第3話 祖父 オズワルド

 緑色の月が青色の太陽に重なり。空が紫色に染まって、黄色い土が、出血したように赤く染まった。じきに空が暗くなる。紫色の日食がククリの森を真っ赤に染めた。

不吉な夜だ、と老齢の冒険者はまゆをひそめた。

腰に差した剣を不安げになでる。日で焼けた土色の手はヒビが走り、紫色の太い血管が手の甲にぷっくりとふくらんでいる。その手から、その男の年齢の深さがわかる。

茂みをかきわけ、踏みなれた地面に出る。もうすぐ村だ。久方ぶりの帰郷だ。

 しかし、こんな日に日食とは……不吉だ。

 この世界の日食に法則性は見出されておらず、神によるお告げと考えられている。

 日食の日には、何かが起きる。この世界でよくない事が、あるいは、悪いことが。

 もちろんそんなの迷信だ。老齢のオズワルド・デネットにはそれがわかっている。

 何事も起きないさと言わんばかりに歩いている。

 すると、茂みがガサゴソとゆれる。

 月に映える白い毛が、紫色に染まっている。数は3体。

 この辺のものは彼らを――白狼――ホワイトファング――と呼ぶ。

 親子なのだろう。大きなオスのとなりには一回り小さいメスがいて、うしろにはさらに小さな子供がいた。

「ウルルルゥゥ……」

 車のエンジン音のような、重たいうなり声が響いた。

 バチリ、そのうなり声に呼応するように、牙がチカチカと光っている。

 電気だ。牙から電流が漏れているのだ。

 オズワルドは剣に手をかける。

「ガルゥゥゥゥ!」

 オスの白狼が、口を大きく開けてオズワルドに襲いかかった。

 それに一閃、剣を抜き、そのままオスの白狼に一太刀浴びせる。

白狼は宙で回転してその剣を避けようとするも、その速い剣からはよけられず、額からは紅い血が流れた。

オズワルドは再度構え、白狼の攻撃に備える。オスはメスと目くばせをする。今度は二人がかりで襲い掛かるようだ。オズワルドを中心にして、じりじりと二体は回転する。

つぅ、と汗が一滴垂れる。

「ガルゥゥゥゥゥ」

「ラガァァァ!」

 二体はいっせいに襲い掛かる。

 オズワルドは体制をかがませ、ホームランでも打つかのように体を回転させ、剣を回す。

「ガっ!」

「キャウン!」

 二体はきれいに切られ、死体はたたきつけられるように落ちていく。

ほら、やはり何事もない。

 すると、ぼんやりと明かりが見えてきた。

 彼の故郷、娘の待つ村、オリカルト村である。


 木でできたバリケードが、村の周りを囲むようになっている。

 そこには2体の衛兵があくびを噛み殺したかのような顔で、突っ立っていた。

「ずいぶんと、ヒマそうじゃねぇか」

「んああ?」

 とつぜん、声をかけられ、衛兵は怪訝そうにオズワルドを見るも、しだいに花が開くようにぱぁっと笑顔になった。

「オズワルドさんじゃねぇですかい!」

「おう、久しぶりだな」


 衛兵のズゴックは、まだまだ新米の頃、オズワルドに鍛えられていた。そんな彼が帰ってきたのだからうれしくないはずがない。

「そうだ……このたびはおめでとうございます!」

 ズゴックは思い出したように、オズワルドに言った。

 すると、オズワルドは呆けたようすで、

「おめでとうったあ、どういうことだ?」

 と、首をかしげた。

「なにって? お孫さんのことですよ」

「孫ぉ?」

「あれ? お孫さんが生まれたからはるばる王都から帰ってきたのでは?」

「いや、村に戻ってきたのには別の理由が……いや、そんなことはどうでもいい! 孫だと? そんな話聞いとらんぞ!」

 オズワルドは慌てたようすで駆け出した。


 オズワルド・デネット、剣士。ラット村出身の冒険者である。

 幼いころから剣の才覚に恵まれ、その力で村を守り続けてきた。村の幼馴染のルーシーと結婚し、子を設けるも。病弱だったルーシーは娘を生むときに死んでしまう。その後は娘のシャーリーと二人暮らし。シャーリーが16歳になるころに、オズワルドは冒険者として遠くまで遠征に行くようになった。

 シャーリーは最愛の娘。しかし、いづれどこかに嫁に出さねばならないのは仕方のないことなのだが。今回の話は寝耳に水である。

「シャーリー!」

「あら、パパ。おかえりなさい」

 慌てたようすで家に駆けこむ父に、彼の娘、シャーリーはこともなげに言った。

「どういうことだ!?」

「どういうことって?」

 シャーリーはとぼけたようすで父の問いに答える。

 まるでなんのことなのかわかりませんわ、とでも言いたげだ。じっさい、彼女にとってはそうである。

 オズワルドはお前の背負っている物のことだ、と険しい顔でそれを見つめた。

 そんな彼女の背には、一人の赤ん坊が背負われている。

「その子のことだよ!」

「ああ、この子? 去年、村のはずれの森で拾ったのよ」

「去年、去年! 去年と言ったかぁぁぁぁ!」

 オズワルドは驚愕の声を上げた。

「俺は聞いてないぞ」

「私は言ってないわよ」

「は~、そりゃ知らんわけだ。ふざけんな!」

 オズワルドは大げさにため息をついた。

「聞いてなかった! 聞いてなかったぞ! なぜ手紙に一言も書いてくれなかった!」

「べつにいうことでもないでしょ」

「お前なぁ! 嫁入り前の娘がどっからか子供なんぞ拾ってきよって!」

「しょうがないでしょ~、わたしがみつけたんだから」

 口論していると、赤ん坊は泣きだした。

「はいは~い、おじいちゃんはうるさいでちゅね~」

「だれがおじいちゃんだ! 俺は認めんからな!」

 オズワルドの声がデデンネ家に響いた。

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俺の自転車は異世界にお嫁に行って幸せに暮らしているらしい 神島竜 @kamizimaryu

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