第2話 トラック転生の女神、いすずだよ!
一人の少女が丸い椅子に座っている。膝の上には分厚い本がのっていて、ちょうど本を読み終えたらしい。少女は本を閉じ、天を仰いだ。真っ暗な空が広がっていた。少女の周囲も真っ暗で、だけど、少女と少女の持つ本と少女の座る丸椅子だけがくっきりと明かりがともっている。まるで舞台で重要なものにだけスポットライトが当たっているかのように。
「いやいや、あなたがここに来るんですか!」
少女は驚いたようにこっちを向いて言いました。
言われた瞬間、わたしはギョッとしました。まるで映画を観ていたと思ったら、役者に話しかけられたかのような、そんな気分でした。
「えっ、あれ、ここは……」
と言いかけてビックリしました。言いかけて? おかしい、なぜわたしはしゃべれるんでしょうか。そんなことありえないのに。顔に手を当てると柔らかな唇が、手ぇ?
「あれ、あれ、あれぇぇ!?」
手があった。白い柔らかな手が。足が。わたし、ヒトになってる!
「びっくりしたいのはこっちなのです! なんで自転車がここに来るんですか!」
驚くわたしに対して、ぷんすかぷんぷんと怒っているように、少女は近づいてくる。
「しかも! 自転車にヒトの魂! 前々世でなにやったんですか! 無機物転生なんてよっぽどの重罪でなければ起きないんですよ。だというのに、魂の崩壊はしてないようですし……」
魂? 転生? もしかしてこれは? わたしはむかしご主人様が積んでいた本にそんな内容の本があったのを思い出した。たしかトラックに轢かれたら異世界転生みたいな、そんな本を何度も見た気がする。とすれば……
「もしかして、女神さまですか?」
「そのとおり! 7大女神の三女、トラック転生担当女神いすずだよ!」
いすずと名乗る少女は自信満々とでも言いたげに胸を張った。張る胸はないのだけれども。
「いすずさんがわたしになんのようなんですか?」
「なんのようって、あなたが邪魔したからこうなったんです!」
「邪魔?」
「そう! せっかく転生予定だった男の子を轢く予定だったのに。あなたのせいで失敗して! なのに間違えて轢いちゃった自転車にはあなたみたいな魂が乗ってるし!」
いすずはぷう、とほほをふくらませました。
「轢く? もしかして、トラックはあなたがやったんですか」
「ただしくはトラックがあたしだよ!」
「へ?」
あっけにとられると、いすずは両手をぐーにしてマラカスのようにふった。
まるで小学生の創作ダンスのようであいらしい。
『トットットラック♪ トラック! ト! ト! ト!』
瞬間、少女は光に包まれる。
まばゆい光が広がり、小さくなるとそこには大きなトラックが目の前にありました。
「なんですか? いまの歌?」
「歌は気にしちゃダメだよ!」
トラックはライトをチカチカと点滅させる。どうやって声を出しているのでしょうか。
「で、なぜトラックになってヒトを轢くんですか」
「そりゃもちろん、いすずは異世界転生の一番お約束! トラック転生担当女神だからね!」
まったく理由になっていません。
「だからなんのためにトラック転生しているんですか?」
「もちろん、転生させるためだよ」
「なぜ、転生が必要なんですか?」
「もちろん、神になるためだよ」
「神になるため? もうすでに女神さまじゃないですか?」
わたしの言葉に、いすずはやれやれと言わんばかりに首を振りました
「女神と神は違うのですよ。とくにいすずたちの世界ではね」
「いすずたちの世界?」
「そう、7人の女神にささえられる世界、ディスティニ―ワールドではね‼」
いすずの言葉を合図に、周囲にぽつりぽつりと光が生まれた。それは田舎の夜空に浮かぶ星々のようで。まるでわたしたちが突然、星に浮かんだかのようでした。
「キミたちの宇宙からかなり離れた遠い次元のかなたに、ふしぎな世界がありました」
仰々しいしぐさで、両手を広げていすずは語りだしました。
それを合図に、巨大な惑星がわたしたちの目の前にクローズアップされる。
「その名はディスティニ―ワールド。その世界では人、獣人、エルフ、ドワーフなどの種族がそれぞれの大陸で互いにまじわらずに暮らしていたのです」
そして、その惑星がしだいに黒に染まっていった。
「だが、そんな世界に魔の手が伸びたのです。その名は邪神、ケイオス」
惑星の上に巨大な黒い怪物が現れました。その怪物に、白い光でできた人型が襲い掛かる。
「わたしたちの父である神様は、邪神ケイオスと戦ったのですが、ケイオスのその力にあえなく破れてしまいます」
光でできた人は黒い怪物に食われる。怪物は満足そうにはらをさすってげっぷすると、口から大量の黒い煙を吐き出す。すると、黒い煙から魑魅魍魎の怪物たちが生み出された。
「ケイオスは邪悪なる力で悪しき魔物を生み出しました。魔物たちは人々を襲うのです」
人々を襲う魔物たち、惑星のすべてが黒く染まるかと思われたそのとき、七つの光が現れた。
「しかし、わたしたちの父である神は滅びる前に、七人の子供を残しました。それこそが、わたしたち、七人の女神なのである」
そのとき、トラックは光を放ち、少女の姿に戻りました。
少女、いすずは手をグーにして空に突き出すと、選手宣誓と言わんばかりに言うのです。
「そして、父である神様は言ったのである。七人の女神のなかで邪神ケイオスを含む魔物たちを倒した者、その者に神の座を譲ってやるぜぇぇぇぇぇ! とね」
「最後、キャラ変わってません!?」
「と、に、か、く! だからこそ、わたしたちはどんどん異世界から強い人をあっちの世界に送って、邪神を倒さ根くてはいけないのです!」
「横暴じゃないですか」
聞いてみると、なんと勝手な話です。つまり、この子は自分が神になるためにほかの人をトラックで轢いていたわけだ。
「人の命を何だと思っているんですか」
「いーじゃない! どーせ転生するんだから。あなたも言ってよ。特別にいすずの能力の100分の一を上げて転生させてあげるから! せーの!」
ドン! と、いすずはわたしを突き飛ばしました。身体が闇の中に落ちていく。
「第二の……第三かな? とにかく! 頑張って異世界ライフを送ってね~」
いすずの声が反響し、聞えなくなる。身体が闇に包まれて、身体の間隔がなくなり、夢の中にうつるように、意識が闇にとけこむようになった。
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