プロローグ R.I.P.
赤々とした火が、暖炉で燃えていました。
暖炉の傍のソファでは、老人が横たわっています。その隣のひとり掛けのソファでは、プラチナブロンドの髪の少女が本を読んでいました。
窓の外で、フクロウの鳴く声がします。暗い森のどこかで、狩りをしているのでしょう。
その声で、老人がゆっくりと瞼を上げました。
「ヨーク」
呼び声にヨークと呼ばれた少女は、弾かれたように顔を上げました。立ち上がりかけたヨークを、老人は手で制します。
「そのままで、聞いて」
ヨークはその顔色を確かめて、ゆっくりと座りました。
老人は目を伏せます。
「僕はもう長くない」
「そんなことっ……」
優しい瞳で見つめられ、ヨークは口を噤みます。
ヨークも分かっていました。老人はもう充分に生きました。死の帝国へと旅立つ日は、そう遠くないのです。
「ずっと傍にいてくれて、ありがとう。あの日、君をここに連れてきたこと、君が悔やんでないかずっと不安だった」
「そんなことない」
「うん、ずっと君といたからね。それは知ってるよ。だから、この先の君が心配なんだ」
ヨークはなにも言うことができませんでした。
考えたくもありませんでした。老人に救われて、二度目の人生を始めたヨーク。自分の生が彼より長いことは、早いうちに気がついていました。
それでも、この温かいミルクのような日々を失いたくはありませんでした。
「これから先、いろんな人が骸骨堂に来るんだろう。死者だったり、生者だったり……。多くは通り過ぎていくんだろうね。だけど」
言葉が途切れて、ヨークは顔を上げました。
ヨークの胸がぎゅっとなりました。こんなに愛しげな目を向けられて、子どものように拗ねているわけにはいきません。
「だけど、きっと君にも現れるよ。僕がヨークに出会えたように、この骸骨堂で共に暮らしたいと思う相手が」
「あたしはあなたがいいのに」
つい憎まれ口をきいてしまうヨークに、老人は優しくほほ笑みました。
「僕はずっとここにいるよ。ヨークが納骨してくれるんだろう?」
ヨークは口を尖らせます。見目とは裏腹に、老人よりも年上のヨーク。そんな顔をすればまた子ども扱いされるとわかっていても、やめられませんでした。
「『淋しいときは声を聞かせておくれ』」
老人が唐突に口にした言葉に、ヨークの瞳は瞬きを繰り返しました。
それは何度も馴染んだ文言。この骸骨堂で、何度も何度も骨に記してきた一節でした。
「僕たちは声を聞かせることはできないけれど、思い出すことはできると思うんだ。淋しくなったら、思い出してよ。……淋しさを紛らわせる相手ができるのが、一番だけど」
「フールは、あたしといて淋しさを忘れられた?」
「もちろん。君がいたから、この骸骨堂でも楽しかったよ」
老人フールが布団から手を伸ばします。ヨークはその手をきゅっと握りました。
「大好きだよ、ヨーク。ずっと見守ってる」
「あたしも、大好き」
ヨークは泣きたい気持ちでした。ですがフールの心に残る顔が、泣き顔なのは嫌です。涙を堪えて、懸命に笑顔を作ります。
フールの寝息が聞こえてきて、ヨークはそっと手を離しました。
自分のソファへと戻り、読みかけだった本を手にします。
どれくらいの時間が経ったでしょうか。日付けが変わろうかというころ、そろそろ寝る準備をしようかとヨークは顔を上げました。
「ねぇ」
骸骨堂のヨーク 安芸咲良 @akisakura
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