けします
『コールドスリープ技術というのは人体の冷凍保存です。つまり、100年後に帰還してくるメンバーは今の若さのままということになるんですね。被験者のメンタル面の問題にも配慮が必要となってくるため、『支援プログラム』という対策が合わせて行われる予定で――』
テレビ局の正面玄関に駆け込むと、居眠りしていた警備員がぎょっとして立ち上がった。
「あれ? 今夜は出前頼んだっけ」
「宇宙飛行士の会見してるとこにラーメン一丁届けに来ました!」
私が怒鳴ると、警備員は半分寝ぼけ眼のまま、不明瞭に頷いた。
「ん、あ、はい。奥の大ホール。……あんた、顔、派手に怪我してるよ」
「ありがとうございます、大丈夫です!」
私は警備員の目の前をすり抜け、廊下をダッシュした。
ホールが近づくにつれ、ざわざわとした熱気が高まり、会場の声が聞こえてくる。
息は上がり切っていて、わき腹がきりきり痛い。
「ここで浦島さんに質問です。どなたかいらっしゃいますか?」
細く開いたドアから滑り込むと、ちょうど質疑応答が始まったところだった。
詰めかけた記者達が一斉に手を上げ、その中の一人が立ち上がる。
「共同放送です。いったい、どのような思いで今回の遠征に名乗りをあげられたのでしょうか。 やはり、自身の研究成果を見届けたいという強い信念によるものでしょうか?」
全然違う。
そんなわけない。
マイクを持った賢人はのんびりと答えた。
「いえ。強い信念とか、偉大な挑戦とかいう意識は全然なくて……ただ、『銀河放浪スターゲイザー』みたいだなと思って」
「え?」
予想外の答えだったのだろう。
記者はきょとんとしている。
「す、スターゲイザー?」
「小さい頃からずっと、目的のために、銀河の果てまで突き進むヒーローになりたかったんです」
弾む息を何とか押さえ、私は記者を押しのけて前に走り出た。
ざわめいていた記者達が一瞬で静まり返り、戸惑ったような空気が漂う。
視界の隅で、警備の人間がこちらに向かって慌てて走ってくるのが見える。
賢人は心底驚いた顔で、私をまじまじと見つめた。
「いばらちゃん。どうしてここに?」
「出前」
賢人はきょとんとして、それから昔と同じように泣きそうな顔で笑った。
「いばらちゃん、顔、すごい怪我してるよ」
私はエプロンで顔を擦ると、おかもちを開けた。
ラーメンは伸びて冷めてふやけていたけど、奇跡的に半分程度残っている。
「ラーメン一丁、お待ち!」
箸を添えたどんぶりを差し出すと、賢人は瞬いた。
「これ、いばらちゃんが作ったの?」
「当たり前だよ」
賢人はマイクを置くと、どんぶりを受け取った。
「いただきます」
ふやけて冷めたラーメンを賢人が食べるのを、私は見守った。
私を止めようと出てきた警備員も、詰めかけている記者の人たちも、妙な空気に呑まれて、何も言わずにこちらを窺っている。
「おいしい」
満面の笑顔は昔のままだ。
「……作り立てだったら、もっとおいしいよ」
綺麗に食べ終えた賢人は何か言おうとして、小さく首を振った。
それから、おずおずと私に尋ねた。
「……帰ってきたら、作り立てを食べさせてくれる?」
本当に、昔から賢人は一つのことに気を取られると、ビックリするくらい周りが見えない。
全然、変わってない。
たとえば、賢人が宇宙を飛んでいる間、私が100年分年を取るってことも忘れちゃってる。
「いいよ。もっとおいしいラーメン作れるようになってるから」
賢人はどんぶりを置くと、手を伸ばして私の頬に触れた。
長いまつげが伏せられて、ゆっくりと近づいてくる。
私は今度も目を閉じそびれてしまった。
背後でフラッシュが派手に焚かれている。
顔を離した賢人は微笑んだ。
「またね」
それが、最後に聞いた賢人の言葉。
賢人が宇宙の果てを目指して飛んで行った後、私の周りはしばらく大騒ぎで、マスコミが店の周りをうろつかなくなるまでには半年かかった。
それからさらに半年後、私宛に一通の手紙が届いた。
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