第3話

彼はいい人です。

とてもいい人なんです。

優しい人なんです。

いつもはこんなに怒ることはないんです。

…いいえ…むしろ私を可愛がって…。


だから…悪いのは私なんです。

私が彼の機嫌を損ねるのがいけないんです…。

…とくに雨の日は…機嫌が悪くなると大変で…。

どうしたらいいかわからなくなるくらいに…。


「ねえ…なんで?なんでわかってくれないの?」

ああ…始まってしまった…。

「なんで?…なんでだよおおおおおおお!!!

答えろよおおおおおお!!」



…もう…何処かに逃げてしまいたい。

他にいくところなんてないけど………。


せめてあの人に、公園で逢ったあの人に逢いたい。

何とかして欲しいわけじゃない。

何故といわれてもわからない。


でも、逢いたい。

彼に、逢いたい。




もう何日雨が止まずにいるんだろう。

ずっと降り続いている。


なのに、僕は彼女に逢えないでいた。

雨の日には逢えると思っていたのに…そう上手くはいくわけないけど。

わかってる。でもやはり逢いたい。


逢いたい。

逢いたい。

逢いたい。


逢いたい。

逢いたい。

逢いたい。


彼女に逢いたい。


頭の中は彼女のことで一杯だった。

もうきっと、逢えない限りはこの気持ちは消えない。


付き合ってる子がいないわけではない。

その子が嫌いなわけではない。

嫌いなら付き合ってない。

でもその子に対する気持ちとは、また違う何かだ。

表現出来ない何かだ。


これが…恋なんだろうか。

そう考えながら、あの公園への道を歩く。

ピアノのような雨音を聴きながら、道を歩く。

僕は足音のメトロノームを道に響かせ、公園への道を歩く。


僕はきっと人生の中で、今一番雨が楽しみになっている。


今日は逢えるか。

明日は逢えるか。

今日は…


公園に、ついた。

ベンチに誰か、座っている。

女の人だ。

そう、あれは…


彼女だ。

やっと逢えた。

…逢えたんだ…。


僕に気付いて、彼女も僕に向かって歩いてくる。

まっすぐに、僕の目を見つめて…。


僕らは自然に、抱きしめあった。

雨の音を聴きながら。

僕らは自然に、お互いの唇を求めあった。

まるではるか昔から、決められていた出来事のように。



一度目は、偶然。

二度目は、必然。

三度目は、運命。


何処かでそんな言葉を聞いたような気がする。

きっと僕たちのための言葉であるかのように。



「このまま何処か遠くに行ってしまいたい…」

彼女の唇から囁きが漏れる。

僕は彼女の肩を抱き、雨の中二人で公園を後にした。


彼女の名前すら知らない。

行くと言っても何処へ行くのか。

…そんなことはどうでもよかった。

今この場に、僕は彼女とここにいる。

それだけで、それだけで幸せだった。



今日もまた、夜空に虹色の雨が降る。



《完》

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アメザイク 長妻 雅子 @masakosan

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