旧車が好き

謡義太郎

スタンドにて

 縦目二灯、黒塗りのセダンが街灯の薄明りの中、人気のない充電スタンドに滑り込んだ。

 緩やかに停車するとライトが消え、左後輪フェンダーの上にある小さな蓋がパカリと開いてコネクターが顔を出す。

 運転席からは円筒を手にした咥え煙草の男が降りてきて、コネクターにカチリとはめ込んだ。


「いい加減さぁ、面倒くさくないの? いちいち充電の度に変換コネクター付けなきゃいけないのってさぁ」


 助手席から呆れた口調でチュッパチャップスを咥えた女が顔を出した。


「うるせぇ、男のロマンだっつうの」


 充電コネクターを繋ぎ終えた男が、振子式発電機のクランクを三回ほど勢いよく廻すと、安定給電を示す緑色のランプが灯った。


「ホンット物好きよねぇ、こんな古っい車、どこがいいんだか…」

「その物好きの横に乗ってるお前も、よっぽど物好きだよ」


 男が乗っている車は、まだ車が内燃機関で化石燃料を燃やして走っていた時代の復刻デザインで、発売されてからもう三十年以上経過しているロートルだ。

 充電コネクターも形状が古い世代のもので、変換コネクターをかまさなければ充電できない。


「その輪っかをクルクルさせて曲がるとか、アタシにゃ操縦できそうもないわ」

「あぁ? ステアリングのことか? 操縦桿よりよっぽど扱いやすいと思うけどな」

「いやいや、教習所で習わないし…スピードだってレバーじゃないし」

「アクセルペダルとブレーキペダルが車の伝統なのっ! そうじゃないとヒールアンドトゥーができないし」


 充電スタンド近くの交差点を最新モデルのクーペが、甲高いモーター音を轟かせながら、車輪を傾けて曲がっていった。


「ねぇねぇ、なんでこの車のタイヤってカクカクしてんの? 他の車はさぁ、みんな丸いじゃん?」


 女が疑問に思うのは当然だろう。

 最近の車のタイヤは傾きに対応するように断面が丸い。


「だってこの車、タイヤが傾かねぇもん。接地面積が大きい分、地面に力が伝わりやすいんだぜ。あんな丸っこいタイヤでクニャクニャ走るなんて気持ち悪いぜ」


 ポーンという軽い音とともに、給電ランプが消えた。充電が終わったようだ。


「うし、こいつも腹いっぱいになったし、俺らもなんか喰いに行くか。何がいい?」

「ん、なんでもいい」

「じゃあラーメンな」

「えーヤダ」

「なんでもいいって…」

「ラーメン以外で」

「ああ、もう面倒くせぇ…マスターんとこ行って…」


 縦目二灯のヘッドライトが灯り、黒塗りのセダンが夜の街に滑り出していった。

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旧車が好き 謡義太郎 @fu_joe

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