そこからですかっ?
「走ってきたか?」
翌朝、息を切らして紗凪が店に行くと、哲太が言った。
「お前のために作ってやった。
店のメニューにはない試作品。
オレンジ入りのコールドブリューだ」
「あっ、可愛いっ」
水出し珈琲にオレンジがたくさん入っている。
グラスもよく冷えていて美味しそうだ。
「今飲め、一気に飲め」
はいっ、と喉も乾いていたので、一気にいただく。
「あっ、すっきりして、甘くて飲みやすいです。
一息に飲んだので、珈琲の味も香りも良くわからなくて、これならいけますっ!」
は……。
しまった。
珈琲の味も香りもわからなくてはまずかったか、と思ったら、案の定、哲太は渋い顔をしていた。
「ああ~っ。
帰れとか言わないでください~っ。
いえ、帰れと言われても、また来ますっ。
だって、好きだからっ」
グラスを下げようとした哲太の動きが一瞬、止まった。
「この店のトーストが!」
「帰れっ!
俺にも珈琲にも失礼だろうがっ!」
「え? 俺にも?」
と訊き返したが、うるさい、黙れ、と言われる。
カウンターからこちらに来た哲太に押し出されそうになりながら、振り返り、
「マスター!
今日は、フレンチトーストでっ」
と叫ぶ。
「厚切りの、前の晩からつけ込んである、十食限定の!
ほわっほわっのとろっとろのフレンチトーストでっ!」
すぐに、
「すみません。
こっちにもフレンチトーストを」
と言う客の声が聞こえてきた。
それに混ざってマスターが言う。
「フレンチトースト作っておくから、二人で散歩でもしておいでー」
外に出された二人で海沿いの道を歩く。
「ひどいですー。
私、こんなに先輩が好きなのにー」
「トーストの次にだろ……」
「努力は認めてくださいー」
と言うと、
「努力してんの、俺のような気がして来たが……」
と哲太は呟く。
足を止めた哲太の足許に猫がすり寄っていた。
哲太は猫を抱き上げ、
「まあ、いきなり彼女とかは無理だが」
と言う。
えっ、無理っ?
無理、だがっ!?
「じゃあ、まずは」
と哲太は片手を差し出しながら言ってきた。
「お客様から――」
「後退してってますーっ!」
と言いながらも、その手をつかむ紗凪に哲太は笑った。
二人の側、潮風の匂いのする道沿いの防波堤を猫がゆったり歩いていった。
完
猫町の珈琲屋さん 櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん) @akito1
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