アンドロイドの無意味な恋

カエデ

アンドロイドの無意味な恋

「アーティファクト社にようこそ! 皆さまへの説明を担当致しますヒナです」

 ピンク色の長いを髪をした女の子が快活な声で言った。プラスチックのようなツヤツヤとした質感のワンピースに、ヘッドセットマイクを着けている。

「本日の東京大ロボット展示会では様々なロボットをご覧頂いているかと思いますが、弊社ではとりわけAIの研究に力を入れており……」

 ドーム内では様々なロボットが絢爛に飾られていた。板金から精密作業まで出来るロボアーム、介護者を背負い登山する介護ロボ、千度の熱にも耐えうる災害救助ロボ。それらが実物と立体映像によって華々しく紹介されていた。大手から中小の営業マンがパンフやメモを片手に品定めしている。

 そんな彼らにヒナはたどたどしくも懸命に、自社を経営理念から説明していく。人前に立つ事、説明する事、共に不慣れであったが業務命令なのだから仕方が無い。

だが皆、ヒナでは無く自身のパンフレットを見つめている。中には説明を聞いてる者も居たが、まるで音声ガイダンスでも聞いてるかのような表情だった。

「何かご質問のある方は挙手をお願いします」

 ヒナの問いに、禿げた小太りの男性が前へ出た。ヒナを品定めするように見つつ言う。

「さすがアーティファクト社だな。抑揚も流暢だし、表情もしっかりしてらぁ」

 突然、男性が小振りな胸を鷲掴みにした。ヒナの大きな眼がより見開いた。

「きゃぁああああ!」

 悲鳴をあげて胸を抑えて蹲る。男性がギョッとした顔で手を引いた。取り巻く人々も男性ではなく、ヒナの方を困惑した顔で見つめている。男性が苦笑いを浮かべた。

「どういうAI入れてんだよ……趣味悪ぃな」

 ヒナの瞳には、彼女がロボットである事示す製造マークが入っている。通常AIでは有り得ない反応に男性が二歩三歩後ずさった。誰かとぶつかり、慌てて振り返った。

 そこにはやる気の無さそう背高の女性が立っていた。ボサボサの黒い髪、眠そうな半眼、皺だらけの白衣。名札には「宮城」とある。

「AIじゃない。NI。ナチュラル・インテリジェンス。こいつの知識は人工だが、知能や感情は私らと同じように自然発生したもんだよ」

「宮城博士! やっぱり私に説明係なんて荷が重すぎますぅ~」

 ヒナが半泣きで宮城に抱き着く。突然、客たちの目の色が変わる。

「驚いた。噂のNIってのはこれかね。なるほど流暢な訳だ。反応も自然だ」

「たんぱく質を使ったナノ構造半導体を電子回路に使っているのですよね?」

「ハード(身体)の柔軟さがソフト(思考)にも影響してるのか」

 宮城とヒナがあっという間スーツ姿の営業マンに取り囲まれる。ヒナが半泣きで宮城にすがりつく。

「わ、分かりません分かりません! 私には全然分からないです!」

 矢継ぎ早に繰り出される質問に宮城が舌打ちした。

「糞っ……何が”製品自体に説明させたら面白い”だよ。おいっ! 田中! 田中!」

 アーティファクト社のブース内で慌ただしく取り次ぎをしている青年が居た。

呼ばれた田中が宮城の元へやってくる。

「何ですか宮城さん」

「こいつらにヒナの説明してやれ」

 営業マン達を顎でさした。その挙動に慌ててお客に頭を下げた。

「お客様に何て対応ですか! もうヒナちゃんとブースに入っててください!」

「最初っからそうすりゃ良いんだよ」

 宮城が面倒臭そうにブースに戻っていく。その後をヒナが半べそ着いて行った。


       ※


「うぅ……博士……何で私が困ると、いつも皆喜ぶんですか?」

 ブースの裏では簡易机に二人が並んで座っていた。項垂れるヒナの隣で、宮城がボーッと隣のブースを眺めていた。端正な顔立ちの男性ロボが、丁寧な客対応をしている。

「そりゃ素で困るなんて反応をAIはしないからさ。人間のような発想の柔軟さはNI特有だ。要するにお前が優秀だからだ」

「そんなの……あっちのAIロボットの方が私より遥かにしっかりとした受け答え出来るじゃないですか」

「そうだな。だがあのAIは何も感じていない。それらしく振る舞っているだけだ。ただの真似事、”偽物”なんだよ。人間は”本物”じゃないと満足しない。転送装置なんて呼ばれる3Dプリンターがある世の中でも、ルーブル美術館じゃモナ・リザが大人気だろ」

 ヒナが瞳を潤ませながら視線を落とす。

「益々分かりません……。私だってロボットなのに。一体本物と偽物の違いって何ですか?」

 その言葉に宮城が肩をピクッと震わせた。暫しの無言の後「それは……」と何か言いかけたが、ブースに戻って来た田中の声にかき消される。

「漸く、ひと段落しましたよ」

 手には紙コップの載ったトレイがある。それぞれを宮城、ヒナに渡した。

「熱いから気を付けて」

 頷いて両手に持った紅茶へ、何度か息を吹きかけ、一口すする。眉をあげたヒナが呟く。

「あれ……これ、何か美味しい……?」

 その反応に田中の眼鏡が光った。

「分かる? これちゃんと茶葉から抽出してるんだよ。粉末茶じゃ味香り無いから。いやー分かって貰えるとうれしいなぁ」

 はにかむ田中を見て、ヒナが頬を赤くした。

「そんな変わらん。手間考えたら粉末茶でいいよ。ボタン一つで出てくるんだから」

 宮城の方は全く表情を変えずにいた。田中が苦笑いを浮かべる。

「また宮城さんは……これじゃどっちがロボットか分かりゃしないですね。まーた言われちゃいますよ。感情無い人間が感情あるロボット作ってるって」

「どうでもいいよ。言いたい奴は言っとけ」

「宮城さんもヒナちゃんを見習って人間らしさって奴を、覚えないと。ね、ヒナちゃん?」

 突如、自分に振られたヒナが「えーっと」と眉尻を下げた。

「私、本当に自分に心があるのか分からないので……」

「あるある! 絶対あるよ! 受け答えの優秀なAIってのも居るけど、やっぱりどっか機械と会話してる感じが否めないんだよね。ヒナちゃんと話してると、ロボットだって事を忘れるよ。ヒナちゃんの存在はロボット界の革命なんだから!」

「そ、そんな大それたものじゃないですよ」

「いやいや本当に。あらゆる産業に介入してるロボットだけど、唯一入れない所がある。どこか分かる?」

 ヒナが首を振る。鼻息荒くしながら「サービス業界だよ」と田中が身を乗り出した。

「人間同士のおもてなしには真心が必要なんだよ。そりゃそうだ、音声ファイルのありがとうございました、に心打たれる奴は居ないからね。これが上手く行けばロボットと人の境は限りなく無くなるんだよ」

「あと性産業とかな。今のは動くラブドールだからな。味気無いんだよ」

 宮城が紅茶をすすりながらつけ加えた。ヒナの顔が紅潮する。

「せ、せ、性産業……」

「おーそれそれ。そういう反応に喜ぶ男の相手するんだよ。頑張れヒナ」

 田中が「ちょっとちょっと!」と宮城の肩を掴む。

「ヒナちゃんは感情のある女の子なんですよ? 今のだってセクハラになるんですからね」

「ならねーよ。法整備が整って無いんだから」

「モラルの話です。マジで宮城さんもっと他人の気持ち考えてください」

「部署に入って三ヶ月の新参が随分知ったクチきくなぁ? 大事な商品か?」

 宮城と田中の視線がぶつかり、火花が散った。ヒナが慌てて「えーっと」と立ち上がる。

「そ、そんな目玉商品なら、やっぱり私ちゃんとお客様に見える位置に居ないとですね! 行きましょう、田中さん!」

 その言葉に田中の表情がパッと変わった。

「目立つ事苦手なのにゴメンねヒナちゃん。説明は全部俺がやるから」

 二人が談笑しながらブースを後にする。ヒナの表情を後目に、宮城が「……フン」と鼻を鳴らしていた。


        ※


「うわ、バグ多いなぁ……。やっぱ昨日ちょっと無理してたろ、ヒナ」

 モニターと睨めっこしながら宮城がぼやく。隣にはベッドに寝そべり、脳波計を付けたヒナが居た。

「すみません……」

 病室のような白い清潔感ある検査室は、ヒナが脳波チェックするための専用部屋だ。

「謝る事じゃない。バグが多いのもNIの特徴だ。こいつがただのバグなのか、それとも”本物”の感情なのか調べるのも研究の一環だからな」

 宮城の言葉にヒナが眼を泳がせた。

「……私の感情は本当に”本物”なんでしょうか……」

「さぁな。何を持って”本物”と判断するかにもよるからな。目下はヒナにクオリアがあるか無いかだ」

 そこまで言うと、会話の止まった部屋で、暫くマウスをクリックする音だけ響いていた。やがて、また口を開いたのは宮城だった。

「……にしてもバグ多いなぁ。半年くらい前はこんなに無かっただろ」

「そうですか?」

「ああ。明らかに増えてるよ。う~ん……ああ、あった。そうだな三ヶ月前だ。急に増えてる」

 突然、ヒナの顔が真っ赤になって俯いた。その変化を宮城は見逃さなかった。

「ヒナ……お前、恋したな?」

 ギュッと目を瞑ったヒナが力なく首を振る。

「ここでその嘘は人間臭くて優秀だ、ヒナ」

「そ、そんなつもりじゃありません!」

 睨みつけると宮城がジッとヒナを見つめていた。眼鏡の奥にある黒い瞳がヒナの脳波を捉えていた。

「……ずるいですよ、博士」

「お前は優秀だけど馬鹿だからな」

 ヒナが短いため息をついた。

「……”コレ”消しちゃいますか?」

「ああ。データは取るがバグだからな。消すよ。今までだって色んな感情消してきたろ」

 視線をPCに移した宮城が答える。

「それは……そうですが……」

 NIには感情がある。それは人間の凶暴性をも持っているという事だった。怒りや悲しみといった負の感情は勿論、強すぎる喜び嬉しさ等も削除対象であった。

「……博士は恋した事無いんですか?」

「あるよ。結婚もしたし。離婚したけど」

 意を決した質問だったが、余りに飄々と答えられ拍子抜けした。婚歴がある事も驚きだ。

「どうして離婚しちゃったんですか?」

 モニターを見ていた視線が一瞥くれる。

「……私の不満点に私が我慢出来なかったんだ。元旦那は受け入れてくれたんだがな」

 要領を得ない解答にヒナが首を傾げた。

「それってどういう意味……」

「じゃ、消すぞ。横になって眼つぶれ」

 有無を言わさない対応に、ヒナが大人しく横になった。大きなヘルメット型をした脳波計がヒナの頭に被さる。視界が真っ暗になる。

「……本当に消えちゃうんですね。もう田中さんに会っても何とも思わなくなっちゃうんですね」

 その問いに答えない宮城が「やっぱ田中か」と呟いた。

脳波計がブォーンと低い音で鳴り始めた。

「博士……私はやっぱりこの感情、偽物だと思います。だって、いくら望もうと私の身体は子供を作れません。機械ですから。それなのに異性を求めるのは、単に知能をコピーしたから出来た副産物に過ぎない事を証明してますよね。意味無いですもん、こんな感情。だから偽物ですよ。消しちゃいましょう」

「そんな事わざわざ言わんでも消すよ」

 真っ暗な視界の外でキーボードを打つ音だけ聞こえる。

「……今の発言も意味はありません」

 ふとキーボードの音が止まった。

「じゃ泣くなよ。消したいんだろ? 喜べよ」

 隠したつもりだったのに、言われてしまった事にカッとなった。

「喜べる訳無いじゃないですか! 消したい訳無いじゃないですか! 本当は、ずっと好きでいたいですよ! 叶わなくたって、思っていたいに決まってますよ! でも、私は……ロボットだから……」

「おう、それよ。AIなら絶対しないその面倒臭さ。いいよ、ヒナ」

 あんまりな言い草にヒナが声を荒げた。

「博士は酷いです! 皆の言う通り冷徹です! 感情なんて無いです! 博士こそ本当はAIなんじゃないですか!」

 返事は無かった。打ちこんだ処理を行う特有の音がヘルメットからした。悔しくてたまらなかった。だが、この怒りもまた消されてしまう。途方もない虚無感にヒナは全身の力が抜けていくの感じた。

「……大丈夫か? ヒナ。終わったぞ」

 故に宮城の声には少々驚いた。未だ、自身の中にある恋は消えていなかった。

「プロテクト完了~っと。とりあえず次の定期検査は誤魔化せるだろ。ずっとは不可能だからな。それまでに自分でケリつけろよ。いつかどうにかしないといけないのは人間も一緒だ」

「……博士、これは……?」

 訳が分からない。宮城が行ったのは感情を消すプログラムでは無く、隠蔽するものだった。

間の抜けた表情のヒナに、宮城が微笑む。

「恋していたい気持ちも、自分の不完全に我慢出来ない気持ちも分かるよ、ヒナ」

 そう言って、自身の下腹部を摩る。

「私も産めない身体なんだ」

 またも涙したヒナの感情は、先程とは似たようで全く違う物だった。

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