エントロピー反転円境界線内-5キロ
別荘は、二階建て、下が、台所と超巨大なリビングに風呂、トイレ。二階は寝室に客室が数間ということになっていた。
二階の屋根には、巨大な
電気など、ここに通っていないはずだ。
和才は、リビングでオン・ザ・ロックのアペリティフを富士林教授から、もらうと、リビングでそのまま、食用らしいシダ類のサラダに、冷したパスタ料理を夕食として貰った。それとおそらく和才が知らないぐらい上質であろうワインと。
富士林教授は、夕食の間、終始上機嫌で饒舌だった。
和才は、食事中も一切警戒をとかなかった。
「食後は甘いブランデーでもどうだね?」と富士林教授。
「いいですね、しかし、一体誰が、料理して、誰が後片付けをするのです?」
「否、できるかな、、」
「また、それですか」
「そうだよ」
富士林教授がメガネを外しメガネを拭き出した。教授の恐ろしく鋭い目があらわとなった。
「君もその物騒なものはどこかへ置き給え」
89式小銃を指しているらしい。
「先生がちゃんと答えてくれないと、出来ませんね」
和才は答えた。
リビングの壁は窓以外すべて一面、本棚で、ありとあらゆる書物が揃っている。本は、購買部数が少なくなればなるほど、高額になる、当然、学術書や専門書は恐ろしい額となる。再販制度などあってないようなものだ。
それでも、理科系は文系に比べまだ専門書を買わなくて済むほうだ。書庫すら要らない分野がほとんどだ。富士林教授は、自分の知的娯楽のためもあり、本を集めているようだ。
「信州大のほうの研究室の蔵書をこっちに持ってきているのですか」
「いや、違うね、あそこの大学の図書館は私に言わせるとなってないからねダメだね、新しく買い揃えたよ」
「そうですか、またお金が要りますね」
「そうだね、否そうでもないか、ふふふふ」
このリビングの屋根にはサーキュレーターが廻り、富士林教授の座っているソファの脇には、シェードランプが煌々と灯っている、火の灯りではない。
「お互い、もう騙し合いはやめませんか」
と和才。
「そうだね」
「礼儀として私から、いきましょうか?」
「そうだね」
「私は、ここへ、准教授や先生の一番弟子として来たのではありません」
「分かっていたよ」
和才は、ひるまなかった。小銃は、座っているアーム・チェアの脇に立てかけている。
「政府の人間として来ました」
「だろうね、大分連中を怖がらせたからね、怒っているだろう。それに法外な要求もしたしね、まぁ、当然の対価なのだがね」
「私も、知っていますよ、ある程度は」
「ある程度かね、准教授みたいなものだね、ある程度ではダメだ。学者たるもの己の専門
を極めなければ、学者とは言えん」
「少し専門の話しをしましょうか」
「いいとも」
「ここの古代生物たちは、エントロピー反転円境界のせいで生まれたのではありませんね」
「ああ、そうかもしれないね」
「境界線内の中心からの距離に一切比例してないし、先生自身に影響が出ていない」
「ああ」
和才はアーム・チェアに座ったままだったが、89式小銃を腰だめでかまえると、小銃を富士林教授に向けた。
「本当のことをおしえてください、私が学生だったのときのように」
「おお、そんなつまらないものを私に向けるのかね、君は、いけないね、一角の学者じゃないよ、残念極まりない、実にくだらない」
「私が、引き金を
「エントロピー反転円境界といえば、和才くん、君も影響を受け取らんじゃないか、君は、神かね?」
「神なんか恐れ多い、違いますよ、永遠に占領された植民地みたいな国のメッセージボーイですよ」
「ダメだよ、和才くんそんなに自分を卑下しちゃあ、君をここまで迎え入れたのは、僕なんだから、国とか言う連中はダメだね、すぐ、あんなおもちゃの兵隊たちを送り込みたがる、それで体裁が整ったと思っているんだから、愚劣の極みだね」
「国とは、そんなものですよ、おもちゃの兵隊は全員殺したのですか?死体はどこです?
」
「殺す?、馬鹿馬鹿しい、煩わしいっだけじゃないか、入ってきたものは、全部飛ばしたよ、君は、私が、招き入れたから、そこに座っていられるんだ」
和才は、89式小銃のレバーを引き、マガジンの初弾を装填した。
「ダメだって、言ったじゃないか、君は私の一番弟子だよ、興冷めだね」
和才は、自分のポケットから、GPSロケーターを出した。
それを見て、富士林教授の目が更に鋭くなった。
「君自身が政府からの返事なのかね」
「そう受け取ってください。もう夜が更けます。時間がありません。このGPSロケーターは、発信機になっています。今晩の真夜中、三沢と築城を飛び立った空自のF-2がJDAMで時差を置いて数派、ここを空爆します、爆弾の後部に取り付けられたフィンによって、自身で修正しながら。正確には、このGPSロケーターの位置に数センチ単位の誤差で命中します。第一弾は通常の信管、第二弾以降の信管は遅発で、、、」
富士林教授は、和才の話し遮り狂ったように大声を上げ笑いだした。
「和才くん、JDAM、精密誘導弾、その小銃の銃弾以上に愚劣じゃないか」
「まだ、続きます。爆撃の効果が見られないときは、このエントロピー反転円境界線内を米軍が、ナパームで焼き払います。ナパームは焼却威力より、周辺の、、」
「知っているよ、君の考える事はなんでもわかる」
富士林教授は悪魔のような目をして和才を見ていた。
「ナパームは燃えるため周囲の酸素を奪いエントロピー反転円境界線内周囲10キロ全体の酸素を約20分間に渡って消費し奪いつくし、すべての生物を窒息死させます」
「いいね、更に愚劣だ人の行いの極地だよ、核兵器は使わないのかね?」
「総理大臣が米国大統領を説得し止めました、原発事故に続き四度目の被爆ならびに汚染はこの国ではありえません」
「もう、そろそろ真夜中だよ、君自身はどうするんだ?」
「私は、先生を射殺するように言われてきています。先生こそ、お金を要求するなんてどういうことです?」
「ちょっとしたゲームだよ、英国が19世紀より興じてきたグレート・ゲームさ、鍵は、自分の庭では行うな、人の庭でやれってことだね」
「それはどういう意味ですか?先生は、もう人ではないのですか?」
「今度は、私のほうが、種明かしをしよう。ほんのふとしたきっかけだったんだよ、ほんのふとしたね、グレート・ゲームなんてものではない、チープ・チートさ、我々は騙されていたんだよ、人類はほんのちょっとしたフックにひっかかって進めていなかっただけなんだよ、それも、こんな三流学者の私が生協の食堂のレジでレベルの低いうるさい学生の後ろに並んでいる時に気づいたんだな」」
「そのフックがわかったのですか?」
「アイ」
「フックがわかったら、どうなるんです?」
「最初は、山火事から片方が燃えている木の枝を取り出したサルとか、そんなもんだろう。今の君らからすると、まぁ核分裂や、核融合みたいなもんだね、だけど、そんな小さいものじゃない。私は神なんかじゃない、だけど、この世界は、神がきちんと美しく造った、それを我々のような愚劣な人間は気づいていないだけなんだ。だけど、私は、気づいた。そのフックにね、位相幾何に、四色問題、素数にいたっては、なんでこんな単純な問題が解けない、わからないんだ。すべての理科系の学問の基礎になるべき数学に於いては、ゼロで割れないなんて、ナンセンスだろう。ありえない、数学なんてすべてをモデル化した学問なんだぞ、君、小学校で出て来る問題にタブーがあるなんて、理論物理の私が言うのも、なんだが、モデル化大失敗だろう。
相対性理論、なんで相対でしかありえないんだ、任意の全てに対して適用、応用できる理論、定理があるはずだろう、それこそ、私が、生協のレジで並んでて気づいたものだよ」
和才の目が光ってきた、この男も、学者なのだ、しかも、この富士林の一番弟子なのだ。
「一体、そのフックでなにが出来るんですか!?」
「おお、乗ってきたかね、和才くん、それでこそ、マイ・ファースト・ピューピル、ホープ・アンド・ブライテスト、チョーズン・ワンだよ」
和才は、銃剣の莢を外しGPSロケーターを大きく掲げた。
「なにが出来るのか、言ってください!」
「そのGPSを遠くへ投げるかして、君もこっちへ来るかね、和才君?」
和才は、89式小銃を更に富士林教授の近く突きつけた。もう銃剣は富士林の胸にふれんばかりだ。
「これを、"神殺し"というじゃないのかね」
「なにが出来るんですぅかぁ!!先生っ!!」
和才は、叫んだ。
「全てだよ」
そう言うと、富士林は、足から、粉末のように細い砂状になり解けていった。屋根のサーキュレーターの風に乗ってばらばらになって舞っていく。
「こんなカルシウムの塊にタンパク質の塊を巻き付けたものに縛れていることすら、実にくだらないね」
砂状になっていく富士林教授は、話を続けた。
「先生ぇい!!」
和才は、叫びながら、89式小銃の引き金を弾いたが、もう富士林は、完全に砂状になっており、空中に舞って消失していた。
5.62ミリの弾丸は、富士林教授が着ていた安物のシャツとソファを貫き、止まった。
やはり、神は殺せないらしい。
富士林教授が砂状になるのと同時にこの
和才は、GPSロケーターを一応、この別荘のソファに置くと、別荘から駆け出した。
別荘は、和才の背後で富士林教授自身と同じように砂上の小さな小さな粒と成って舞って行った。
上空では、空気を切り裂くようなジェット排気の音が聞こえだしていた。別荘の外では、元からの三方崩山の植物や生物は、そのままに、古代生物たちだけが、富士林教授と同じように砂状になり解けていった。
和才は、周りで古代生物や古代植物が小さな粒で解けていくなか走り続けた。
神殺しと呼ぶなら、それでいい、人はもがきながら生きていくものだ。
GPSをちらっと見たが、富士林の別荘は、エントロピー反転円境界線内の中心ではなかったはずだ。10キロも走らなくてよいはずだ。
とにかく、ナパームが落ちてくるまでにここから、できるだけ遠くへ、いかなければならなかった。
「俺は、死なないぞ」
和才は、大声で叫びながら、ただ、ひたすら走った。
それが、人間だとも、思い直していた。
了。
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